♰♰♰ 生きとったんかいワレ!!② ♰♰♰
日が没すると夜の闇に学校は侵食されて行った。学校の旧支配者であった生徒達は闇を逃れて理科室へと逃げ、生徒達の代わりにゾンビ達が新たな学校の支配者となった。
かつて生徒達が利用していた教室はゾンビが居座り、廊下はゾンビが死肉を貪り食べ、運動場はゾンビ達が人間の頭をラグビーボールの代わりにパスをしていた。一人だけ理科室に避難するのを拒否した恭一は教室へと向かい机に残された教科書や参考書をすべて持ち帰ろうとしていたのだが、孤独な人は同じ孤独な仲間を増やそうとするゾンビの格好の餌食になる。
恭一はゾンビ達に囲まれ逃げ場を亡くし、目の前に立っているゾンビに襲われようとしていた。ここで両手に抱え込んでいる教科書やノートを使ってゾンビを追い払う事が出来ただろう。だが、恭一の血と汗と涙の跡が染み込んだ努力の証である教科書やノートを手放したらがここで3年間の努力がすべて無駄になってしまう。だが、ゾンビに自分自身が食べられても無駄になってしまう。恭一の中で二つの考えが葛藤している間にゾンビは口を大きく開けて牙を恭一の顎に向けて来た。
「うわあああああああ!!!!!!」
その目で、その鼻で、その耳で、その肌で、細胞の一つ一つまで生命の危機を感じたその時、生きたいという強い気持ちが深い溝から湧いてきた。恭一は教科書やノートよりも命を選んだ。
手に持っていた古典の教科書を咄嗟にゾンビの牙の前に差し出した。それが幸となった。恭一を襲おうとしていたゾンビの口の中には古典の教科書が口に挟まって牙が教科書にのめり込んでしまった。3年間を共に過ごしてきた教科書やノートは役目を終えた落ち葉のように床にバタバタと散らばって落ちた。咄嗟の判断で命が救われたが、我に返った恭一はゾンビの牙にのめり込んだ古典の教科書を見た。
「かっ!返してくれよっ!!」
恭一は古典の教科書を引っぱったが、ゾンビは犬のように離そうとしない。
「これは僕の物だ!僕が3年間も築きあげた物なんだっ!」
恭一は築き上げた思いが強すぎるあまり古典の教科書を強く引っ張りすぎた。ビリリと何か紙が破れる音がした。恭一は目を手元にやった。恭一はゾンビからようやく古典の教科書を返して貰った。半分だけだが。もう半分はゾンビの口に挟まれゾンビのヨダレまみれになっていた。
「うわ・・・あ、あ、・・・・・・・ああああああああっっーーーー!」
恭一の雄叫びは教室を抜け出し校舎中に恭一の悲しい悲鳴が響き渡った。恭一にとっては体の一部のように扱ってきた古典の教科書がまるで布が破けて中から綿が出ている古くなった縫いぐるみのように哀愁が漂っていた。恭一の目から涙を抑えきれなかった。
今まで勉強ばかり時間を費やしてきて友人を一切作ってこなかった恭一にとって唯一の友人が教科書やノートだった。同級生が無邪気に外で遊びに行っている間も、食べる間も、寝る間も、今日は風邪をひいて保健室にやって来ても教科書やノートを共に連れて行った。時にはお風呂やトイレまで一緒に入った仲だ。ノートには端から端までぎっしりと隙間なく書き込んでおり、手が黒くなるまで汚れ、教科書には恭一の何度も流した汗が染み込んでいる。
恭一にとっては辛い時も苦しい時も常に自分と一緒にいてくれたよき戦友であった。それなのにあのバケモノ達は!恭一が今まで犠牲にしてきた努力をすべて無駄にしたのだ。恭一の全身に流れる血が激しい音を立てて沸騰していった。
「うぉおお、おおおおおおおおっっーーーーー!!!!!!」
