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心を殺された者たち


 ――……スター。

 なぁに、聞こえないわ


 ――……スター。

 だから、なぁに?


「マスター!!」


「きゃあ!」


 耳元で大声を出されて目が覚めた。眼前にまぬけな顔をしたエーヌが見える。


「マスター、なぁ、大丈夫かよぉ」


 起きあがって体に触れる。筋肉痛のような鈍い痛みがあったが、耐えられないほどではない。


「ええ、平気……って! それより、アズラはどこ!?」


「アズラさん連れてかれちゃったんだけど……」


「はぁ!?」


「あっ、俺。実はちょっと前から起きててさぁ……えっと、だから……」


「はぁ!?」


「ごめん! 怖かったんだ。だから、死んだふりしてた。ごめんなさいっ」


「――エーヌッ!! あんたねぇ!!」


「ごめんってばぁ」


 情けなく獣耳を垂らすエーヌ。

 彼を攻めても仕方がない。そんなことよりも、アズラのことが先決だ。


「それで、彼はどこに連れて行かれたの!?」


「えっと、分からない。追ってって、馬車に乗ったところまでは見たけど、その後は分からない。ごめん」


「はぁ!?」


「だって、マスターのことが心配だったし。置いておけないじゃんか!!」


 信じられない。逆ギレされた。


「相手は暗殺者なんでしょう!?」


 「うん」と尻尾も下げるエーヌ。


「ど、どうしたら……って、迷っている場合じゃないわ。すぐに馬車の情報収集よ! エーヌ、早く!」


「わ、分かった。すぐ行ってくるぜ!」


 エーヌはビューンという効果音が出そうなほどの勢いで森の外へと走り出す。


 ちょっと、わたくしも一緒に行くのよ、おバカ!!


 その叫び声は誰にも拾われずに消えた。



 馬車の目撃情報はすぐに見つかった。高級そうな黒塗りの車体、そして御者ぎょしゃは銀髪頭の妙な男。


 周囲にいた冒険者たちも不審に思っていたそうだ。

 だた、その行き先だけは掴めなかった。


 あっちへ行った。そっちへ行った。と細々とした情報を辿っていくしかないのだ。


「……俺がもっと強かったらアズラさんを助けられたのに」


「悔やんでも仕方がないでしょう。次までに強くおなりなさい!」


「次……あるかなぁ」


 このワンコは何を弱気になっているのだろう。ちょっと、ぶん殴ってやればいいだろうか?


 そんなことで気を揉みながらも、情報を求めて周囲を駆け回った。



 結局、「ロイドの霊園方面へ行った」という情報を得るまでにずいぶんと時間がかかってしまった。


 アズラがどうこうなっていたらという不安で吐きそうなぐらいなのに、トロトロと走る馬車が恨めしい。


「マスター、大丈夫か?」


「今、話しかけないでちょうだい」


「顔怖いぜ」


「いつもこんな顔よ」


 そういうと、エーヌは苦笑した。「いつもはもっと可愛げがあるけどな」というその声で、肺から大きな息が漏れた。


「はぁ……もういいわ」


 馬車の荷台で、ただただ彼の無事を祈る。それしか、今は出来ないのだ。



 ロイドへ着くと、はやる気持ちを押さえられなくなった。下車すると同時に走り出す。


 「ま、マスター!? 待って」というエーヌの声を残して、全力疾走した。


 霊園と教会の場所なら知っている。


 早く、彼を見つけたい。

 その無事を、確認したい。だた、それだけの気持ちだった。


 そこは小高い丘だった。下々を見渡せば墓場が一面に広がっている。


 私は迷わず朽ちた教会の扉を目指す。戸は開いていた。


 中には見慣れた男の姿。そう、アズラ……と見知らぬ初老の男。


 初老がアズラの方へ両手を伸ばしている。


「お待ちなさい!」


 叫ぶような大きな声が出た。それはただ、必死に絞り出したものだった。



 +++


「白光の聖霊よ!」


 彼女を呼び出すと、初老の男は驚いたような顔をした。


「お嬢さん。君は聖霊使いか……」


 そう呟いてから、杖で床を二度ほど叩く。


「サーヂャー、相手をしてあげなさい」


 乱雑に切りそろえられた銀髪、両目の部分を二枚のバンドのような黒布で覆った男が起きあがる。


 こいつだ。

 アズラを連れ去った人物に違いない。


「ギャハハ、オレ様に逆らうと痛いめ見るぜェ?」


「黙りなさい。あなたたち、アズラをどうしようっていうの」


「んなこと、オレ様が、知るかよォ!!」


 彼が手にした鎖鎌を投げてくることは分かっていた。すばやく動かした聖霊が目を覆いたくなるような白光をお見舞いする。


 ――しかし。

 怯んだのは……初老だけだ!!


