♰♰♰ 悪魔が立ち去った後の理科室③ ♰♰♰
3人が立ち去った後で入れ替わるように神宮西が黒川の前にやって来た。
深刻そうな顔をした神宮西に黒川は眉をよせて神宮西が自分に何か用があるのか口に出すのを待っていたが、言葉よりも先にいきなり黒川の手首を握った。神宮西は黒川の手を観察するように見渡すと黒川のつま先から頭まで舐め回すように見てくるものだから黒川はなんだか落ち着かない気持ちになった。
「なんだよ!何がしたい?」
「あんた、そんなに血を流しているのに何もしなくて大丈夫?」
「ちぃ?血がいったいどこに流れている?」
「あんた気づいてなかったの!?ほら!自分の手を見てみなさいよ。」
自分のかーちゃんでもあるまいしなんで神宮西に怒られなきゃいけないのだと思いながら神宮西が今手に持っている自分の手を見ると黒川の手の甲にちょうど人差し指と中指の間に肉が見えるほどの大きな切れ目ができていた。そこから流れる血は腕をつたい肘の所まで血が流れていた。黒川は自分の手を見て吐き出しそうになった。
「おぇぇ!!なんだこれぇ!??俺はいつこんなグロい傷なんかを作った!???」
黒川が騒いだ為に傷口がさらに開いて出血が増えてしまった。
「あんた、痛みも感じなかったの?正真正銘の馬鹿ね。」
「それ所じゃなかっただろ!」
「で、お腹の方はどうなの?何度も蹴られたじゃない?」
黒川は神宮西が自分の事をけなしつつも心配してくれるのは有り難いと思う一方で女の子に気を使わせてしまうのは一応、男のとしては不甲斐なく感じた。どうせなら傷を戦闘による勲章として褒めてもらってくれた方が嬉しい。
「大丈夫!大丈夫!こんな事もあろうかと防護はちゃんとしてあるのさ!」
「どこを防護しているの?」
「ほら、ちゃんと見てくれ。」
神宮西の疑いをはらそうと黒川は制服のブレザーの上着をめくって見せた。
「こんな事もあろうかとお手製の防弾チョッキをしてあるのさっ!」
黒川はズボンの中に雑誌を何冊か挟んでそれを防弾チョッキの変わりにしていた。
「こいつのおかげで金山先生に腹を蹴られてもダメージが大きくならずに済んだ。」
「防弾チョッキって・・・ズボンにプレイボーイを挟んだだけの物が???」
・・・・しまった。教室で本山のかばんの中から借りた雑誌が女の子には見せられないプレイボーイだと言うことを黒川はすっかり忘れていた。黒川の顔は金山先生にバッドで殴られて出来た紫色のあざよりも真っ赤に染まった。神宮西がドン引きしているような目で黒川の事を見ていた。
これは男の本能であり仕方がないのだ。男の言い訳を許さない女が悪い。と開き直る男もいるが、かろうじて黒川には女性のせいにはしない程度の羞恥心はあった。黒川はすぐに制服のボダンを閉め治してズボンに挟まったプレイボーイを隠すとまるで部屋に隠したエロ本が母親に見つかった時のような言い訳をし始めた。
「こ、これは本山の物なんだっ!防弾チョッキ代わりになるような物を探していた時にたまたま本山のかばんの中からちょうどいい物を見つけただけでっ・・・・」
神宮西がいきなり黒川の擦り傷が出来ている頬を強くひっぱった。
「いっふぇっ!何する!ほっときゃ治るのだから頼むから俺を放っておいてくれ!」
「それはあの胡散臭い自称保険医のひとみ先生の口癖じゃないの!」
激痛を堪える黒川にさらに追い打ちをかけるように神宮西が黒川の頭を軽くはたいた。
「そのままにしちゃ良いワケないでしょ!」
「俺はケガ人なんだぞ!ほら、今ので余計、傷口が広がって血が出てきたじゃんか!」
たまたま黒川と神宮西の横を通り掛かって二人の会話が耳に入ったみきがまるで子供に教育する保育園の先生のような口ぶりで言った。
「あのね、よく言うでしょ馬鹿と機械は叩けば治るって。」
「もし俺がゾンビ化したら真っ先にお前を喰ってやるっ!」
神宮西がさらに黒川の頭をはたいた。
「子供のようにダダこねている場合じゃないでしょ。こんな荒れた世界じゃ雑菌が体に入ると後で厄介でしょ。治療しなきゃ。」
「けどさ、治療ってここは保健室じゃあるまいし、今からゾンビだらけの外に出て保健室に行くわけにもいかないし・・・・。」
神宮西は何かを探しているかのように理科室を見渡した。
「いいや、ここにある物でなんとか出来るかも。じゃあ、さっそく治療。治療。」
神宮西はなぜか少し浮かれたテンションで黒川の傷ついた手を強く握ると倉庫室の奥へと黒川を無理やり引っ張って行った。
「いったーー!!わかったから怪我人にはもっとやさしくして・・・・」
みきは倉庫室の奥へと消えて行った二人の間にある空気をなにやら勘付いた。
「おぇぇーなぁーにあれっ!!?吐きそう!気持ち悪いもの見せつけられちゃった!気分が悪くなってきたからカバンの中に残ってあるクリームパンでもたーべよ!」
みきは理科室の自分のカバンが置いてある出入り口から近い壁際の所へと戻るとカバンの中からクリームパンを取り出してそのままかぶっと口に含んだ。
理科室にいる生存者達は親や親戚に友人達、警察や消防署などあらゆる所へと電話をかけていたが何処へ電話してもまるで日本全国中が電話中となりなかなか繋がらずに苦戦していた。
丸之内は電波が悪くてスマホでプリンキュアちゃんが見られないのじゃないかと心配をしていた。だが、丸之内が手に持っているスマホに色鮮やかな茜色の光が差し込んできたその時、丸之内はひととき仮想の世界を忘れ窓際に視線を向けた。窓際にはすでに上社がいて背を向けて外の景色を見ている。
外はもうすっかり日が沈みかけようとしている。これから迎える夜はいつもの夜じゃなく子供の頃に畏怖に感じていた夜の時代へと戻るのだ。これから迎える暗闇に対して個々に不安を抱えていたが、沈みかける夕日は血塗られてしまった悲しみをすべてあざやかな茜色へと染めていった。窓の外に映る夕暮れ時の紅の空と夜の闇が交じり合って紫に染まった黄昏の空はとても美しかった。
理科室に集まった生き残った者たちは皆、悲しみも不安も忘れて窓の外へ顔をあげて見ていた。向かい側の校舎をうろつくゾンビ達は夕日の存在さえ気づかないままずっと下を向いて歩いている。
名城は机の上に座ったまま堀田からパクったタバコを吸ってはいるが、この美しい景色に目を逸らす事は出来ないようだ。
いつからだろうか?現実の忙しさに心を奪われ、いつの間にか目の前にある美しい光景を忘れていたのは。
ありのままの自然の美しさに感動し心にある恐怖も不安もすべて無にさせてくれる。大自然はひとときの心の曇りを追い払ってくる。それが自然の偉大さだ。




