♰♰♰ 選ばれしエリート ♰♰♰
冬は日が落ちるのが早い。昼間の明るさを打ち消すかのように暗闇が徐々に校内に侵略していった。池下恭一は壁越しに廊下を覗いた。バレンタインデーの騒々しさが信じられない程に廊下は不気味な静けさと凍っているような冷たい空気の沈黙に締められていた。池下恭一は運がいい事に今までゾンビに遭遇する確率が低くかった。遭遇したとしても単体だった為に全速力でゾンビを避けて走れば武器はなくても逃げ切れた。
残りわずかとなった夕日の明かりだけを頼りに壁越しに目を凝らして廊下を観察してみると不気味な静けさに身を潜めていたゾンビ達の姿が浮かび上がった。ゾンビは5匹いて廊下の床にしゃがみ込んで床に倒れている死体を食べつくしている。ゾンビ達がいる奥には恭一が取り戻そうとしている参考書が置いてある教室がある。だから恭一はどうしてもゾンビ達がいる道を行かなければならないのにゾンビ達は恭一の行く手を阻むかのように通り抜ける隙間がない。
どうしようと恭一が焦ったその時、ゾンビ達に無残に食べられていた死体がクラスメイトの男の子である事に気がついた。
「僕もああなるのか?何も偉業も残せずに?誰にも認められずに?一人で寂しくゾンビに食われていく・・・そんなの嫌だっ!僕はあんな風にはなりたくない!」
生まれた時から自分は特別なのだと過大評価し続け、自分以外の人間を見下してきた。だが、世の中には自分より勉強ができる人がいる事を知った。自分はエリートだと信じていた恭一は初めて自分が信じたい世界と本当の世界は違う事に焦りだした。
人生で挫折を初めて味わった時、挫折に立ち向かう道か、二度と挫折や恥をかくのを恐れて立ち向かうのを止めてしまう道があるが、恭一が選んだのは否定する道だった。恭一は格下の同級生達を選んで自分の実力を膨張して話したが、陰で笑われた。恭一は自分を馬鹿にしてきた連中を見下してやろうと県内の偏差値が高い高校よりも県外の東大や京大の合格率が高い高校ばかりを受験することを目標にし、失った権威を取り戻そうと夢見た。
なのに勉強しすぎたせいでセンター試験当日に高熱を出して倒れてしまった恭一は落ちこぼれ高校に来てしまった悔しさを噛み締めた。この汚名をはらすチャンスが東大へ入学する道だった。恭一は再び床に倒れてゾンビに食べられている同級生を見た。
「そうさ、あいつはろくに勉強も出来やしない落ちぶれだからゾンビに食べられた。けど、生まれた時から特別な僕がゾンビに食べられる筈なんてないっ!」
恭一の自信はどこからやって来るのかそれとも自分を馬鹿にしてきた同級生達に自身の事を膨張して来たからもう後戻りはできないのか恭一はゾンビがいる廊下に出ると廊下を駆け走った。
「僕は選ばれしエリートだぁああああ!!!!」
廊下にいる恭一の同級生を食べていたゾンビ達は立ち上がり恭一の同級生に対する肉への欲望を捨て新たに来た新鮮な肉に興味をいだいた。しかし、恭一にとってはそこがまさに狙い目だ。ゾンビがしゃがむのをやめて立ち上がり、こっちに目を向けている。
「よしっ!ゾンビ達を通り抜けるわずかな隙間が出来た!」
恭一はゾンビ達に近づくと同級生の死体の太ももの上に足を置いた。確かにゾンビ達が興味を失せた同級生の死体の上ならばゾンビはいなかった。
そしてもう骨とわずかな腸しか残っていない腹を踏み、唯一肉がまだ残っている首の上を足踏み場にした。その反動で同級生の死体の口から血が溢れ出た。そのまま逃げ切ろうとしたが一匹のゾンビが恭一の制服の袖を掴んだ。恭一は掴まれた片腕をもがいて振り払おうとしたが、恭一が一瞬にぶった隙に他のゾンビ達も恭一の制服の腕の裾を掴んだ。
「しまった!」
一匹ならまだ振り切れるかもしれないが5匹も掴まれると逃れられない。恭一がもがいている間にゾンビ達が恭一に向けて牙を向けてきた。
「ええいっ!やもえん、今は参考書の方が大事だ!」
恭一は開いている片手で制服のボダンを上から下へと次々と外していった。女子生徒ゾンビが首を伸ばし恭一の顔へと牙を向けてきたその時、恭一はまるでサナギから脱皮した蝶のごとくゾンビ達が掴んでいる制服のブレザーから体を前に抜け出し、ズボンとネクタイとワイシャツ姿だけとなった恭一は同級生の頭の上に足を踏みつけて教室へと走って行った。
ゾンビ達は恭一が脱ぎ捨てたブレザーを床に放り捨て餌の後を追っかけた。だが、恭一はすでに自分の教室へと駆け込んだ。運が良い事に教室の中にゾンビはいない。とはいえ安心出来ない。恭一は前の扉と後ろの扉の鍵を閉めた。これで安心した恭一は教室の中央にある自分の机に向かい机の引き出しの中から教科書やノートに参考書を取り出していった。
教室の中は夕暮れ時のまるでムンクの叫びの絵の血のような茜色の空の光が白い壁を血のような赤色に反射させて至る所に物影が出来た。時はしだいに暗闇の中で狩りをする住民達が活発的になる時間帯になりつつある。教室の半分がすでに影に侵されつつある。
恭一は一つだけ肝心な事を忘れていた。教室のドアは2つだけではなく前と後ろのその間にある廊下側に取り付けてある窓があるって事を。そして中央の窓がゆっくりと引いて行った。開いた隙間からは廊下からゾンビの顔が出て教室の中を見渡すと恭一を見つけた。そうとは知らずに恭一は机にしまってある教科書や参考書を取り出すのに夢中だった。




