狂気、現る
今日の私はアズラとエーヌを引き連れてダンジョンへと向かった。
地下道でネズミ狩りをしようか迷ったが、いつもと違うアイテムを探すために森の迷宮へ行くことにしたのだ。
迷宮ダンジョンは階層がない分、奥には入らなくても強い魔物が出現する。
ただ、エーヌ事件の時のように危険すぎる魔物が出たことはイレギュラーなことだ。
杉のような背の高い木で覆われた森の中は清々しい空気に包まれている。
周囲の岩々は苔蒸しており、一面が薄緑色の景色となっていた。
私たちが進んで行くのは、誰かが通っている度に植物が禿げ、茶色い土面が露わとなっている道だ。
そういった所を通らなければすぐに迷子になってしまう。
このダンジョン内は兵士たちも警邏しているが、行方不明となってしまう者も少なからずいると聞く。
わざわざここを目指す自殺者までいるというのだから、深い迷宮ダンジョンというものは恐ろしい場所だ。
そんなことを考えていると、私の背後に続いていたエーヌが声をかけてきた。
「もうあの時みたいな魔物に出くわすのはごめんだぜ、マスター」
「そんなもの、わたくしだってごめんよ。あんなもの三人がかりでも倒せっこないもの」
隣に並んでいたアズラの顔を見上げると、彼も瞳を閉じながら何度も頷いていた。
「魔石も大事だけれど、安全第一で行きましょう」
その時、足下に群生していた赤くて白い斑点があるキノコを踏みつけてしまう。
それは「キュ」と可愛らしい鳴き声を上げた。
「キュ?」
私が首を傾げたのとキノコが動き始めたのは同時だった。
キノコからびょんびょんと飛び出した手足を見て、「まぁ、可愛い生物が現れた」と笑んでいれば……。
「あ、マスター。それヤバイやつ」
エーヌの呟きに紛れて、四方八方からキノコの大群が現れる。
それは一同に群れをなし、ついには合体。巨大なキノコの化け物となった。
大きさで言うとアズラの三倍ぐらいある。
「デカっ!? って、そんなこと言っている場合じゃないわよ!!」
急いで聖霊を呼び出すが、その前に巨大キノコは笠の部分を振るって胞子のようなものを放出してきた。
キラキラと光るそれは私の肌に触れる前に消失する。
「何なのこれ?」
「うああ、マスター。痛い。早く倒して、お願い……痛てぇ!!」
短見を装備していたエーヌが酷い叫び声を上げた。
私には無効化されているところをみると、どうやら魔法攻撃されているらしい。
こちらもすぐさま聖霊に攻撃を命じる。彼女は粒子の光を放つが、巨大キノコの笠は素早く動いて、攻撃を弾いてきた。
「えっ、ちょっと。弾かれたわよ!?」
「マスター! あいつ、焼かないと駄目なタイプ!!」
「なんですって!? とりあえず、逃げるわよっ」
その一声でエーヌとアズラは胞子を避けながら後退する。私もすぐにその場を離れた。
しかし、巨大キノコは笠を振り回しながら素早い動きで追ってくる。
その速度が速すぎて、振り返ったら口元がニヤけてしまった。
「ちょっ、速い。なにこれ、キノコ足、速いわよっ」
「ぎゃはははは。やべぇ、クッソ速い、腹いてぇ」
聖霊を白光させて『目眩まし』とも思ったけれど、まずこの敵、目がない。うん、どうしようもない。
「あの木の根に隠れるわよ!」
前方にあった巨木の根本へ三人同時に転がり込む。
そっと顔を覗かせると、巨大キノコはすぐ側できょろきょろと笠を動かしている。
目がないのにどうやってこちらを感知しているのだろうか……。
「テレジア」
アズラの呟きでそちらを見ると、上着に手をかけている。
私がすぐさま首を横に振ると、彼は小首を傾げた。
「ああ、こっちか」
次にアズラは、装備していた細身の剣を引き抜く。私はさっきより大げさに頭を横に振る。
「無理よ、無理。切りかかっても倒せるような敵じゃないわよ。絶対、バイーンって弾いてくるわよ、絶対」
「……ばいーん」
「それはいいの。とにかくこのまま身を潜めていれば……」
なんとなく背後から殺気を感じた。振り返ると、エーヌが尻尾を巻いている。
その前には、さっきの巨大キノコってええええ!?
