♰♰♰ まったくの罪悪感ナシ ♰♰♰
皆はしばらく呼吸を平常通りへと整えている音だけが会話だった。やがてお互いに顔を見合わせお互いに様子を伺い始めると黒川は自分の意見が正しいのか誰かに同意をして欲しくなった。
「俺達・・・・助かったよな?」
つかの間くらいかつての平穏であった日常に戻ってもいいじゃないかと皆が許し初め、神宮西が黒川に軽く微笑んだ。
「そう、勝ったのは私達。」
ようやく緊張した糸がほぐれだした。気味が悪い程にお互いに笑顔を浮かべあった。神宮西が黒川に言った。
「さっきはゾンビにすごい体当たりを喰らしたじゃん。」
黒川はなんだか胸の奥が熱くなって小恥ずかしくなり、神宮西から目を逸らして照れているのを悟られないようした。
「あー・・・たまたままぐれの一発が起きただけだ。あんなのもう二度と出来やしねぇ。」
今の胸騒ぎをなんて言うのかこの時の黒川にはまだわかっていなかった。みきがドアに背を向けて皆に向けて言った。
「みきだけよ!最初から皆で協力しあえば助かると信じていたのは。」
「一番、何もしなかった君が一番、偉そうだな。」
上社が言うと皆がいっきに噴き出した。
「なによーもぅー!皆、忘れたの?どいつもこいつも恩知らずもいい所!みきの導きがなければビビッて何にも出来なかった弱虫共々のくせに。」
「どうして君は都合よく記憶を改竄できるのだね?宇宙人より君の頭の方が不思議だ。」
「上社に言われるなんてよっぽど君の方が宇宙人な証拠だよ。」
上社の隣にいる丸之内も視聴覚室にいた時の怯えっぷりが嘘のように消えて心から笑っていた。黒川はなんだか昔の丸之内に戻ったような気がした。
「今のはみきに対する褒め言葉として受け止めてあげるっ!」
「褒めてねーよ・・・」
黒川があきれながらも目は笑っていた。
「確かにあんたはひとつ貢献したわ。何もしない事で私達の邪魔をしないという素晴らしい貢献が。」
いつもはむっつりしている神宮西の口からみきをからかう言葉が出て来るとは思わなかった。除々に黒川達の日常生活が回復しつつある。大丈夫、昔に戻れる。皆に笑われたみきだけは笑えなかった。みきは頬を真っ赤な風船が破裂しそうな程に膨らませた。
「何で皆して笑っているの!?からかわれたみきは全然笑えないんだけどっ!」
みきがそう言った瞬間、みきの背後の扉についている長方形のガラスがいきなり激しい音を出して割れて割れたガラスの穴から視聴覚室にいるゾンビの無数の魔の手がみきの髪の毛を掴み、みきの頭を後ろへ引っ張った。
「あいたたたたたぁっっっっっっっ!!!!!!!!!!」
笑っていたのにまったく笑えない状態が起こってしまった。みきは背後から自分の髪をゾンビ達に引っ張られるがままに後ろに引き寄せられて扉に背中がくっついた。みきは顔を横に逸らし背後の様子を伺った。
割れたガラスの穴の奥からみきの髪の毛を引っ張っている猿の集団のような無数の化物達の姿がいっぱい見えた。しかも自分の首のわずか数センチ下には割れた長方形の窓ガラスの枠から尖ったガラスが突き出ている。これ以上、ゾンビ達に髪の毛を引っ張られては首がわずか数センチ下がるだけでみきの首にガラスの先が突き刺さり、みきの命は永久に絶たれてしまう。そんなのは嫌だ。
「きゃぁあああ!!!誰かとってぇええええ!!!!」
黒川達は慌ててみきを救いに行った。左側に黒川と上社が、右側に神宮西と丸之内がいっせいにみきの髪の毛を引っ張って扉の向こう側でみきの髪の毛を引っ張るゾンビの群れと綱引き大会が始まった。
「ちょっと!痛いっ!かわいい子にはもっとやさしくしてっ!今日の髪のセットにいったいどれくらい時間をかけていると思っているのっ!!!???」
みきはなぜかゾンビではなく味方である黒川達をひたすら手で叩きだした。
「おいっ!仲間を攻撃してどうする!?」
上社がみきの攻撃を受けながら言っだ。
「そんな事言ったってゾンビよりあんた達のほうがみきの髪の毛をひどく引っ張っているじゃない!」
黒川はみきの御託を嫌でも耳に聞かされていた時に自身の足元に何やら反射して光る物が目に入った。黒川は足元を見た。ガラスの破片だ。視聴覚室にいるゾンビ達がガラスを割った時に割れて出来た物だ。
黒川は床に散らばったガラスの中から一枚を手に取ると、みきの髪の毛を引っ張るゾンビの手にガラスの破片をぐさりと骨まで達する程に深く突き刺した。だが、相手はとっくに死人の身だ。まったく痛みを感じずにみきの髪の毛を手放す気なんてない。攻撃してもまったく効果がないゾンビに黒川は焦った。みきの首はもうあと一ミリでもずれれば下からギロチンの刑が待っている。
「ええい!まったく罪悪感ナシッ!やるきゃないっ!」
黒川はそう叫ぶとガラスの破片をゾンビの手ではなく、みきの髪の毛の方を切った。まるで脇毛を沿っているかのようにみきの髪の毛は部揃いに切れてゾンビが掴んでいるみきの髪の毛とみきの頭から生えている髪の毛は分離した。みきは晴れて自由の身になった途端、体のバランスが崩れて体が前に倒れた。ちょうどみきの前には丸之内がいたが、丸之内はみきの体を支えてあげる気はまったくなく、みきから体を避けた為にみきは顔を床に激しくぶつけてずっこけた。
「いっっっったぁーーー!!!」
誰も倒れたみきの事を気にかけなかった。扉の割れたガラスの穴の向こう側からゾンビ達がまだ無数の手を伸ばして廊下にいる餌に向けて「こっちへおいで」とまるで自分達が落ちてしまった地獄へと誘うかのように手招きをしている。
「ぎゃあああああああー!!髪の毛がぁーーー!!!!!」
みきは床に無残に散らばった黒川によって大量に切り取られた自分の髪の毛を見てまるで自分の身が切り取られたようにショックを受けて悲鳴をあげていた。
「どうしてくれるのっ!毎朝、いつも朝シャンして髪の毛のセットに30分以上も時間をかけているのにっ!!!!!」
生き延びたみき以外の者がみきに反論する気力もない程にもう疲れ果てていた。黒川はもう、先ほどみたいに逃げ延びた勝利を祝う気も持ってなかった。
「笑うのは理科室に行った後にしようぜ・・・。」
「まずは理科室に辿り着けたらの話しだけどね・・・・。」
神宮西が言うと皆はまだまだ道のりは長いと気を落とした。これはまだゾンビとの対決の第一ラウンドに過ぎない。




