王者の風格
敵は男女の二人組だった。
息のあった動きで攻撃を繰り出す彼らは、無情なほどこちらを追いつめてくる。
私はアズラと共に自宅の外壁に身を潜めていた。
敵の動きを探るためにそっと顔を出せば、それを待ち望んでいたように容赦ない攻撃が放たれて……。
「――ぶっ」
「やったぁ、大当たりっ!」
攻撃を顔面に受けると少女の嬉しそうな叫声が上がる。
「もう、イルマ! やりましわね!」
私はアズラがせっせと作り上げていた雪玉を連続で彼女へと投げつけてやる。
イルマはきゃあきゃあと叫びながら逃げ惑う。
これは死闘……などではなくて、ただの雪合戦だ。
いや、果たして「ただの」と表現していいものだろうか。
そんなことを思っている内に、イルマが「今よ!」と叫んだ。その声にいち早く反応した私は、敵側の雪道へ目を凝らす。
しかし、対象者の姿を探しても全く見あたらない。
「甘いぜ、マスター!」
「――ぶっ」
彼の声は背後から聞こえてきた。振り向いた瞬間、また顔面に雪玉をくらってしまう。
どうやらイルマは陽動で、エーヌは家の外側を一周し、私たちの背後に回っていたらしい。
彼は獣耳と尻尾の毛を逆立てながら、興奮気味に声を上げる。
「はっはっはー。もう一撃くらえ!!」
「や、やめっ……」
すかさず投げられた雪玉は、私を庇ったアズラの体に当たって砕けた。
無表情で突っ立っているアズラの顔が怖い。
その殺気じみた気配を感じ取ったのかエーヌはすっかり竦み上がったようだ。
「ア、アズラさん!? ごめんなさい。俺、わざとじゃ……」
私はその隙を見て素早く動いた。アズラの背後から飛び出すと同時に、エーヌの方へ雪玉を投げつける。
「――ぶっ」
綺麗な曲線を描いた雪玉は見事ストライクゾーンならぬ、彼の顔面へと入った。
「アズラ、次の雪玉ですわ!」
「おう」
「――ぶっ、やめっ」
「アズラ、雪玉を!」
「おう」
「――ぶえっ、やめっ!」
「アズラ、雪玉っ!」
「おう」
「――ぶあああっ、顔面ばっかり狙うなよおおお!!」
エーヌは雪の積もった地面へよろよろと体勢を崩す。
彼の悲痛な叫びを無視し続けていたら、イルマが「なんか楽しそうね」と参戦してきた。
彼女は腹を抱えながらエーヌへ雪玉を投げつけている。
「あはは、エーヌの動き見て、うねうねしてて面白いっ」
「おいいい、イルマ。なんでお前は裏切ってるんだよ!!」
「あはははっ、そーれ!」
「もうやめろよおおおっ」
面白いものには容赦がない様子のイルマ。無慈悲な攻撃を受け続けるエーヌが、ちょっとだけ可哀想になってきた。
「ねぇ、イルマ。もうやめてあげたら?」
「うふふふふ。じゃあ、私が優勝ねっ」
えっと。一応、これはニ対ニのチーム戦なのだけれど……。
「いいわ。じゃあ、勝者イルマ!」
その腕を持ち上げれば、彼女は満足げに鼻を鳴らして王者の風格を醸し出す。そしてこう言い放った。
「最下位はエーヌよ。後で罰ゲームだからね?」
……えっ、チーム戦っていうルールはどこへいっちゃったの!?
