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 黒いフードの下から覗かせる男の笑顔が脳裏にこびりついて離れない。


 目が覚める。眼前の真っ暗なテレビと、聞きなれた皿洗いの音。さっきの惨劇を鮮明に覚えている私の心臓はひどく早鐘を打つ。今、新たに確信を得たことは、一連の流れを繰り返すこの不可思議な現象は紛れのない現実であるということ。


 落ち着け……落ち着かなくては。きっとまた奴は来る。さっきと同じでは、また……また殺される……。


「なぁ、ちょっと聞きたいんだけどさ。」

 息をつき、心臓の荒ぶりを止めようと、妻に声をかける。


「あら、あなた起きてたのね。どうかしたの?」


「なんというか、その、変な夢を見たりしなかったか。」


「なに、まだ寝ぼけてるの? 夢を見てたのはあなただけよ。私はさっきからずっと起きてたんだから。あなた、どんな夢見てたの?」


「怖い夢さ。急に変なやつが家を襲ってきて、私たちは殺されるんだ。」


「……なに、急に怖いこと言うわね。」


「ただの夢ならなんともないけどね。」


 私はテレビの電源を入れる。


「——犯人の身元はまだ特定できておらず……。」


「あなたが変な夢の話するから、こういうニュースも怖くなってくるじゃない。」


「●●区で起こってるんだから、他人事じゃないかもしれないぞ。」


トントントン、と、いつもの音が聞こえてくる。


「お父さん、お母さん、おはよう!」


「おはようマヤ。今日は随分早いわね? 朝ごはんできてるからちゃんと手を洗ってから食べるのよ。」

「はーい。」


 娘が洗面所から食卓へ向かうのを見届けると、私は立ち上がる。行先はコーヒーメーカーではなく、窓辺である。


「あなたどうしたの? 急に外なんて眺めちゃって。」


「はは、せっかく気持ちいい朝だからね、なんとなく外の様子を見たくなっただけだよ。」


 ……もうすぐだ。いつも通りなら、もうすぐ奴はやってくるはず。ドアを開けて急に対面するのでは何もわからずまた殺されるだけ。奴の姿……できれば顔も、しっかり確認しなくては。


「お父さん! 今日の遊園地、楽しみだね!」


「……そうだねマヤ。楽しみだ。」


 そのとき、妙な寒気と共に私の視界の端に映ったのは、例の黒ずくめの男だった。

角を曲がり、我が家の玄関へ歩を進める。やはりフードを深くかぶっており、どうにも顔は見えそうにない。


 こうなったところで、私にどうすることもできはしない。だが、半ば未知の存在だった男をしっかりとこの目で捉えられたのは、気持ちの面で大きな前進である。男が家の前に近づく。私は奴に気づかれないよう、カーテンを閉め、隙間から少し顔を出して外の様子を確認する。……玄関先に、男が到着した。



ピンポン


「誰かしら。お父さん、出てくれる?」


また、この時が来てしまった。頭を撃ちぬかれる記憶がよみがえり、額に汗が伝う。


「お父さん?」


「……出ない方がいい。」


「ど、どうして?」


「今、外の様子を見てたんだが、インターホンを鳴らしたのは、顔もわからない黒ずくめの男だった。」


「……えっ。」


 リビングに緊張が走る。食事をとっていた娘の手も止まる。


「もしかしたら、さっきニュースでやってた強盗殺人犯かもしれない。」


「ほ、ほんとに……?」


「ほんとだ。」


妻は私が開けていた窓の隙間からそっと外を確認し、青ざめた。


「け、警察に連絡する……?」


「頼む。」


 娘の方を見る。さっきまで今日の予定に心躍らせながら朝食を頬張っていた娘の顔は緊張で強張っている。


「大丈夫だよマヤ。」


「お父さん……大丈夫なの?」


「ああ。お父さんとお母さんが何とかするから大丈夫だ。」


ピンポン


二度目のチャイムが鳴る。


「お、お、お父さん、こわい、こわいよ。」


「大丈夫だ。あれが誰かわかるまで、絶対にドアは開けない。」


「そ、そうね。来客の予定もないし、宅配とかも……それで黒ずくめなんて、もしかしたら本当に……。」


 私は一つ息を吐き、自室からゴルフクラブを取り出す。

私が武器を持ってきたのだと気づいた娘は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「マヤ、大丈夫。ドアは開けないから。これは念のため、だよ。」


 私は緊張を隠して娘に微笑む。妻は警察への連絡をしている。


ピンポン


 三度目のチャイムが鳴った。


 緊張に包まれたリビングには、洗面所で雫が皿に落ちる音がやけに大きく響く。


「こういう時に限って……インターホンも壊れてるし……。」


 妻がインターホンの機械を覗き込みながらつぶやく。


「警察は、あとどれくらいで……?」


「10分以内にはつくだろうって……。」

 妻の声は震えていた。


「10分……10分……。」


 娘が、いよいよ嗚咽をこらえられなくなり始める。


 私と妻は娘のもとにより、そっと、抱きしめた。


「大丈夫よマヤ。お母さんとお父さんに任せなさい。警察の人もすぐに来るわ。」

「そうだぞ。なんともなく、無事に終わるよ。そうしたら遊園地で楽しく遊ぼう。」


 娘の嗚咽は私たちの胸の中で大きくなる。そして安心したのか、少しずつ小さくなっていった。

妻と娘は必ず守る。私は再び外の様子を確認するため窓辺に向かった。




 カーテンを開けようとして、私の手は止まった。


 カーテンのかかった窓ガラスのすぐ向こうに、人影が映っている。


 そっと顔をカーテンの向こうに覗かせる。



 黒ずくめの男が、ガラスのすぐ向こうに立っていた。手に握られた銃口は、こちらを向いている。


 

 男の口元が、歪んだ。




 銃声が響くとともに、目の前のガラスが割れ、直後、私の視界は奪われた。


 私の悲鳴と、それにこだまするように妻と娘の悲鳴が聞こえる。


 真っ暗な視界の中で、もう数発の銃声と、ガラスを割る音が聞こえてきた。


 私は地面に倒れる。体中に何かが刺さって痛い。


 痛みで地面をのたうち回る。それがさらなる痛みを呼ぶ。痛い。


 妻と娘の悲鳴が一層大きくなる。いたい。いたい。


 何発か、銃声が聞こえた。私に向けられたものではない。


 「あっ。」 「おっ。」


 激しい銃声と耳鳴りの中でも、そんなうめき声のような何かが聞こえたような気がする。


 二人の悲鳴は止んだ。


 私は、わけもわからず叫んだ。


 いたい、いたい、いたい、いたい


 いたいいたいいたいいたいいたいいたいなんでなんでなんでわたしがわたしがわたしがこんなめに


 銃声とともに、意識は暗転した。


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