特別なお出かけ
「たまには二人っきりで出かけた方がいいんじゃない?」
店の前でよいこらと雪かきをしていた私に、妙な提案を投げてきたのはイルマだった。
「最近いつも四人で一緒でしょう。だから、今日は特別。エーヌのことは私に任せてよっ」
冬の日には珍しく晴天だった休日。いつものように早朝からやってきたエーヌは、イルマの手によって華麗に回収されることになった。
「さぁ、エーヌ。今日は私が雇い主よ。組合の作業を手伝ってくれる?」
「もちろんですとも、ご主人様のご命令ですから!」
エーヌは「よいしょ」っとバックパックを背負い直して、イルマの後に続いて行く。
彼女の方はこちらに手を振りながらウインクをした。
そのことよりも、わたくしは『主人と奴隷ごっこ』の設定がまだ続いていたことに驚きを隠せないのだけれど……。
そんなことを考えている内に二人の姿は路地の奥へと消えてしまう。
「もう、イルマったらいつも唐突なんだから。それにしても出かけるたってこんな寒い中で……?」
とりあえず、スコップを片手に店の扉をくぐった。スノーブーツについた雪を叩いてから、改装途中の店内を通り抜ける。
住居へ入ればちょうど良いタイミングで、洗濯カゴを抱えた彼の姿と出くわす。
「ああ、アズラ。ご苦労様ですわ」
「……テレジア。雪かき一人で、大丈夫だったか?」
「玄関前だけですもの、大したことはありませんわ。それよりもアズラ。あなた、今日は何か予定があって?」
「これ、洗濯物。食器洗い、床を掃いて、棚を拭いて……浴室周りもだ」
いくら当番制だからといって、すっかり主夫化している彼には頭が上がらない。私は頬に軽く触れる。
「掃除以外はございませんの?」
「……。……ない」
「それじゃあ、洗濯物を一緒に干しましょう。それから少しだけ出かけませんこと?」
「ダンジョンに行くのか?」
「いいえ。えっとデー……トといっても分かりませんわよね。お買い物よ」
アズラは「そうか」と顎を引く。それから言葉を重ねてきた。
「テレジア、荷物は多いのか?」
「あら。どうして、そんなことが気になるの?」
「エーヌがいた方が、より多く物を持てるだろう。今日は、来ていないようだが……」
それはまさに正論だったので、思わず「ぬうっ」と声が出た。気の利いた言い訳を探す。
「エーヌは。えっと、今日は用事があるそうなのよ」
「そうか。ならば、イルマは?」
当然のように出てくるエーヌやイルマの名前に驚かされてしまった。
アズラがすっかり二人と仲良くなったという証明だろう。
それはいいのだけれど、二人っきりという発想に至らないのは残念でならない。
「イルマも忙しい子だから、わたくしたちばかりに構っている暇はなくってよ。だから、今日は二人で行きましょう」
そこまでを言えば彼も納得だろう。その予想通り、アズラは素直に「分かった」と頷いてくれた。
洗濯物を室内に干し終えてから、私は普段よりも少しばかりめかし込んだ。
薄着で外へ出ようとするアズラには素早くコートを羽織らせておいた。
「今日も冷えるわね。雪がこれだけ積もっているのだから当然だけれど」
今日は晴れているためか、積雪は十五センチほどだ。足首ぐらいの厚さなので出歩いても大丈夫だろう。
頭上を見上げると民家の屋根を隠すように雪が覆い被さっている。低木や露天のテントも同じ様に白く積もっていた。
人の足で踏みつけられた雪は固まっていて滑りやすい。
裏通りはまっさらな雪道だったが、休日と言うこともあり、表通りは人並みが多かった。
わざと所々に足型をつける子供たちの努力も合わさって、通路はツルツルとしている。
「――きゃあっ!?」
用心深くなっていたにも関わらず、その瞬間にバランスを崩してしまった。
派手に地面へお尻をぶつけてしまったら、恥ずかしいなんてものじゃない。
だけど、一度滑った足は、見事に宙へ浮いた。
いや、違う。
なぜか、体が軽い。文字通り、浮いている。
気づいた時には、私の体はアズラによってブランと持ち上げられていた。
これはつまり、両脇の下に彼の手があって支えられている状態である。
「アズラってば、なんて力持ちなの。素敵っ」って、感動している場合じゃなく……。
周囲の大人がクスクスと笑う仕草と妙に暖かな視線を向けてくる。それが分かって顔が熱くなった。
「や、ちょっ、恥ずっ……」
「テレジア。思ったより軽いな」
ブラブラと揺らされる私。ね、猫じゃないんだから、おやめなさい!!
