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革命と雪だるま

 ――皆様、事件ですわ。

 それはもう、大事件が起こってしまったのですわ。


 雪のちらつく外の景色を自室の窓から眺め終えた私は、床に腰を下ろした体勢でとある出来事を思い出していた。


 我が家の店舗が現在、工事中だ。

 私とアズラ、それにタイオウ組合の親子ですらお手上げだった店が、新たに生まれ変わろうとしている。


 それは大方、エーヌのセンスが光ったからだ。

 彼は迷惑をかけたお詫びにと内装から商品の配置まで様々なことを一生懸命に考えてくれた。


 その提案があまりに素敵で、採用させて貰う運びとなったのである。


 店に並べる商品についてもガラクタか、そうじゃないか、エーヌが見抜いてくれる。彼はなかなかの目利きなのだった。


 日本では成人は二十歳だが、この世界では一七、八歳にはもう立派な大人であるという。

 エーヌは子供っぽいところもあるけれど、スキルは十分に備わっているらしかった。


 改装は春には終わる予定で、それまでは一時的に閉店扱いとなっている。


 ……さて。

 これは私にとっては重大な事案ではあるが、大事件という訳ではない。


 では、何が問題なのかといえば。


 窓の外から楽しそうなきゃあ、きゃあという声が耳に入って、私の意識は現実へと引き戻された。


 外へ目を向ければ降り積もった一面の雪景色。それはもう美しい白銀の世界だった。


 その中にあって、まるで仲の良い恋人のような二人組。

 遠目に見えるのは、楽しそうに雪玉を投げ合っているイルマとアズラの姿である。


 ――これは一体、どういう状況……なの。


 現時点では、ダンジョンへ向かう必要がないから、今日は思いっきり朝寝坊をしてしまった。

 起きて初めに確認したこの光景を、どう解釈すればいいだろう。


「おーい、テレジアーっ!」


 外からイルマの嬉しそうな声が投げられてきた。私は寝衣姿のまま、背伸びをして窓から顔を覗かせる。


 イルマとアズラが並んでこちらに手を振っていた。


 私はズガンと頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた後、精神的なダメージも負った。


「な、なんてこと……」


 フィアテルに移住してから初めて積もった雪の感動と『アズラとの雪遊び』をどっちも親友のイルマに奪われてしまった。


 この衝撃をなんと表現すればいいのか。


 ショックで片づくような問題ではない。


 ふらふらと床にへたり込む。


 もしも、アズラが友人だったらすぐさまその遊技に交ざっていたことだろう。だけど、彼は私の想い人である。


 イルマだってそれを知っているはずなのに……。


 もしかして、彼女は好敵手ライバルだったのだろうか。


 そういえば、ピンチのイルマを助けたのはヒーローのように登場したアズラだった。


 あの状況じゃあ、後出しで「惚れていました」と言われても仕方がないだろう。


「ど、どうしたら……」


 友情か、恋か、どっちを取るかと問われても絶対に選べない。


 ――あれ、そういえば。前世ではどうだったのかしら?


 遠い記憶、日本での生活を思い出してみた。


 休日といえば、ゲームか読書をして過ごし、友人と出かける時は決まってカラオケのアニソン祭り。

 後はバイトか、勉強してる……って、こんなに恋愛と縁遠い生活していたの!?


 今更ながら『彼氏いない歴=年齢』だった前世に無念さを覚える。

 一人で頭を抱えていると、部屋の扉がノックされた。


「テレジア……」

 木製の扉を挟んだ向こう側から「どうした?」とアズラの声がする。


 彼は、いくら待っても下りてこない私を心配してきてくれたのだろう。


 それはそれで嬉しい。でも、立ち上がる気力がなくてズルリと壁を滑るように床へ転がってしまった。


「テレジア? ……入るぞ」


 ついに痺れを切らしたのか、そっと扉が開れた。


 べちゃりと溶けたスライムみたいに床へ寝そべっている私を見て、アズラは驚いたような顔をする。


「どうした!?」


 珍しく焦り声である彼は、素早い動きで側へ寄ってくる。


 私は俯けで顔を隠しながら力ない吐息を漏らす。


「ふふ……。わたくしは、もう、だめですわ」


「何があった。病気? けっ、怪我をしたのか?」


「ふふふ、わたくしのライフは瀕死の赤ゲージですの。後一撃で死ぬのよ……」


 そう言って彼の方をちらっと見たら、アズラは悲壮、いやそれを通り越して絶望したような顔である。


「し、死ぬのか。テレジア……」


 震える手をこちらへ向ける彼の姿。あまりにも真面目に受け取られて可笑しくなってしまった。


 寝ころんだ格好で笑いを堪えていると、体が小刻みにピクピク揺れる。


 ああ、駄目だ。堪えきれない。反応が良すぎるわアズラ。本当に可愛いっ。


 「冗談よ」と起きあがってあげようか。そう思ったところで、栗色の髪をポニーテールにしている少女が遅れてやって来た。


 少女、イルマは倒れた私と悲痛な顔をしたアズラを見て叫ぶ。


「なにがあったの!?」


 ――ほぼ、あのたのせいよ!!


