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目が覚めると、眼前にはいつも通りの風景が広がっていた。
暖かい日が差すリビングには、妻が皿を洗う音だけが響いている。そうだ、私は朝食を食べてから、ソファーでウトウトと……。
「あら、起きたの。二回目のおはようね。」
台所の方から、妻が声をかけてくる。
「ああ、すまない。仕事の疲れがちょっと残ってたのかな……。」
「いつもお疲れ様。今日は休日なんだし、ゆっくりしていいのよ。」
……ああ、そうだった。今日は休日なんだったな。そう思いながら、私はテレビの電源をつける。
「——では、続いてのニュースです。●●区での連続強盗殺人事件について、犯人の身元はまだ特定できておらず、未だに逃走中とみられています。この事件についてですが……。」
ニュースキャスターはいつも通りの口調で、淡々と惨憺たる事件の内容を語っていく。
「物騒ねぇ。●●区といったら、お隣じゃない。なんだか怖いわ……。」
妻が不安そうな声を上げる。
「そうだね。まぁ、じきに捕まるだろう。日本の警察は優秀だし、じきに捕まるだろう。何となく不安はあるし、早く刑務所に入ってほしいものだけどもね。」
そんなことを話していると、階段の方からトントントン、と音がしてきた。
「お父さん、お母さん、おはよう!」
「マヤ、おはよう。」
「おはようマヤ。今日は随分早いわね?朝ごはんできてるからちゃんと手を洗ってから食べるのよ。」
「はーい。」
娘は洗面所の方にペタペタと音を鳴らしながら歩いていく。6歳だというのに聞き分けもよく、できた娘だと思う。私があのくらいの頃はよく親を困らせていた気がする……。我が子ながら素晴らしい、といつも思ってしまうのは、親馬鹿だろうか。
「いただきまーす。」
娘が少し離れた食事用のテーブルで朝食のパンを頬張る音が聞こえてくる。
私はソファーから腰を上げ、コーヒーをカップに汲んだ。
「お父さん、今日は遊園地に連れてってくれるんだよね? あたし楽しみで早起きしちゃった!」
娘が話しかけてきた。その弾むような声に、私の気分も明るくなる。
「ああ、そうだね。お父さんも楽しみだよ。」
再びソファーに腰を下ろす。テレビのニュースは中東での戦争の話に変わっていた。
コーヒーをすすり、息をつく。
休日の朝の、このノンストレスで穏やかな瞬間は、いつも本当に心地いい。我が家は、たいへんなセレブというわけではないが、私の仕事が順調なことでそれなりに裕福だ。今の生活の範囲で不自由することはない。私は、これ以上を望まない。豪華絢爛な食事や、高級な車や、ブランド品。そんなものはいらない。今の生活が続いてくれれば、誰もがうらやむような贅沢など、望みはしないのである。
妻と娘の方に目をやる。
私が月曜から金曜まで、朝から晩まで働くのは、なんといっても二人のためだ。どれだけくたびれて帰ってきても、二人がいるこの家に帰ってくれば、それだけで報われる。ああ、私は娘の反抗期などに耐えられるだろうか……。
ピンポン
インターホンの音がリビングに響いた。
「誰かしら。お父さん、出てくれる?」
私はインターホンの前に立ち、通話のボタンを押す。しかし、相手の声は上手く聞きとれない。ノイズだろうか、ざーっという音でかき消されてしまっているようだ。
「あれ、どうしてだろう。向こうの声が聞こえないな。」
「機械が壊れたりしてるのかしら。映像は?」
「それが、映らないんだよな。」
「やっぱり壊れてるのかも。ごめんお父さん、とりあえず出てくれる?」
「そうだね、早めに修理をお願いしないとな……。」
私は玄関に足を進める。若干の不安を抱えながら、玄関の扉を開いた。
「えっ。」
目の前に立っていたのは、黒ずくめの男。フードを深くかぶっており、顔はよく見えない。男はポケットから右手を取り出す。その手には、男と同じ黒色に染まった銃が握られている。その口は、私に向けられた。
週末の午前、静寂を切り裂く銃声。耳鳴りと共に、私の視界は暗転した。




