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気になる視線

 暖かな日差しが降り注ぐと、寒さと共に雪の姿はすべて消え去った。


 香りの良い草花が一気に芽吹き始める。しかし、一生懸命に芽を破るのは植物だけという訳ではない。


「いらっしゃいませ!」


 そう元気に声を上げたのはテレジア・マジョリカ十五歳こと、私。


 今日はお気に入りのエプロンドレスを身に纏い、新装した店の入り口前でお客様の出迎えをしていた。


 めでたく新装開店したのは『よろず屋』と日本語で書かれた看板が象徴の雑貨店だった。


 内装は白一色で塗られ、証明も明るく、家具類は木の肌を生かした品の良いもので統一されている。

 洒落た四つ足のソファーを置いて、休憩スペースも作った。


 商品は傷薬や薬草を多く扱っている。後はダンジョンで見つけた鉱石、宝石類、古い硬貨など目新しくはないが一定のコレクターがいるものを並べていた。


 以前に私が選別していた陰気くさい品物、つまりは古びた銅剣や何の動物か分からない頭蓋骨などは徹底的に排除されている。


 全くもって、エーヌは非情な奴だ。



 現在、店内には補充担当のアズラと、商品案内のエーヌ、手伝いに来てくれた会計のイルマがいた。

 後は、店の様子を窺いに来たらしいトーマスがソファーを大きな図体で占拠しているぐらいだ。


 そうそう、一番大事なところの集客といえば……。

 初日にしては、まずまずといったところだろう。


 タイオウ組合の協力で宣伝したり、私とアズラの手製ポスターを街中に貼ったりしたお陰か、フィアテルの他街からわざわざ探して訪れてくれたという者もいるぐらいなのだ。


 特別に賑わっているという訳ではないが、石畳の路地にあるお店としての知名度は上がったはずである。


「いらっしゃいま……ん?」


 お客さんに笑顔を向けていたが、誰かの気配を感じて振り返る。


 そこには煉瓦の外壁があるだけで誰の姿もない。


 最近、外を出歩くと誰かの視線を感じるようになった。特に一人より二人、アズラが居る時の方が多い気がしている。


 確かに、他国では指名手配されているらしい彼は目立つのかも知れない。


 だが、そういう感じでなく……。これを、なんと表現すれば良いだろう。


 それは好奇心や恐怖心といった感情ではない。


 例えるならば、野生の獣が発するような威嚇のようなもの。敵対者に発する殺気のようであった。



 アズラに恋心を抱いている誰かが一緒に歩いているテレジアを敵対視しているような……。

 それほどの怨念がこもった気配を感じる。妙なストーカーの姿を想像していたら、ブルッと体が震えてしまった。


「――少し、いいだろうか」


 そこで唐突に声をかけられた。私は相手の方へ満面の笑みを浮かべる。


「はい、いらっしゃいませっ」


 しかし、そこに立っていたのは明らかに一般市民ではなかった。武装した兵士らしき男である。


「えっと、お客様……かしら?」


 そう尋ねると、彼はゆっくりと頭を横に振った。


「いいや、違う。ここに、褐色肌で体に入れ墨がある男はいるだろうか」


 その特徴を詳しく聞かずともアズラのことだ。

 私は眉を寄せなら声を潜めた。


「……申し訳ありませんが、どちら様で、何のご用かしら」


「ああ、俺は役場で警備等を任されている者だ。今回はこれを届けに参った」


 男は一枚の紙を取り出してみせた。私が手を伸ばせば、それを引っ込めてしまう。


「これは罪人へ渡すものだ」


 罪人と聞いて心臓がドクリと跳ねた。


 まさか、こんなところまで手配書が回って来たというのか。


 アズラを連れてきたら一体どうなるのだろう。どうにかここで食い止めなければ……。


「罪状を言いなさい。場合によっては拒否するわ」


 私の強い気配を感じ取ったのか、兵士は両手を広げて横に振った。


「待ってくれ。罪人と言っても捕らえに来た訳ではない。この男は森の迷宮を警備していた兵士と争ったそうだな、君は知っているだろうか?」


「えっと……」


 思い出さなくてもよく分かっている。エーヌを助けたいがばかりに門兵に逆らったこと。

 私が頬を引きつらせたのを見て、兵士は大きくため息をついた。


「彼は冒険者でないようだな。この場所を見つけるのに随分、苦労させられた」


 彼は慎重な様子で言葉を続ける。


「さて、こちらの調査書によれば、誰も傷つけてはいないという。男女の冒険者が『人命に関わっていた』と証言したこともある。

事情が事情だけに今回は罰金刑で留まる。まぁ、これを拒否すれば拘束することもやむを得ないが……」


 罰金刑と聞いて、私は胸のつかえがいなくなるような感覚を覚えた。

 ほっとして笑顔までこぼれる。


「罰金ね! 分かったわ。彼に渡しておくからその紙をちょうだい」


「……君は精通者のようだし。まぁ、いいだろう。かならず彼に渡すように」


「いいわ。もちろん、罰金も滞りなく支払うつもりよ」


「良かった。では、俺はこれで失礼する」


 男は最後に「店が繁盛すると良いな」と言い残してくれた。


 なんだぁ、良い人じゃないの。まったく驚かせられちゃった。肝を冷やして存したわね。


 だが、いけないことをしたのは事実だし、それを知らんぷりしていた罪はきちんと償わなければならない。


 兵士が言った「男女の証言者」という者にも、思い当たる節がある。

 心の中で彼らにお礼を言いながら紙をポケットの中へと仕舞い込んだ。



 +++


 刑罰の問題は後日、罰金を納めたことで何事もなく解決することが出来た。


 アズラは正式に冒険者として登録をしている訳ではない。私が率いるパーティーメンバーのような扱いとしてダンジョンへ入っていた。

 結果論になってしまうが、今回はそれで助かったといえる。


 後に聞いた話によれば、アズラの捜索に時間がかかったことでより多くの良い証言を得られたという。


 また、『聖霊使いの冒険者』という身分を証明できる私が、一緒にいたことにも助けられたようだ。


 そして今回の件でなにより良かったのは、私が感じていた妙な視線がピッタリと無くなったことだ。


 これは憶測だが、兵士たちがアズラを見張っていたとか、そういう理由だったのかも知れない。


 だが、ほっとしたのも束の間。


 問題というものは次から次へ訪れるらしい。一つが解決すれば、違う一つが浮上してくるらしい。


 とある早朝、珍しくエーヌが姿を見せなかった。


 私とアズラは彼を心配して、ダンジョン区域のプィーラーまで向かったのだが、そこでも見かけたという情報は得られず。


 それからも、やはりエーヌはうちを訪ねて来なかった。


 また変な自棄やけを起こしていなければいいのだが……。

 我が家では彼の安否を祈るばかりであった。


 全く。どうしてあの子は、わたくしたちに心配ばかりかけるのかしら……。


 店の扉が開かれる度に、私は彼の訪問ではないかとドキドキさせられることとなったのだ。

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