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ハッと目を開ける。
眼前には、見慣れた景色が広がる。電源の点いていないテレビ画面に映る私の顔は、随分間抜けなものに見えた。
私は……ソファーで眠っていた……? あの男は……なんだ、夢、か。
「あら、起きたの。二回目のおはようね。」
心臓がひどく跳ねた。驚いて振り返る。台所で、妻が皿を洗っていた。言葉にならない言葉が喉の奥で詰まり、私は茫然と彼女を眺めていた。
「……? どうしたの? ヘンな顔してるわよ。」
妻は不思議そうに聞いてくる。
「何か仕事の爆弾思い出したとか? 大口顧客の話が進んできてるってこの前言ってたけど、その件だったりして。」
にやりと笑って私に問う。普通だ。妙な言葉に少し引っ掛かってしまったが、いつもの妻。いつもの朝の……。
「……いや、何でもないよ。ちょっと、変な夢見てただけ。」
「なーんだ。心配して損した。」
私は前に向き直る。真っ暗な液晶に映る私の顔は、いつも通りに戻っていた。
一つ息をつき、テレビの電源を入れる。
「——犯人の身元はまだ特定できておらず、未だに逃走中とみられています。この事件についてですが……。」
なぜだかまた心臓が跳ねた。もう一度妻の方をちらっと見る。皿を洗っている彼女の様子は、普段と同じだ。再び前を向く。
「——病院に搬送されましたが、失血による死亡が確認されたとのことです。」
……夢だ、偶然だとわかっていても、どうにも心臓に悪い。まぁ夢の話だ。いつも通り、徐々に記憶から薄れていくことだろう。
トントントンと、二階から人が降りてくる音がする。
「お父さん、お母さん、おはよう!」
「おはようマヤ。今日は随分早いわね? 朝ごはんできてるから、ちゃんと手を洗ってから食べるのよ。」
「はーい。」
……どうにも、奇妙な感覚が心を波立たせてならない。が、疲れているのだろうと納得させる。
「いただきまーす。」
娘が少し離れた食事用のテーブルでパンを頬張る音が聞こえてくる。目の前のニュースキャスターが告げる暗い話題から目を背けるように、私はコーヒーを汲みにソファーから腰を上げた。
「お父さん、今日は遊園地に連れてってくれるんだよね? あたし楽しみで早起きしちゃった!」
「……ああ、そうだね。お父さんも、楽しみだよ。」
コーヒーの暗い液面に波が立つ。カップからこぼれだしてしまわないように、慎重に運んだ。
ソファーに座る。テレビのニュースは、中東での戦争の話をしている。何となく、私はチャンネルを切り替えた。
コーヒーをすする。
おかしなことも続くものだ。しかし、いつもの光景そのもの。夢の中の物語が日常と似通っているのは当然ともいえるし、なんらおかしいことではない。予知夢なんて信じてはいないが、ここまで鮮明に覚えている夢も珍しいのでつい気になってしまう。
耳をすませる。皿を洗う水の音、食器とスプーンがぶつかるときの音、テレビから流れる、スポーツニュースの音。
そして息をつく。はやく悪い夢のことが記憶から薄れてくれればいい。そうしてまたいつも通りだ。そもそもさっきの夢だって、ほとんど日常の一ページを描写したようなものだ。そう考えると、気にするものでもないんじゃないかと思えてくる。そう、唯一日常から外れていたのは、最後の……
ピンポン
三度、私の心臓が跳ねる。インターホンの音の後、一瞬の静寂が訪れる。そして、妻が切り出した。
「誰かしら。お父さん、出てくれる?」
夢は自分自身の頭の中で作られるのだから、現実の日常と似通うことなんて珍しいとは思わない。しかし、ここまで一致していること、そして一致していると自覚できることはそうそうあるものではない。
だが、インターホンの先で銃をもった殺人鬼が待っているという事実は、もっと信じがたい。私はソファーを立ち、インターホンの方へ向かった。
やはり、機械は壊れている。私の足は玄関へと向かった。すごい偶然もあるものだ。話のタネにしよう。
玄関へ向かう途中、自分が緊張していることに気づいた。ただの夢とわかっていても、悪い想像はしてしまうものだ。
最悪なイメージをかき消すように淡々と靴を履き、ドアノブをひねる。一瞬躊躇いかける心を、やや無理矢理に押し込めた。
のどかな朝の風景より先に私の目に飛び込んできたのは、黒ずくめの男。私の妄想から飛び出してきたソイツは、ポケットから銃を取り出す。
思考の止まった私の頭に、銃弾が突き刺さった。