 それに気づいた瞬間には、鎖鎌を構えた男、サーヂャーの姿が目の前にあった。


「マスター!!」


 敵の方へ短見ナイフを投げて寄越したのはエーヌだ。それはサーヂャーの髪を掠めて落ちた。


 その隙に横方向へ転がる。砕けた壁の破片で体を切るが、それよりも鎖鎌を避けることに必死だった。


 サーヂャーが「チッ」と舌打ちして、後退する。


「獣人チャンが加勢かよ。面倒くさいなァ」


「――マスターに手ぇ出すな!!」


 短見を構えたエーヌが威嚇するように獣の毛を逆立てている。


 私は立ち上がって、片手を振り上げた。


「これでニ対一よ。聖霊に粉砕されたくなければ降参なさい」


「……」


 サーヂャーは無言で振り返った。後ろには初老の男とアズラの姿がある。


 初老の方が口を開いた。


「殺せ、サーヂャー」


 サーヂャーは再びこちらへ顔を向けた。目元が覆われていて彼の表情は窺えない。


 初老が吼える。


「殺せぇッ!!」


 その怒声で、敵は一心不乱な様子でこちらへ向かってきた。彼はそのまま鎖鎌を振り上げる。


「マスターッ!」


 エーヌが私を庇うように前へ出る。悩むまでもない。聖霊に指令を――!!


 しかし、その前にアズラの「サーヂャー!」という声が響いた。


 そちらへ視線を向けると、アズラは初老の男を羽交い締めにして、体から黒茨を伸ばしている。


「……二人に手を出せば、神父は消えることになる」


 サーヂャーは惑っているようだった。どちらを取るべきか悩んだような様子で俊敏に体を揺らす。


 私はその隙を見逃さなかった。


 人間相手に聖霊の攻撃を当てる訳にはいかない。だから、あえて天井を狙った。


 破壊されたシャンデリアの破片が、敵へと降り注ぐ。


「――ギャッ」


 サーヂャーは降り注ぐ破片を浴びて、短い悲鳴を上げた。その場に倒れ込んだ彼の体は傷つき、血が流れ始めるが死んではいない。


 生きているならば、それでいい。でも、じっとしていて欲しい。


 私はアズラの方へと歩み出す。しかし、サーヂャーの横をすり抜けようとしてその片足を掴まれた。


「待てよォ……」


「嫌よ。あなたはそこで転がっていなさい」


 震えるその手を足を動かして振り解く。


「さぁ、どうしてアズラをさらったのか、言いなさい」


 アズラに羽交い締めとされている初老の前で腕を組む。初老は観念したのか、頭を下げた。


「ははは……あっははははは」


 いや、そう見えただけだ。彼は腹の底から愉快そうな笑い声を上げた。


「わ、わたし。私のアズラだからだよ。お嬢さん。いいや、テレジア・マジョリカさん」


「なっ」


 初老は声を少女のように高くして、「どうしてっ? 私の名前を知っているのっ?」っと声真似のようなふざけたことを始める。


「ははは、なんでも知っているさ。アズラのことならばね」


「どういう、意味なの」


 そう声を潜めると、初老は再び愉快そうに笑った。


「いいかね、私のアズラだ。誰にも渡さんよ。君にも、見世物屋のオーナーにだってなっ!」


 その言葉に反応したのはアズラだ。彼は「なんだと」と焦ったような声を上げた。


「ああ、アズラ。君がいたぶられていたのは知っていた。だが、助け出すのに時間がかかってしまってね。すまないことをした」


「……神父様は俺の何を知ってるんだ」


 アズラがその手を離す。神父様と呼ばれた初老の男は乱れた着衣を直した。


「すべて、見てきたさ。アズラ、君は可哀想な子だ。悪魔の仕業でその身に呪いを受けて。……だが、もう大丈夫。私が助けにきたのだからね。さぁ、帰ろう。共に天上へ」


「……天上?」


 アズラの口からそんな疑問が飛び出た瞬間、初老が持っていた杖先から刃物が飛び出した。


 それは真っ直ぐにアズラの体を目指す。私は『彼女』の名を叫ぶしかなかった。

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