♰♰♰ 届かなかったチョコ② ♰♰♰
岩塚由里がついにモンスターの正体を突き止めたが、ゾンビ映画を見ても肝心なゾンビの頭をぶち壊さない限りゾンビはゴキブリのように何度もこの世に彷徨い続ける事を知らなかった。さらにもうひとつ気にしなければいけないのは自分の背後だった。背後から何か気配を感じて岩塚由里はゆっくりと後ろを振り向くとそこには男子生徒に倒されたハズの日比野がいつの間にか自分の背後に周っていた。
「きゃああああああ!!!!よらないで!よらないで!」
反射的に持っていたカバンを日比野に殴りつけたが、日比野は少し体をよろめいただけだ。何も武器を持っていない時に岩塚由里が選択したのは日比野がよろめいているわずかな隙に素早く逃げ出す事だった。
「きゃあ!」
岩塚由里は無我夢中で走っているあまり新瑞橋の血溜まりに足を踏み入れてしまい足がすべって転んでしまった。その拍子に手に持っていたカバンを手離してしまった。腰を床にぶつけてしまった為、腰をさすりながら片腕を床について、早く起き上がろうとした。
しかし、後ろからいきなり両足が何者かに掴まれ、岩塚由里は床にうつ伏せに倒れた。倒れた拍子に顎を床に打ち付けた痛みが収まるのを待つ余裕もなく両足が後ろに引っ張られ、岩塚由里の体は後ろへと引きずられた。廊下の床には岩塚由里の引きずられた血の跡の道ができた。
岩塚由里はまだ動ける顔だけ後ろを振り向くと、ゾンビと化した日比野が自分の両足を掴んで後ろへと引っ張っていた。日比野の横にはゾンビと化した新瑞橋先生が岩塚由里を助けに来てくれた男子生徒の腸をむしゃむしゃと食べている。
「私もそのうち・・・いや!ああはなりたくないっ!」
岩塚由里はすぐに気持ちを切り替え体のあちこちの痛みを気にするのもやめて辺りを見渡した。すると自分を助けてくれた男子生徒が使っていたホウキが廊下に転がっていた。
日比野に引きずられている時にホウキが自分の横に来るとすぐさまホウキを手に取り、うつ伏せになっている上半身をくねらせて日比野の顔に向けてホウキの先で突いた。日比野は自分の顔にある目障りなホウキを追い払おうとして思わず岩塚由里の片足を掴んでいた片手を離してしまった。それが狙いだった。岩塚由里は自由となった片足で日比野の片足の足首に蹴りを入れた。蹴られた片足が後ろに逸れ、日比野はバランスを崩してもう片方の岩塚由里の足を掴んでいた手も思わず離してしまった。
岩塚由里は自由となった両足ですぐさま立ち上がるとその場から逃げ去った。今度は血の水たまりにも用心しながら走って廊下の突き当りの横にある角を曲がった。
ようやく魔の手から逃れられたと思った。だが岩塚由里はなぜか戻って来た。そして血溜まりの所まで来ると先程、血溜まりを滑って転んだ時に手放してしまった床に落ちていた自分のカバンの持ち手を握った。だがその時、もう一つの手も岩塚由里のカバンを掴んでいた。日比野が床で這いつくばりながらも岩塚由里を追いかけて来たのだ。お互いにカバンを掴む手を引っ張り合って、けして手放さなかった。
「悪いけど、このかばんの中身は絶対にあんたなんかにはあげない。でも、変わりにコイツならあげる!」
そう言うと岩塚由里は日比野のちょうど横にあった掃除道具入れを日比野にめがけて倒した。日比野の頭上にめがけてホウキやら雑巾やら掃除道具入れの中身が落ちていき、そして日比野は掃除道具入れの下敷きになってしまった。
岩塚由里は日比野の手から離れた自分のかばんを手に取ると今度こそここから離れようと廊下を走った。そして廊下の突き当りの隣の校舎へと向かう角を曲がると校舎と校舎の間をつなぐ渡り廊下の横にある階段を登ろうとしたのだが、階段の半分の所まで登った所で上の階段から4匹のゾンビらが階段を降りてきた。ゾンビは目の前の餌を見つけるとすぐさま岩塚由里を追いかけてきた。岩塚由里は慌てて階段を降りて次は渡り廊下へと渡ろうとしたのだが、そこにも騒動を聴きつけてやってきた一匹のゾンビがいた。
「んもぅ!なんでどこもゾンビだらけなの!!!」
階段も渡り廊下もダメで先程、ゾンビと化した日比野や新瑞橋先生がいた場所に戻るワケにもいかず、消去法で階段の横にある女子トイレに入った。入り口のドアを閉めようとドアを押した。だが、わずかな隙間からもゾンビの魔の手が飛び出てきた。
「きゃ!」
岩塚由里はドアを強く押したが、ゾンビの手は容易に引っ込めようとしてくれなかった。岩塚由里が悩んでいたら制服の胸ポケットから学校に持ってきた毛抜きが目に入り、制服の胸ポケットから毛抜を取り出すとゾンビの手に目がけて刺した。毛抜きがゾンビの手に深く突き刺さり、ゾンビがやっと扉から手を引くと岩塚由里は素早く扉を締め、トイレの鍵を締めた。
やっとほっと胸を撫で下ろす事ができる。ドアに背を持たれて安堵していたら突然、扉の向こう側からまるでドラムを叩いているように激しくドアを叩く音がした。岩塚由里は自分の心臓が叩かれたかのように驚いた。ゆっくりとドアから離れて後ろへと下がって行った。両手を組み、神に懇願した。
「どうか立ち去ってくれますよーに。どうか立ち去ってくれますよーに!!」
すると願いが届いたのか扉を叩く音が急にピタリと止んでゾンビが扉の前から立ち去っていく足音がした。岩塚由里は今日一日の疲れがいっきにどっと押し寄せて来て後ろの窓ガラスに倒れるように背を持たれるとようやく鳴りっぱなしの心臓の鼓動を落ち着かせて久しぶりに息を深く吸うことが出来た。息を吸うのがこんなにおいしく感じるのは初めてだ。そしてしばらくの間、忘れかけていた岩塚由里の美人とはいえなくても愛嬌のたっぷりある特別な笑みを顔に浮かべた。
「やった!私、頑張ったっ!」
その瞬間、背後から無数の手が外から窓ガラスを突き破り、岩塚由里の首や腕にしがみついた。ガラスの破片が岩塚由里の周りの宙を飛び散っていた。ガラスの破片は外の光に反射してキラキラと輝いてスローモーションのように落ちていき幻想的だった。
ゾンビ達がガラスを次々と突き破って行くと岩塚由里の首や腕や肩を噛んだ。岩塚由里の手がまるで操る糸が切れた操り人形のようにぶらりと下がると、腕にかけていたカバンもバサッと寂しく床に落ちて中身が床に散らばった。
岩塚由里のカバンの中からは『おバカちゃん達へ』と可愛い文字で書かれていたカードと複数の手作りチョコが出てきた。




