♰♰♰ チョコを食べた真犯人 ♰♰♰
「遅かった。何もかも・・・。」
血がアーチ型に飛んでいる噴水のように吹き出した。それを見た演劇部の女の子の一人が気絶し、陸上部の男子生徒は洗面台の中に今日、食べていた物を全部吐いていた。近い場所にいた黒川の顔には他人の血が飛びかかっていた。名城の手にはナイフを握っており、そのナイフの先は首元を刺している。堀田は床で臆病な犬のように頭を抱えたまま震えていた。名城が刺した相手は堀田ではなかった。ザコ二等兵の首を刺していた。
「どあほうっ!!!!!!!」
黒川が初めて人を殴った瞬間だった。名城もこの事は予測していなかったようであっさりと殴られて床に倒れた。
「あんた頭いかれたのっ!?いかれてなければあんたもゾンビと同じだわっ!」
神宮西は感情が抑えきれずに名城を罵倒した。今まで対話によって解決しようとしていたすべてが無駄になった。ただ名城だけは自分がしてしまった事になんら感情がひとつもない。
名城は黒川に殴られた後でゆっくりと上半身を起こすと手で鼻を拭って手についた血を見て鼻から血が出た事を確認していた。後悔も喜びも興奮もなんら感情を見せない名城を理科室中にいる人が自分達とは違う畏怖の存在のように見ていた。
だが、当の本人である名城は黒川に殴られ、神宮西に罵声され、大勢の人に化け物のように見られてもマイペースにポケットに入れておいたハンカチで鼻血を塞ぐと近くにある椅子を自分のいる所まで床を引きずる音を立てながら引き寄せると椅子の上に腰を降ろし、足を広げて開いた手で乱れた髪を整え直すとようやく口を開いた。
「そいつはまだ質問に答えちゃいない。」
「へ?」
ハンカチをよーく見ると黒のマッキーペンで『ほりたまさよし』といかにも母親が堀田のハンカチを失くした時の為にひらがなで名前が書かれてあった。堀田が幼稚園の時から使用しているハンカチで名城は静まった理科室中に響き渡るほど音をたてて鼻を噛んだ。
この場にいる名城以外の者は名城の表情に動揺や罪悪感やもしくは悪ならではの開き直りが少しでも現れるのを期待したが、殺伐した状況とは反対に名城があまりにも堂々と淡々としている為に名城の方が正しいのではないのか?という眩暈がしてきて名城の言葉の正体を掴もうと皆の目線がザコ二等兵へと注目した。ザコ二等兵は首元を刺された衝動で机に顔を伏せたまま動かない。
「質問に答えるも何も死んだら質問に答えられないじゃん。」
みきに聞かれると名城が長い言葉を話すのは面倒くさそうに深い溜息を吐いた。
「そいつは彼女が死んじゃった。と言っただけだ。イエスかノーをまだ言っちゃいない。」
「でもまだゾンビになっていないじゃないか?」
まだ釈然としなまま黒川が尋ねてきた。名城は鼻の頭を強く抑えて顔を上に向けて黒川に言った。
「じゃあ、後ろにいるそいつに尋ねてみろ。」
黒川は言われた通りに後ろを向いた。すると目の前に刺されたハズのザコ二等兵と目があった。いや、ザコ二等兵が白目を向いているのに目があったというのもおかしい話だ。ザコ二等兵は首が刺されたはずなのに突っ立っていて青白い顔をしている。
どこかで似たようなヤツを理科室の外でよく見た。急にこの場の空気が死体安置所のように凍った。冷たい氷の塊が背筋を伝って落ちてきたようなゾクっとする感覚が襲った。誰かが恐怖のあまり歯がカタカタと震えてさせている音が静かに響いた。
「あらっ!生きていたじゃんっ!良かったねっっ!!」
みきだけが喜びの歓声をあげて両手を叩いて飛び跳ねながら喜んでいた。すると、ザコ二等兵がいきなり黒川の肩をがっしりと掴んだ。
「うわああああああーーーー!!!!!!!」
ゾンビと化したザコ二等兵が黒川に牙を向けようとしたが、首元をナイフで刺されていたので動いたから傷口が広がり、ぐにゃりと顔が後ろに大きく逸れて首の皮一枚繋がった状態で背中に顔がぶら下がっていた。
神宮西と丸之内と上社の三人があわてて黒川からゾンビ化したザコ二等兵を引き離そうとザコ二等兵の腕やら背中の制服を引っ張って引き離そうとしてみたが、化物と化した力は凄まじくなかなか黒川を引き離そうとはしない。丸之内が名城の方を向いて助けを求めた。
「名城ぉぉぉーーー!手伝ってくれーー!!!」
だが、名城は後の事は知らね。と言わんばかりに制服の胸ポケットからヘアワックスの容器を取り出すと容器の中からワックスを取り出し、片手に付けて乱れた髪の毛を整えていた。神宮西は黒川の肩からザコ二等兵を引き離すのを諦めたが、変わりにザコ二等兵の髪を掴むとザコ二等兵の頭部を引きちぎった。
ザコ二等兵がまるで電池が切れたおもちゃのように黒川から手を離して床に倒れた。理科室はしばし静寂に支配された。気持ちを落ち着かせて考えを整理する時間が皆には必要だった。だが、名城やみきにはそんな時間など必要なかった。みきはカバンの中から取り出したシナモンパンを食べ始めていた。皆よりも先に整理がついたのか上社が体を丸めて震えている堀田に話しかけた。
「ゾンビはザコ二等兵だったのはわかった。だが、一つだけ腑に落ちない事がある。君もまだ答えていない。」
周囲がザコ二等兵の時のように答えない人はゾンビじゃないのかとまた堀田に疑いの目を送った。堀田は唇を震わせて思うように口が開かない様子だった。
「お、お、俺?オレ?お・・・おれはそ、そ、そそそのののの・・・・・・・」
堀田がなにやら口に出すのがつらそうに喉を何度もつまらせていた。うまく言葉にできない堀田の変わりに髪を整えている名城が答えてあげた。
「俺が変わりに言ってやる。彼女の凛ちゃんにフラれたんだよな。」
「なっ!なんで凛ちゃんにフラれた事を名城が知っている!????」
堀田は過去の傷口をえぐられたのかとてもきょどっていた。
「それは俺が堀田の彼女を寝取ったからだ。」
「わーんっっっ!!」
彼女にフラれた事と他の男に奪われた二重のショックで堀田はうずくまって嗚咽を漏らしながら子供のように泣いた。
「ちょっと!それだけの事で紛らわしいマネをしないでよね!!!」
みきがハムスターのように頬を膨らませて堀田にカンカンになって怒っていた。




