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愛は盲目として


 ――白光の聖霊よ!


 粒子の光が浮かび上がると、それは初老の持っていた杖を吹き飛ばした。しかし、その衝撃でアズラもダメージを受けている。


「――っ!!」


 私は必死で側へ駆け寄り、彼の体へすがりついた。

 上着と体が少しだけ焼け焦げている。私はその頬に手をやった。


「ごめんなさい、アズラ、ごめんなさい」


 泣き言を呟いていると、彼に抱き寄せられた。吃驚している間もなく、アズラの低い声がする。


「テレジアを傷つけるならば、許さない」


 体を捩って見ると、傷だらけのサーヂャーが鎖鎌を振り上げていた。

 だが、すでにアズラの茨がその鎌先を消失させている。


「――クソッ! クソッ、クソックソッオオオオオオ!! 死ね、アズラ!! 死ねよッ!!」


 サーヂャーが気高く吼えた。すると、彼の顔の当たりに緑の白光をする球体が現れる。


「な、聖霊っ!?」


 驚きのあまり声を荒げたが、敵は向かって来なかった。


 ガクリと体勢を崩したサーヂャーの体。そこにはガラスの破片が突き刺さっていた。


 彼を刺したのは、なんと初老である。狂気にまみれた怒声が上がる。


「わたし以外は。そうだ、誰にもアズラを傷つけさせるものかッ!!」


「なんでぇ、パパぁ……」


 崩れていくサーヂャーの震える声が耳に入ってきた。

 当人の初老はそんなものには目もくれないといった態度で、私たちの前に仁王立ちする。


「さぁ、アズラ。私と来るんだ。さぁ共に真の理想郷へ!」


「……俺は、あんたとは行かない。俺の居場所はここだ」


 アズラの居場所は私の側だ。彼は、はっきりとそう言い切った。


 初老の「どうして、そんなことを言うんだい?」という嘆きめいた声が響く。

 その刹那。彼の背後に影、上半身を切り取ったような姿の緑の閃光が現れた。


 サーヂャーが床を這い蹲りながら、初老へ手を伸ばす。


「……逃げて、パパ」


 初老の体に謎の竜巻のような風が覆うと、「あああ」という小さな叫声を残して彼は跡形もなく消え去ってしまった。


 そしてサーヂャーも、「ごめんなさい」の声を最後に床へ突っ伏して動かなくなってしまった。


 静まりかえった礼拝堂で私たちは立ちすくむしかない。


 結局、この事件は何だったのか。その疑問を解いてくれる者がいなくなってしまった。


 それでも。

 アズラは何か確信めいたものを得たらしい。


「テレジア、ありがとう」


 はっきりとしたその声に動揺して体が大きく揺れた。


「どうして、お礼を言うの。わたくしはあなたを傷つけたのに……」


「いいんだ。おかげで、大切なものに気づけた」


「え?」


「ありがとう、テレジア」


 彼にぎゅうと抱きしめられて、心臓がとまるかと思った。いや、本当は数秒ぐらいとまったかも知れない。


「あ、あ、あ、なななんあなにあ」


 アズラは私を抱きしめながら嬉しそうに微笑んだ。


 私はというと……。

 華麗に昇天、コロリと意識を失った。



 +++


 あの出来事から数日が経った。私はほうきで庭の掃除をしながら、色々なことを考えていた。


 アズラや私の怪我は大したことがなかったので、これは良しとしよう。


 エーヌはアズラにつきっきりで、ずっと謝罪を繰り返していた。結局、彼の家事を手伝っているらしいので、これも良しとしよう。


 ただ、私が良しと出来ないのはこれだ。


「ごろにゃあ」


 地べたにゴロゴロとしながら、私の足元にくっついているこの男。


「ごろにゃあ」


「……サーヂャー」


「んだよ。今、オレ様は忙しいんだぞ」


「何が忙しいのかしら、言ってみて?」


「ネコごっこ」


「ふざけないで!」


 両手を頭に乗せて猫を表現しているらしいその体をつついたが、彼はその行為をやめない。


 こいつは何故か、たびたび庭先へ出現する。いつもは相手にしていないのだけれど、こうして接触したことはなかった。


「生きていたか、生きてないかとか、そんなことはもうどうでもいいわ。――邪魔よ」


 ほうきでサカサカ払ってやると、サーヂャーは起きあがって頬を掻いた。


「そーんなこと言わないでェ。オレ様、良い子にしてるじゃん」


「それが逆に不気味なのよ。何を企んでいるの?」


「別に……。オレ様はアズラを見張っているだけェ」


「だから。見張って、彼をどうするっていうのよ」


「……」


「答えなさい。さもなくば……」


 『彼女』を呼びだして脅しをかけると、サーヂャーの口元が笑むのをやめた。


「なぁ、はやめた方がいいぞ。オレ様に直接攻撃したら、どうなるか分からない。あんたも見ただろ、パパが死んじゃうとこ」


「……」


「パパはさ。オレよりアズラが好きだったんだァ。オレをぶっ刺したりしたら、どうなるか知ってたと思うのにさァ。それでもアズラが大事だったんだよなァ」


「……邪魔よ」


 再びほうきをサカサカとしてやる。サーヂャーはまた地べたにゴロゴロし始めた。


「オレさ、分からないんだ。どうして、パパがそこまでアズラにこだわってたのか。だから、これからじっくりアズラ観察するんだァ~。別にいいだろ?」


「わたくしが勝手に良しとは言えないわ。アズラに聞いてみたら?」


「それは、やだ」


 顔を覆ってグネグネと体を捩らせる男。ひたすら、ウザイ。


「さぁ、ヒャッハーちゃん。おうちへお帰りなさい」


「ヒャッハーちゃん? なにそれあだ名?」


「そうよ。早く退いてちょうだい」


「へへへ、じゃあ。オレ様もなんかつけてやるよ。なにがいいかなァ……テレテレはどっ?」


「やめて」


「じゃあ、ジアジアは?」


「どっちも結構よ」


 その時、店の方からアズラの「テレジア?」という声が響いた。


 まさにその瞬間には、サーヂャーの姿は消えている。大きなため息が出た。


「どうした?」


「はぁ、アズラ。またあの変な奴が来ていたわ」


「サーヂャーか」


「ええ。どうして、アズラの前には現れようとしないのかしらね」


 アズラは腕を組んでから小首を傾げた。「さぁな」と言った彼のトボケ顔に、私は一抹の不安を覚える。


「もういいわ。さぁ、家に入りましょう」


 店から住居の方へ足を向けた。リビングではエーヌが忙しそうに床を拭いている最中だ。


「マスター、お帰り」


「あら、エーヌ。床拭き? ご苦労様ね」


「そうだぜ。アズラさんの手を煩わせるようなことじゃないからな!」


 彼は親指を立てて、満面の笑みを浮かべている。まぁ、本人が苦痛と感じていないのならいいけれど……。


「さぁ、朝食にしますわよ」


 その一言で、彼らも準備を始めたのだった。

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