「お、おろしてちょうだいっ」
「ああ、すまん」
地面に足がつくと、ほっと胸を撫で下ろす。ほっとしたついでに脳味噌が明瞭に動いた。
……ねぇ。
何か、おかしくないかしら?
「アズラ、あなた……」
まさか今、わたくしに触った!?
ナチュラルすぎて一瞬分からなかったけれど。わたくしってば、彼に触られたのじゃないっ!?
「やっぱり持ち上げなさい!」
同様しすぎて意味不明な叫び声をあげてしまった。
同時に両脇に大きな手が触れて足が浮く。自然に体が持ち上げられていた。
だめだ、泣ける。これは、泣けてしまう。
アズラが、あのアズラが、わたくしに触れてるなんてえええ……。
やはり猫のごとくブラブラと揺らされながら、私は嬉しい涙を流したのだった。
+++
「あなた、他人に触れて大丈夫だったの」
足を滑らさないよう注意しつつ、並んで歩いていたアズラに問いかけた。
すると、彼は無表情を少しだけ陰らせながら言う。
「……嫌、だったか?」
その低声を耳にした瞬間、「まさかっ」と反射的な反応が出た。
「嫌なはずがないじゃない。むしろオーケーよ。ドンドン触ってちょうだい。でも、アズラ。わたくしは、あなたの方が心配よ?」
「ああ。慣れる必要があると……最近、気が付いた」
アズラの声は相変わらず強弱が感じられない。
だが、その後に続いた言葉は違った。かなりすぼめられている。
「だが、特別。お前だけだ、テレジア」
「……わたくし、だけ」
なんだって!? 私だけ、特別だと!?
どうしよう、なんか動悸上がってきちゃった。ヤバい、このまま路上でキュン死ぬかも知れない。
高鳴る心臓を押さえていると、アズラは苦笑する。
「お前は、聖霊の力で呪いを防御できるんだろう?」
「え……。そ、そうかもねぇ」
なんだ。そういうことが言いたかったのか。
アズラにとって私が特別なんじゃなくて、『私が特別な力を有しているから安心して触れる』って話だったらしい。
わあああ、わたくしの純情なドキドキ返してちょうだいっ!
「ふふふ、聖霊ね。聖霊の力……」
ズーンと肩を落としていたら、アズラは急にはたと立ち止まった。黄金色の視線がじーっとこちらを見つめてくる。
「なぁに?」
「……特別なんだ。テレジア」
ええ、そうね。わたくしの力は特別よね。ふふっ、いいのよ。気を使わなくて、いいのよ。ふふふ……。
だが、落ち込んでばかりもいられない。
私は、「さぁ、アズラ。まずは何処へ行きましょうか」と元気に行進を始める。
振り向けば、彼はいつも通りの涼しい顔をしていると思ったのに、それは間違いだった。
アズラは無表情のまま顔を真っ赤に染めていた。ボソリと呟く。
「……顔が熱い」
「た、大変っ。熱かしら!?」
「……」
「ほらー、無理をするからよ。体調が悪いならすぐに仰いね?」
「……」
アズラは無言でその場へしゃがみ込んでしまう。これは、大変。重症だわっ。
「引き返しましょう。すぐに家で休んだ方がいいわ」
私は彼の片手を取る。普段ならすぐ振り払われるはずなのに、彼はそれをしなかった。
よくよくアズラの手の感触を感じて心臓が高鳴る。かなり熱っぽい、ゴツゴツした男性の手だ。
ドキドキしちゃう……ってそんこと、考えている場合じゃない!!
「さぁ、帰るわよ。早くいらっしゃい」
彼が立ち上がってくれたので、そっと手を離す。こうして私たちは今来たばかりの方向へと足を向けたのである。




