♰♰♰ チョコレートは血の味 ♰♰♰
池下が寝ている隣の窓際のベッドでヒトミ先生がいた時は寝ていたギャル男がヒトミ先生がいなくなったとたんに起きだして、ヒトミ先生がいないのをいい事に電話でお友達と大声でずっーとお喋りをしていた。目立ちたがり屋の連中はやたらと声がでかく、周囲に迷惑をかけている自覚がまったくない。しかも10分以上もずっと自分が惚れた彼女の話を一人でべらべらと喋っているだけだ。隣を遮断する物が薄い敷居のカーテン一枚しかない池下にとってはギャル男のうるさい声が勉強の妨げになっていた。
「静かにしてくれよっ!勉強に集中できないじゃないか!」
とうとう我慢できずに堪忍袋の緒が切れた池下はお隣のギャル男に苦情を言った。
「あっ、ゴメンゴメン!いやー隣で寝ている変な奴がオレに文句を言ってきてさーけど、気にしない気にしない~!隣の奴は勉強ばかりしすぎて頭がイカれてるからさー!でさーマジ惚れしている彼女の事がさ~」
池下がせっかく注意をしても頭がおかしい人扱いされてしまい、人に迷惑をかけている自覚も反省もしていない救いようがないギャル男はまた電話でお友達とお喋りをし始めた。駄目だコイツ、馬鹿は死ななきゃ治らないだろう。と、池下は隣にいるギャル男の声を静かにさせるのを早々とあきらめてなるべくギャル男の声が聞こえてこないように布団の中にもぐって参考書に目を通した。けど、池下が本当に目に通さなきゃいけないのはギャル男でもなく、参考書でもなく、もう一方の入り口側の隣のベッドで寝ている青白い顔をした生徒の方だった。
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保健室から追い出された純愛カップルの二人組は2人きりになる為に備品倉庫室に入っていた。彼女の矢田さんは一番奥にある壊れた机や椅子が詰まれた所でバランスが安定している机の上にかばんを置いて、かばんの中身をあさって化粧直しの為に必要な化粧品などを取り出していた。一方、彼氏の大曽根は入り口のドアに近い場所にある中に物がたくさん詰まったダンボール箱の上に座わっていた。大曽根は真っ青な顔で「あーあー」と不気味なうなり声を発しながら口にはヨダレをだらしがなく垂れっぱなしでゆらゆらと上半身を前後にゆらしている。
「私のあきらくんがこんなに苦しそうにしているのにも関わらず保健室から追い出そうとするなんて!」
矢田さんが大曽根に背を向けて夢中に喋っている間に大曽根が座っていたダンボール箱の上から立ち上がった。
「あーあ、せっかく今日はあきらくんと一緒にバレンタインデーを過ごす日だと決めていたのにあのビッチが真剣にあきらくんの病気を診ないせいで台無しだわ。よくもあれで保険医なんかになれたよねっ!」
矢田さんの背後で大曽根はのろのろとした歩調で彼女に近づいていたが彼女の矢田さんは一方的にベラベラと喋っていたので気が付かないでいた。
「ほんと、バレンタインデーはあきらくんと特別な日にしたかったのに!」
そう言って矢田さんが少しスネたように言うと後ろからいきなり大曽根が矢田さんに抱きついてきた。本当に特別な日になるまであと少しだ。
「ありがとう、私のことを励ましてくれているのよね!あきらくん、やさしい!」
矢田さんはいきなり背後から抱きつかれた事に驚いていたが、大曽根が落ち込んだ自分を励ます為にした事だと解釈した。だが、いつものやさしく抱きしめてくれるのとは違ってきつく感じるくらいに強く抱きしめられた。さらに大曽根の片方の手は普段はけして触れようとはしない矢田さんの太ももに触っていた。
「あきらくん。抱きしめてくれるのは嬉しいのだけど、ちょっとキツすぎるかな?」
矢田さんがそう言うと大曽根がいきなり矢田さんの白くて陶器のお人形のような首筋に唇を触れた。
「ちょ、ちょっとあきらくんっ!?いきなりすぎっ!」
と、言いつつも矢田さんは嬉しそうな顔をしていた。太ももから徐々に手を上にあげてくる大曽根の手を払いのけようと抵抗しているのだが、本気で抵抗しているとは思えない。首筋に触れた唇も這うように口づけをしていき、矢田さんのやわらかそうな頬に口づけをした。でも、目の前にいるあきらくんがいつもと違って強引なのが矢田さんはまるでまた恋に落ちたかのように興奮していた。心の中でどこかマンネリ化した恋に危険とスリルを求めていたのかもしれない。矢田さんは瞳を閉じて、自分の欲望に正直になった。ただ、愛する彼氏を欲望する世界への中へと・・・。あれよあれよという間にスピーカーからチャイム音が聞こえてきて校内アナウンスが流れてきた。
『キーンコーンカーンコーン・・・』
しかし、今の状態じゃ矢田さんは校内アナウンスを気にする所ではなかった。
「ありがとう・・・・・・・・・朝にもらったチョコの御礼がしたくてさ。」
「そんなのホワイトデーに返してもらえばいいのに。」
「来月まで待てない。」
大曽根は矢田さんの頬に唇をそっと触れた。上下の唇の間から白い獣のような歯が見えた。呼吸が獣のように荒くなった。大曽根の唇は死体のように冷たかった。いや、冷たいのは大曽根の唇ではなかった。矢田さんの首筋の方だ。まるで本物の死体のように冷たい。大曽根は不思議に思って横から彼女の顔を覗いた。
「か、かおり???????」
大曽根が彼女の顔を見た途端、自分の彼女がいつもと違う事に気がついた。皮膚が青白く腐った色をして瞳が白く、酷い死臭がする。目の前にいる彼女は自分がよく知っている彼女の姿ではない。あれはモンスターだ。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!」
気がつくのがあまりにも遅すぎた。気付いた時には大曽根はかつての彼女だったモノに襲われ、先程のキスのお返しにと自分の首筋を強く噛まれていた。彼女のキスは自分よりも遥かに情熱的だった。熱すぎて火傷しそうになる程に。耳元で自身の肉が捕食されている生々しい音が聞こえてくる。首筋からドロドロに溶けたチョコレートのような生暖かいものが流れ大曽根はまるで人形のようにぐにゃりと床の上に倒れた。
『キーンコーンカーンコーン・・・』
一日の授業が終わったチャイムが鳴った。それはまるであの世から地獄へと招待するアナウンスのようだ。
長かった一日の授業が終わるとヒトミ先生が会議へ行って保険医がいなくなった保健室ではまだ熱がある池下恭一が相変わらず参考書とにらめっこを続けていた。
「・・・・・ブツブツ、いい国作ろう鎌倉・・・・・・・」
「でさー!やべーよ、オレ、ちょっ~マジっ!今度の彼女こそマジ惚れしているわ!」




