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I〈アイ〉の遺伝子  作者: YuYu
第一章 夢-ユメ-
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やがて苦痛は甘美となる

 

 ――この感情を、よく覚えている。

 視界一面に広がる赤い血潮。どんなに叫んでも届かない切望。

 何故――皆が自分を置いて逝く。

 愛する者を喪った悲痛と、遺される者としての罪悪でこの身はバラバラに引き裂かれる。

 全てを失っても尚、孤独を生き続けなければならない。

 それを地獄と人は呼ぶのだ。


 私の唇が勝手に動いていた。


「……(わらわ)を愛すると言うならば、何故置いて逝く。そうしてこの身に遺されたのは人への憎しみばかりだ……!」

「しっかりしろ、理花!」


 突然に浴びせられた怒号ではっと我に返る。

 床にへたり込んだまま虚ろな目で見上げると、馬の獣人が倒したはずのゾンビ達が起き上がっていた。

 アエトスが私の前に立ち、剣でそれらをなぎ倒していく。


「アエ、トス……」


 声が震える。彼の背中からも、馬の獣人と同じく血が大量に流れ出ていることに気付いたからだ。

 すぐ間近で死神の鎌が、アエトスを執拗に追い狙う。


「つまらねぇな、てめぇはその程度じゃねぇだろう?」

「そうだな。そろそろ終わらせる」


 アエトスが鎌を掴んで、死神の身体を引き寄せる。死神は微かに体勢を崩すも、すぐに立て直して跳び上がる。

 そんな死神の腹に向けて、アエトスは黒煙を放った。

 それを察した死神は、素早く身を引きその体躯は勢い良く壁へとめり込んでいった。


「きゃは、グリムがふっ飛んだぁ!」


 アンジェと呼ばれていた少女が甲高い笑い声を上げると、その口内に銃が突っ込まれた。

 もごもごと喘ぐ少女の背後から透明化していたマーヤとエリックが姿を現す。

 エリックの鎖が、少女の身体中に張り巡らされていた。


「死者をもてあそんだ報いを受けろ!」


 マーヤが引き金を引く。少女の顔は鈍い音を立てて飛び散った。

 それと同時に、ゾンビの群れが粒子になって消え去る。


「やれやれ……面倒なことをしてくれる」


 崩れ落ちる壁から出た死神は、ずしゃりと倒れた少女へ呼び掛けた。


「おい、生きてるか?まぁ普通なら死んでるだろうが」

「アンジェはアンジェによるアンジェのためのアンジェでありぃ……」

「……だろうな。全く毎度毎度、手間の掛かるガキだ」


 頭を貫かれて、もはや口の位置すら分からない程に顔の潰れた少女は、それでもまだ生きていた。

 死神は舌打ちして少女に近付くと、小さなその身体を肩に抱え上げる。


「な……何で生きて……」


 マーヤとエリックが絶句する横を悠然と歩きながら、死神はアエトスに向かって言う。


「ようやく盛り上がった所だってのに残念だ……俺はグリム・サブナック。いずれまた逢うことになるだろうよ」


 含んだ笑いを漏らしながら、死神は扉から出て行く。

 マーヤ達は彼らを追わなかった。恐らく、追えなかったのだ。


「理花」


 アエトスがへたり込む私の傍に立っている。

 私は横たわる馬の獣人に視線を移す。だけどまた溢れた涙のせいで、視界が滲んで見えなくなってしまった。


「っ……この人私のせいで死んだ、何で簡単に殺したり……怖いっ、やだ……帰りたい、こんな世界もう嫌だよおぉっ!」


 頭を振りかぶって叫ぶと、涙腺が壊れてしまったみたいに泣き喚いた。

 胸が苦しい。目眩がする。自分がどうしてここに居るのか分からない。

 来たくて来た訳じゃない。こんな場所来たくなど無かった。

 きっとこれは――()なんだ。


「理花、落ち着くんだ」


 アエトスが膝を落として私を抱いた。

 暖かい被毛にすっぽりと包まれると、自分の身体が酷く冷えていたことに気付く。

 ますます涙が溢れてしまい、純白の胸に縋り付きながら止まない嗚咽を漏らした。


「すまない、貴女を危険な目に遭わせてしまった。全ては私が至らないせいだ。力が弱っているとはいえ、この私が人間風情に遅れを取るなど」


 そう言ってアエトスは怒りを露にする。抱き締める力がさらに強くなった気がした。

 私はしゃくり上げながら、彼の顔を上目で見やる。


「アエトスは、私の味方、だよね?」

「当然だ」

「……じゃあ、良いよ」

「理花?」

「私を食べて……良いよ」


 金色の双眸が見開かれる。それは普段の平静な彼とは異なる複雑な色を含んでいて、やけに人間臭かった。


「ベリエールが言ったの、あなたは私の命を食べて強くなるって。私は馬鹿だから霊力とか難しいことは分からない。でももし、アエトスまで居なくなったら私っ……だから」


 ぎゅっと被毛を握り締める。そんな私を見下ろし、アエトスは静かに呟く。


「確かに今の貴女が放つネガティブな低波動エネルギーは、私にとって何よりのご馳走だろうが」

「ネガ、ティブ?」

「しかし理花、貴女はこの私が何者であるかを理解しているのか?」


 両脇にアエトスの手が差し入れられ、私の身体を抱き起こした。

 私達は向かい合うように立つ。


「今は私が貴女に憑依している状態だが、正式に〈魂の契約〉を結ぶには代償が必要となる。

それは永久に霊力を奪われ続け、死した後も子孫に受け継がれゆく呪詛だ。そして何より――」


 背丈を屈ませたアエトスは私の両頬に手を添えた。鉤爪の生える親指を動かして、ゆっくりと唇をなぞる。


「純潔なその身に、私の穢れを受けることになるかもしれないぞ?」

「……アエトスは悪い人なの?」

「そうだ」

「でも、私を守るって言ってくれた気持ちはウソじゃないよね……?」

「そうだ」


 アエトスが力強くはっきりと頷く。私は頬にある彼の左手に触れて、目を閉じた。


「うん……良いよ。私の全部をアエトスにあげる。だから約束して、絶対に私を置いて行かないって」


 両手でアエトスの手を取って自分の頬を擦り付けるようにする。

 ふわふわの肌触りに、固い心がほどけていくようだった。

 またじんわりと溢れた水滴が、アエトスの指に零れ落ちる。


「お願い……私を一人にしないで」

「安心しろ、私は死なない。そもそも生きている訳ではないからな。貴女を決して一人にはしないと約束する」


 頬に添える手はそのままに、もう片方の腕が背中に回される気配がする。

 アエトスは私の耳元で囁いた。


「――貴女を貰うぞ理花。本当はずっと欲しかった」


 

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