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♰♰♰ バレンタインデーの負け組 ♰♰♰


丸之内と別れた後で黒川は導かれるようにふらふらとした足取りで学校の屋上まで来ると屋上のフェンスまで近寄った。


「良い天気だあ・・・雲ひとつ見当たらないやー。屋上に吹いている涼やかな風と小鳥さんのさえずりが今の俺にはとても心地が良いなぁー。あっ!あの、空を飛んでいる小鳥さん達が鳴いて俺の事を呼んでいる!いいなぁー俺もあの小鳥さんのように大空を自由に飛んでみたいなぁ~。できるさー、今の俺なら空も自由に飛べる!よしっ!いっちょ俺も空を飛んでみるかっ!アイキャンフラァ~~~イ!!!!!」


フェンスに手と足をかけたまではいいがフェンスの上にまたがった瞬間、地上の真下に設置してある二宮金次郎の銅像を見て現実に引き戻され慌ててフェンスから降りた。


「ひぃぃーー!あぶねぇ!あぶねぇえええっっっ!!危うく俺は死ぬ所だった!」


わずかな時の出来事ではあったが心臓の鼓動が高く鳴り響いた。


「余程、今日色々あった事が答えているな・・・。それも朝からバレンタインデーなのに女の子からチョコを貰えないわ、居残り授業をするハメになるわ、親友を助けに行って殴られ、蹴られ、現金は取られるわ、親友は自分よりもプリンキュアのフィギュアの方が大事だし。今日一日でこれだけ不幸な出来事が起きたんだ。これ以上の不幸は起きないよな・・・・」


黒川は額をフェンスに押しつけて意識が暗闇へと急降下していった。真下の方から男女のカップルがキャキャキャうふふとした楽しそうな甘いささやき声が聴こえてきた。黒川はフェンスに何度も頭をぶつけながら怒りを発散させた。


「クソッ!なぁーにがバレンタインデーだ!滅んじまえ!カップルも!俺より幸せそうな奴らも、コウちゃんも!全部、ぜぇぇぇんぶ滅んじまえっ!」


下にいたカップルが上の方で何やら変な罵声をあげている黒川に気付き、気持ち悪がられてその場から離れて行った。黒川はフェンスに頭をもたれて呟いた。


「ああ・・・この世界に俺にチョコを渡してくれるような女の子はいないのかなぁ・・・・」

「黒川。」

「は、はいっ!?」


まさか自分一人しかいないと思っていた所でいきなり自分の名前を呼ばれるとは思っていなかった黒川は驚いて後ろを振り向いた。そこにバレンタインデーの日に久しぶりに学校に登校しに来た神宮西明美がいた。ヤバイ、誰もいないだろうから安心して言った先ほどのひとり言を神宮西にすべて聴かれたかも?と黒川は急に自分が恥ずかしくなってきた。黒川はあわてて弁明の言葉を言った。


「やぁっ!神宮西!さっきの言葉は何でもない単なる芝居のセレフの練習さ!チョコを貰えなくって絶望した男の芝居さっ!だからさっきの言葉は全部忘れてくれっ!」


必死に弁明した後で黒川と神宮西の間に一瞬だけ大きな風が吹いた。風は神宮西の長くて綺麗な髪をなびかせていたが、神宮西の潤った瞳はまっすぐに黒川だけを見つめていた。妙に胸が高まる一瞬がとても長く感じた。けど、どうして神宮西が屋上なんかに来ているのだろう?なんで俺の名前を呼んだ?疑問に思っていたら神宮西が今朝の瑞穂さんみたいに後ろに手を組んでいるのが目に映った。その時の俺は瑞穂さんが俺に渡すはずのチョコを背中に隠しているのだと勘違いしていたのだよな。結局、瑞穂さんは高畑にチョコを渡して欲しかっただけだったけど。そういえば瑞穂さんが話す話題はいつも高畑の事ばかりだったな。今思えば瑞穂さんは俺が高畑と仲が良いから俺に近づいてきたのだろーな。とさらに気落ちしていると神宮西の背中からチョコの箱が少しはみ出しているのが目に入った。そうか。神宮西にもチョコを渡す相手がいるのだな。だからバレンタインデーの日に珍しく学校に登校して来た。屋上に来たのもきっとこれからチョコを渡す相手を屋上に呼んでいるからだ。そして、神宮西の好きな相手にチョコを渡す為に屋上にいるこの俺がお邪魔虫だと言いたいのだろう。


「わかった。どいてやるよ。バレンタインデーのお邪魔虫は大人しく家に引きこもっているべきだった・・・」

「えっ?何の事?」


黒川は屋上から去ろうとしてフェンスを掴む手を離したその時。


「ぐはっ!」


足のバランスを崩して神宮西の方に倒れそうになった。神宮西も黒川を避けようと慌てて体を後ずさりした。黒川はなんとか倒れないように足を踏ん張らせたけど、突然の事に驚いた神宮西は思わず手に持っていたチョコを地面に落としてしまった。そしてその地面に落ちたチョコが今どうなったかと言うと



・・・・黒川の片足の下にあった。



「ご、ごめんっ!」


神宮西が持っていたチョコの箱は二度と修復できない程にぺっしゃんこに潰れていた。黒川はチョコを踏んでいる片足を引っ込めて、その場にしゃがみこんで崩れた神宮西のチョコを拾いあげようとした。


「さわらないでっ!」


神宮西に怒鳴られて睨まれた黒川はチョコに触れようとしたのを止めた。神宮西はぐちゃぐちゃになったチョコの箱を手に取ると黒川の顔を見ずに早足で屋上から去ってしまった。


「また一つ、俺はバレンタインデーに罪を犯してしまった・・・・。」


めったに学校に来ない神宮西がチョコを渡すために今日は学校に登校しに来たのだ。なのに俺は神宮西が好きな相手に渡すはずだったチョコを壊してしまった。そりゃあ、神宮西は怒るよな。後で神宮西に謝って置くか・・・


「こんなんじゃ今年だけじゃなく、一生、自分のカーチャンしかチョコを貰えないだろうなぁ~トホホ・・・。」


黒川にとって今日は最悪のバレンタインデーだった。だが、今年の最悪のバレンタインデーになるのは『チョコを貰えなかった側』ではなく、『チョコを受け取った側』だった。






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