恭一の体がみるみる赤くなり、体から湯気が出てきそうなほど全体的に熱くなっていった。怒りによって沸騰した全身を駆け巡る血が今にも血管を破裂して外に飛び出てきそうだ。
古典のもう半分を口にくわえたままのゾンビは再び目の前にいるごちそうに向かおうとしたが、ごちそうが何かおかしい。なぜだかわからないが、先程まで自分に怯えていたハズのごちそうが今やまったく別に見えた。ゾンビは人間だった頃の残っていたかすかな本能が危機を感じていた。
ごちそうは危険人物だから早く逃げろと言っている。だが、食欲というもう一つの本能が逃げようとするのをためらう。まるで先程の教科書やノートを捨てきれなかった恭一の時のように。だが、今回は立場が逆転した。
「うぉおおおお!!!!よぉおおおくぅうもぉおおおおおお!!!!!」
恭一はいきなりネクタイを頭に鉢巻のように巻くとベストを脱ぎ両手でシャツをつかむと全てのボタンがはずれるほど一気に服を引き裂き、タンクトップ一枚になるとあまり自慢もできやしないやせ細った上半身を見せた。いきなり豹変した恭一に教室にいるゾンビ達は恐る恐る後ろへ引き下がった。
ついに人間とゾンビの立場が逆転した。先ほどまではゾンビが恭一を追い詰めたのに、今は恭一がゾンビを追い詰めている。ゾンビ達はもうとっくに死んでいるのになぜかまた死ぬかもしれないという恐怖を感じていた。
だが、恭一の背後からゾンビが両腕を伸ばし自分に背を向けて油断している恭一に少しずつ近づいて行き恭一の肩を掴もうとした。敵に背を向けてはいけないのは戦いの基本だ。
が、油断したらお終いなのも戦いの基本だった。恭一はまるで背中に目でもあるかのように突然、上半身を振り返ると半分だけとなった古典の教科書を高く持ち上げ雌を見て興奮した雄猿のような雄叫びをあげた。
「きぃぃぃぃぃぃぃーーーー!!!!!!!」
戦闘前の興奮を出しきると高く持ち上げた古典の教科書の角を背後にいたゾンビの頭にめがけて殴りつけた。ゾンビの脳みそが崩壊するほど頭に古典の教科書がのめり込んだ。恭一は次に先ほど古典の教科書も自分の人生も引き裂いてくれたゾンビの方へと向いた。
ゾンビは口から古典の教科書を離して恭一から離れようと後ろへ引き下がったが、背中が背後にある窓にぶつかった。先程の恭一のように逃げ場がない。イカれた破壊神と化した恭一は頭をゾンビに向けるとまるで角を向ける闘牛牛のように目の前にいるゾンビにめがけて猪突猛進して行き、ゾンビが逃げようとする間もなくゾンビの胸に恭一の頭が激突し、ゾンビの背後にある窓ガラスがもう限界だと悲鳴をあげているかのような音を出すと窓ガラスは恭一の圧倒的なパワーによって限界に達した。
ゾンビの背後でパリンッ!とガラスのヒビが割れた音と共に背後で砕けたガラスが外の暗い闇の奥へと吸い込まれるかのように落下していった。ゾンビは自分も落とされそうになる寸前で窓枠に捕まり、難を逃れた。しかし、今の恭一は人間業には到底思えないまるで宇宙からパワーを送って貰っているかのような力が働き、ゾンビは窓枠を掴む手が徐々にしびれていき、指に汗が出だすと手が徐々に後ろへとすべっていき、そしてついに指先だけで自身の体を支えるハメになった。だが、ゾンビは最後までけしてあきらめなかった。
しかし、今回は相手が悪かった。哀れにもただの人間に屈したゾンビの体は後ろに大きく反れてガラスの破片が我先に下へと落ちていくと、後を追うかのようにゾンビの指先が窓枠から離れ、ゾンビはまるで泳いでいるかのように掴み所がない宙をもがき泳ぎながら深くて暗い闇の奥に引き釣り込まれるかのように下に落ちて行った。
「はははっ!教科書や頭って勉強以外にも使い道があるのかっ!」




