お手伝いしましょうか?
フードマントを被ったいつも通りの、『怪しい格好の彼』が、ひょっこり店に顔を出した瞬間、私の心臓は跳ね上がった。
大きなバックパックを背負ったまま、静かな店の中を突っ切ってカウンターまでやってきたのはエーヌだ。
「よう、マスター。元気かぁ?」
フードをとった彼の軽快な声かけを聞いて体の力が抜けてしまう。
「ちょっと、どれだけ人が心配していたと思うの」
「何がだよ?」
「あなたが消えていたこの数日間のことよ」
「だから?」
「プィーラーにもどこにもいないのだから、わたくしたちは心配していたのよ」
「なんで?」
「……」
「なんで?」だと……。私はそのトボケた顔に一発デコピンでもしてやればいいのかしら?
「急に消えたりしたら心配するのは同然でしょう? エーヌってば、本当におバカね」
「はぁ、バカは余計だし。心配って『明日客がつくかなぁ』とか『無事にダンジョンから帰還できるかなぁ』とか思った時に感じるもんだろ?」
きょとんとしているその表情に、肺に溜まっていた空気が口から抜けていく。
「あのねぇ。自分のことばかりじゃないわ。他人のことにだって心を砕くものよ」
「ふーん。マスターは優しいんだな」
「わたくしだけじゃなくて、アズラも心配していたわよ?」
そんなことを言えば、エーヌは眉を八の字にしてきょろきょろと顔を動かした。
「えっ、アズラさん? それは悪いことをしちゃったかも……」
……あはは、アズラだけね。
まぁ、この際だから許してあげる。あなたが無事だったのだから、それで良しとしましょう。
そう自分を諭しながら、片手を頬に当てた。
「それで? あなたはこの数日どこへ消えていたの?」
「何してたかって聞きてぇの?」
私が「そうよ」と答えると、エーヌは瞳を閉じた。腕を組みながら「うーん」と唸る。
「俺の住まいってか、常駐してた宿屋がなぁ。部屋を改装するから出てってくれって。だから住まい移しに忙しくてさぁ」
「えっ、あなた持ち家は?」
「俺は、こっち来てからずっと宿屋暮らしだけど?」
「なんですって!?」
「別に驚くことじゃねぇよ。殆ど出かけてるから。飯と寝床は宿で十分だしな」
「まぁ……そうだったの」
それは知らなかった。そういう自分も旅をしていた時は宿屋暮らしだったけれど、天候の関係で長くても一週間。それ以上滞在することはなかった。
「あなたはロイドに来て、どのくらいになるの?」
「うーん。ちゃんと数えてねぇから曖昧だけど、三月ぐらいかな」
「……すぐにイルマに相談なさい」
「何を?」
「住まい探しに決まっているでしょう。喜んで協力してくれるわよ」
すると、エーヌは「あははは」と腹を抱えた。
「住居なんていらねぇよ。あはは、マスターって面白いこと言うなぁ」
わたくしってば、何か変なこと言ったかしら。そんなに笑うことなのかしら。
「あなた、その日暮らしするほどお金に困っていたの?」
「別に貧乏じゃないぜ。マスターは羽振りいいから、前よりうんと贅沢できるしな」
それを耳にしたら聞くしかなかった。「贅沢ってなぁに?」と首を傾げる。
「最近じゃあ、エール飲んだり、甘いもん買ったりもするぜ」
「……それは、うちでもやっているわ」
「マスターはアズラさんがいるからだろ。俺は一人だし、腹が膨れば何食っても変わらねぇよ」
「変わるわよ! 気持ち的に!!」
「なんで怒ってんだよ」
エーヌは獣耳をピンと立てながら困ったような顔をする。
私だって定住するまで分からなかった。この快適で幸せな生活のことを――。
「いいわ、エーヌ。あなたの住まい探しをしましょう」
「え?」
「今日はお客もいないし、店を閉めるわ。すぐにタイオウ組合へ行くわよ!」
困惑する彼を後目に、私は威勢良く片腕を振り上げたのだった。
+++