+++
すっかり体力を奪われてしまった私たちは家の中で休むことにした。
イルマとアズラがお茶の準備をしているのを眺めていたら、エーヌがヒソヒソといった動きで近づいてくる。
「俺ってば、顔が真っ赤たぜ。ほら、見てくれよ。マスター、ほらっ!」
霜焼け顔を嬉しそうに見せつけてくるエーヌ。その様子を見ていると胸が痛む。
雪玉攻めで虐められたのにハシャいでいるなんておバカを通り越して哀れ。そう思えて仕方がない。
雪合戦を初体験したという彼はどれだけ寂しい人生を送ってきたというのか……まぁ、これはあくまでも予想だけれど。
そんなことを考えながら棚に置いていた四角形の木箱へ手を伸ばした。
木箱の中には薬や包帯を常備している。いわゆる『救急箱』だ。
「ハシャいでないで早く傷薬をお塗りなさい。後で地獄を味わうことになりますわよ」
「なんか……痒い? うわっ、痛痒いんだけど。なんだこれぇ!?」
「ほらぁ、言わんこっちゃない。こっちへいらっしゃい。薬を塗ってあげるから」
薬草をクリームのような状態にした傷薬を頬や鼻先へ塗ってあげた。エーヌは獣耳を垂らしながら「チクチクする……」と悲しげな呟きを漏らす。
やはり彼は年の割に子供っぽいと思う。精神年齢が成長していないような感じと表現すればいいだろうか。
同年代のイルマがしっかりしているので余計にそう思えるのかも知れない。
「なぁ、マスター。なんでイルマは裏切ったんだ。俺が……血塗れオオカミ、だからなのかな……」
エーヌはダランと力なく尻尾を下ろす。
いいや、イルマは彼が考えるような娘じゃない。だから、ブラッド・ムーン云々のお話は関係がないと断言できる。
「それは関係ないでしょうね。イルマは読書が苦手のようだし、単に面白がっていたのじゃないかしら」
「……そっか。それならいいや」
無邪気な笑みを浮かべる姿を眺めながら思う。あなたは気にしすぎなのよ、って。
しかしながら、エーヌが放っていた当初の不躾な態度は一体どこへ消えてしまったのか。
アズラを含めて私もすっかり懐かれているようだし。まぁ、以前より嫌な気はしないから別にけれどね。
そんなことを考えているうちに、イルマが私が焼き置きしていたお菓子を片手にやってきた。
彼女はうきうきと楽しそうな口調で言う。
「ねぇ、エーヌの罰ゲーム、何にしよっか!」
「あら、あなた。まだそんなことを考えていたの?」
「当然よ。そんなに世間と私も甘くなのだからねっ」
そんな弱肉強食みたいなこと言わなくてもいいのに……。
当事者の方を見ると、彼は「どんな酷い仕打ちをうけるのか」というような顔をしている。その怯えた様子を見ているのが辛くなってきた。
「もう許してあげなさいよ」
「えー。何よ、テレジアってば。エーヌに甘くない? アズラさんもそう思いますよね?」
湯気立つマグが並べられたトレーを手にしていたアズラは「ん?」と小首を傾げる。
「ほらぁ、アズラさんもそうだって」
「ちょっ、彼を出してくるのは卑怯ではなくてっ」
私が焦りを見せると、イルマは「うふふふ」と嫌な笑みを浮かべる。
「それじゃあ。罰ゲーム、ね?」
「し、仕方がないわ。……エーヌ、悪いけど。わたくしではとめられないから諦めなさい」
「マ、マスター。俺は何をされるんだ。尻尾の毛をぜんぶ抜かれるとか、真っ暗な穴に落とされて放置されるとか、それとも農具を片手に一日中追い回される……とか?」
顔を真っ青にしながら呟かれるその言葉からは絶望しか感じられなかった。
ただ、私は彼の事情を少しだけ知っているからそう思ったのだが、イルマとアズラは違ったらしい。
彼らは共に不思議そうな顔をこちらに向けてくる。
「ねぇ、私そんな酷いことしないよ? それじゃあ。今からあなたは優勝者の下僕ってことでいいかな?」
イルマは「何して貰おうっかなぁ」と陽気な様子だが、対照的にエーヌは眉を下げている。
「げぼく……奴隷ってことか。まぁ、昔の経験が生きるかもな」
彼はボソリと呟いてから、急に明るい表情となった。
「わたくしめは何を致しましょうか、ご主人様っ」
その繕ったような顔と声は私の心を揺さぶるのには十分である。
しかし、この主人と奴隷ごっこをとめるべきかと悩む前に、イルマが命令を下してしまった。
「よし、エーヌ。あなたの焼きお菓子をよこしなさい。三つぐらいよこしなさい。あっ、アズラさん、私の分多めでっ」
彼女から発せられた無邪気な命令は私どころかエーヌの目も丸くさせた。
「俺の分を全部。ご所望ですか、ご主人様?」
「違うよ。それじゃあ、エーヌの分がなくなっちゃうでしょう。私、テレジアのお菓子大好きだけど、全部は食べられないもの」
「えっと、じゃあ、俺の分は元々三つですね」
「えっ、どうして? 遠慮しないでもっといっぱい食べなよ」
「え? え? どういうこと、マスター?」
エーヌが困惑したような顔を向けてくるが、わたくしに聞かれても……。
両者の思惑が違いすぎて会話が、かみ合っていない。
イルマは彼を奴隷として扱いたいわけではないのだ。これは単なる冗談、遊びの延長線ということである。
「……そうねぇ。エーヌはイルマ様のいうことを良く聞いておけばいいのよ」
「そうそう。私の言葉に従えばいいのぉ」
イルマはニコニコとしながら、またもや王者の風格で焼き菓子を頬張っている。
太陽よりも明るい輝きを放つ彼女に任せれば、エーヌにどんな辛い過去があったとしても塗り替えられてしまうに違いない。
私は安心して、彼をイルマに託すことにする。
その後も繰り広げられる『お遊び』をゆっくりと傍観することが出来たのだった。