 私はガバッと起きあがる。


 驚いた様子のアズラはひとまず後回しにして、彼女へ睨みを効かせながらギリギリと歯を鳴らす。


「イールーマーッ」


「な、なに? どうしたの、テレジア? なんか怖いよ」


 私は地団駄を踏みながら「あなたは、まだファザコンでいなさいよぉ!」と悔しさと切なさと負け惜しみが混じった声を上げる。


 そして彼女の体をポカポカと叩いた。


「ちょっと、テレジア。意味が分からないってばぁ」


「あなたは、アズラと楽しく雪遊びしてるんじゃないわよぉ。わたくしも混ぜなさいよぉ」


「あはは。なんだ、そういうこと?」


「笑い事じゃないの!」


「ねぇ、コートを羽織って外へ来てみてよ」


「な、なぁに?」


 私は言われるがままに寝衣の上からコートを羽織って、彼女に手を引かれながら外へ出た。


 冷たい空気を吸い込んだ鼻先が手足のように(かじか)む。


 一面の雪景色は、懐かしい故郷ホワイティアを思い出させるような気配を見せていた。


「ねぇ、あれを見て」


 イルマが指さすので庭先に目を留める。そこには大きさが違う二体の雪だるまが並んであった。


「なぁに、雪だるま?」


「えへへへー」


 彼女はなんだか妙な雰囲気を醸し出している。

 背後から遅れてやってきたアズラの声が耳に入ってきた。


「俺は、初めて雪に触れた」


「ぐううっ。わたくしはその感動を一緒に体感できなくて、悔しいやら、悲しいやらですわ……」


 そう落ち込んでいれば、イルマがそっと耳打ちしてくる。


「アズラさんに作り方を教えたらね。いつの間にか勝手に作ってたの。私は『仲良しさん』ってタイトルをつけたわよ」


「なにそれ、自慢なの?」


「違う、違う。あれはね、テレジアとアズラさんなんだってさぁ」


 ニヤニヤとするイルマが何を言いたいのかようやく悟った。


 もう、意地悪。早くそれを仰いよ。


 単純なもので、私の機嫌はすっかり治っていた。隣に並んでいた彼に声を投げる。


「アズラ。ねぇ、初雪はどうだった?」


「冷たい。すぐに溶ける」


 アズラは「……後」と言葉を続ける。


「なぁに?」


「……美味そうだ」


「だっ、だめよ。お腹壊しちゃうわよ!?」


 私が眉を寄せると、彼は「ふふん」と鼻を鳴らすように言う。


「冗談だ」


「もうっ、アズラったら!」


 楽しくじゃれ合っていたら、イルマがニヤニヤした顔を向けてきた。


 あなた、女子なんだからその顔はやめた方がいいわ。まぁ、わたくしも、人のことは言えないけれど……。


 そんなことを考えていたタイミングで、美しい雪景色と、チラチラ降り続ける結晶に交ざって遠くから人影が現れる。


 路地奥の方からコートマントの小さな姿がこちらへ向かってきていた。

 どんどん近づいてきたそれは、最後に私の目の前で力つきたように膝をつく。


「マ、マスター……」


「あら。ちょっと大丈夫?」


「俺、朝からずっとプィーラーにいたんだ。雪の中でずっと冒険者待ちしてたんだぜ。……さ、寒う、ううーっ」


 この子は本当におバカだわ。冒険者待ちの結果は目に見えるかのようだったが一応、聞いてあげた。


「それで、雇い主は見つかったの?」


「んな訳ねぇだろぉ!」


「あなた、本当におバカね」


「仕方がねぇじゃん。だって行かなきゃ。俺、バックパッカーだから……俺は、運び屋なんだからさぁ!!」


 彼は、ズッズッと鼻をすすりながら叫ぶ。

すっかり凍えてしまっているその肩に手を置いた。


「分かったわよ。もう。じゃあ、みんなで暖かいミルクと朝食にしましょう。ほらエーヌ、立って。アズラ、イルマも家に入るわよ」


 私はそれぞれに嬉しそうな表情をしていた三人を引き連れて店の扉をくぐったのである。

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