アズラに留守番を任せて、タイオウ組合を訪ねた。扉を開くといつも通りのトーマスが出迎えてくれる。
「はいはいはいはい! よくぞいらっしゃいましたね!!」
「ねぇ、トーマスさん。イルマはいないの?」
「あの子はお客様をご案内している最中でありましょう。マジョリカ様の御用件はわたくしめがご案内させていただきますです、はい!!」
ハイテンションなおじさんを目の前にして、「ちょっと心配ね」と思う。
そんな私の思いを余所に、トーマスはスキンヘッドの頭に触れながら「お任せください」と胸を張った。
一応、改装費用のかからない綺麗な物件を紹介して欲しいとお願いしておいた。
まず最初に訪れたのは一般的な高層の住宅だった。最上階の一部屋が空いているというので見せて貰うことにしたのだが……。
階段をだんだんと上っていくうちにエーヌの顔が真っ青になっていく。
尻尾を腹の方へ巻く彼の「俺、高いところ苦手だ」という一言で、その物件はすぐに取りやめとなってしまった。
二件目は小さな一戸建てである。
まだ新しいもので、市場も近いので便利そう。なかなか良物件である。
しかし、中を見せて貰うまでもなく、「俺一人だから、一軒家じゃなくていい」と言われてしまった。
さっきから思っていたが、重要なことは早く仰いよ。
最後はやっぱりボロ屋だった。見慣れた路地裏の一軒であるそこは、一階が店舗……って。絶対、ここは選ばないでしょうね!
「はははは、困りましたなぁ」
ニコニコとしながら汗をかくトーマスに、「宿屋で十分」とやる気のないエーヌ。なんだか私も疲れてきた。
だからかも知れないが、口から適当な発言が飛び出してしまう。
「もう、一緒に住む? エーヌ」
それを聞いた彼は耳と尻尾をピンと立てた。
「えっ。俺がマスターの家に?」
「二階のお部屋が一つ空いているの。どこも気に入らないなら、とりあえず我が家へ引っ越していらっしゃいよ。良い物件が見つかるまででいいから」
半分冗談という感じではあったが、エーヌはコロコロと表情を変えながら何やら思慮している。
そこで、トーマスが間髪入れずに言葉を投げてきた。
「同居人お一人様が増えた分、お家賃を多くちょうだい致しますね!!」
そう言った彼の目は闘志に燃えている。貯金から何から残さず、全部むしり取られるような気分がした。
結局のところ、その提案は一旦持ち帰ることになった。同居人であるアズラにも相談してから答えを出すべきだからだ。
アズラは潔くオーケーを出してくれたが、意外にもエーヌの方が渋ってしまった。
「マスターの住まいが嫌なわけじゃないけど、遠慮しておこうかな。宿屋で困らないし」と言う彼を説得するのに数日。
「アズラさんにも迷惑かけちゃって……」と申し訳なさそうなエーヌと一緒に荷物を運ぶこと一日。
「ここが俺の部屋かぁ」と彼が目を輝かせたのが昨夜のことだ。
「わたくしとアズラの部屋よりも、狭いのが申し訳ないのだけれど」
そう言うと、エーヌはへへへと鼻の下を掻く。
「住まわせて貰えるだけで有り難いし、宿代がかからなくなって嬉しいぜ」
私は「食事の支度は出来ない」という彼に三食、お昼寝付きのプランを提供した。
家事はしなくていいから、その代わりに店番をお願いすることにしたのだ。
後付けみたいだけれど、もう一つだけ、条件を出した。
「ダンジョンに行く時以外は、その胡散臭い格好をやめてちょうだい? 店に出ているときもよ」
最初は恥ずかしがっていた彼だったが、何日かが過ぎれば、素顔を晒すことにもすっかり慣れたようである。
ちなみに。
私には毎日の楽しみが増えた。
「お待ちなさい、エーヌ!」
「い、いやだぁ。頼むからやめええ!!」
「さぁ。レッツ、もふもふもふもふぅ-っ」
ブラシを持って風呂上がりの彼を追い回すのが、日課となったのだ。