「ま、ますたー。み、みつかった……」
ガタガタと震えている彼と、上着を脱ぎ捨てたアズラ。
「けっ、消し去れるの? 本当に!?」
私の叫びと共に伸びていく黒茨の蔓は敵の両足へと巻き付く。
その瞬間には、スッテーンと地面へ転がる巨大キノコ。
そのまま茨の蔓が絡みついて、溶かされるように消えていく。
キノコの赤い笠が、こちらの方を悲しそうな顔で見ているような気がした。
「南無南無」
とりあえず、手を合わせて拝んでおいた。踏みつけて、ごめんなさいね。キノコさん。
+++
アズラの体力が底をついたので、巨木の根の上に座って一休みすることにした。
彼は持ってきていたサンドイッチを頬張っている。エーヌも隣で満足そうな顔をしていた。
「美味い。いつも思うけど、マスターは料理上手だよな」
「褒めても何も出ませんわよ」
「うん、いいよ。俺は甘いもんも食べるけどな!」
「はい、はい。どうぞ」
焼き菓子を手渡していると、木々の間から射していた木漏れ日がふっと消えた。
空を見上げると、雲行きが怪しくなっている。さっきまで晴天だったのに……。
「いやぁねぇ、次から次へと」
「雨だぜ。臭うからな」
「鼻が効くのね。さすがはワンコちゃんだわ」
「おいー、俺はイヌじゃねぇのっ」
「はいはい、オオカミね」
そんな会話をしていたら、本当に降ってきた。ポツポツと頬へ落ちるそれに眉を寄せる。
三人で巨木の根元へ身を寄せた。後は雨足が強くならないことを祈るばかりである。
隣でアズラが肩を振るわせた。心配してそちらに視線をやれば、彼は体を丸めて笑っている。
「さっき、面白かったな。やつの走り方とか」
……あら、あなたはいつも一歩遅いわね。そう思ったけれど、こちらも自然と笑みがこぼれた。
「本当にそうよね」
ポツポツと降り続ける雨は、幸いなことに大降りにはならなかった。
しかし、全く止む気配がないので、仕方が無く今日は退散することにした。
こんな天気だからか、緑道には冒険者の影がない。
そんなことを考えながら先を進む。もうすぐ森を抜けるかな。そう思った時だ。
――ヒャッハー!
そのかけ声と共に、木の上から一人の男が降り立ってきた。
男は乱雑に切りそろえられた銀髪、両目の部分を二枚のバンドのような黒布で覆い隠している。その風貌に見覚えはない。
「何かしら? わたくしたちに何かご用?」
「……」
男は無言だった。いや、そう思った瞬間にはすでに饒舌となっている。
「ハハッ、痕跡を辿るまで、ずいぶん時間がかかっちまったぜェ。こーんな孤島に隠れていたとはなァ!!」
その言葉にエーヌが獣耳と尻尾を逆立てながら答える。
「なんだよ、お前。おっ、俺に何の用だよっ!?」
今度は相手が、小首を傾げながら答えた。
「嗚呼、獣人チャン。オレ様は掃除屋だ」
……掃除屋。その単語がピンとこない。
彼は、ほうきやちりとりを装備している訳でもないし、さらに困惑してしまう。
「あら、お掃除屋さんが何のご用かしら」
「ま、マスター。掃除屋は、あん、暗殺者。暗殺者だってっ」
――暗殺者。
その言葉に思わず身構えた。
エーヌが前へ出る。彼が「俺が何したっていうんだよ!」と叫ぶと、相手はフンと鼻を鳴らした。
「おまえじゃねェ。一緒に来てくれるよなァ、アズラ!!」
アズラが狙いだと分かって、私はすぐさま聖霊を呼び出した。
しかしそれは、少しばかり遅かった。
「邪魔すんな!」という相手の怒号と共に、こちらへエーヌが吹っ飛んできたのだ。
彼と一緒に弾き飛ばされて、地面へ体を強打する。
最後に確認できたのは、鎖鎌のような武器と、微動だにしないアズラの足。「逃げて」と叫ぶ前に、意識はぱったりと途切れてしまった。




