♰♰♰ トレイの中のプリンキュア ♰♰♰
金山先生が見た光景はズボンを脱がされてケツにスッポンを張り付かされたままうつ伏せに倒れている丸之内と顔に殴られた痕がついて腰を抜かしている黒川に手に黒川の財布とその財布から抜き取った札束を持った堀田や複数の男子生徒がいた。これは誰が見てもカツアゲをされている光景にしか見えなかった。
黒川は勇気を出して堀田に立ち向かったまではいいが、あの後でいつものお約束と言ってもいい程ひどい返り討ちにあっていつも通りに殴られ、蹴られ、しまいにはズボンのポケットにしまってあった財布を堀田に奪われてしまった。突如、現れた金山先生の登場に堀田達の状況がまずくなったが、黒川達にとっては朗報だ。堀田はいきなり黒川の隣に来てしゃがみこむと黒川の肩を軽く叩いた。
「先生~僕たちはただ仲良くじゃれあって遊んでいるだけですよぉ~これはレスニングの一部ですよ!レスニング!」
堀田は先生に言い訳を言うのを慣れた様子で金山先生に白い歯を見せ、猫なで声と優等生スマイルで嘘をついたが金山先生の背後に隠れているザコ二等兵にはしっかりと睨みつけていた。
「ふーん、ケツにスッポンを張り付かせるのはレスニングの種目なのか?」
「これはレスニングの新技です!オリンピック選手もよく使っています!」
「そんな見え透いた嘘が教師に通用するものか!堀田もこれまでだな!ざまぁみろ!」
黒川は予期せぬ救世主の登場によって自分達は救われると思った。だが、金山先生から予想もしない言葉が返ってきた。
「じゃ、オリンピック選手を目指してがんばれよ。」
「ええっ!?」
思いがけない展開に黒川の口から声が漏れた。
「はーい!僕たちがんばりまーす!」
堀田が黒川の腕を取って黒川の腕を旗のように左右に揺らした。金山先生は背を向けてトイレから出て行こうとした。黒川には何が何だかわからずにただ頭の中が混乱していた。
「ま、待ってください!先生!コウちゃんはケツにすっぽんをつけられているし、俺はこの通り財布を堀田に奪われている!これのいったいどこがレスニングに見えるのですかっ!?どうみてもカツアゲじゃないですか!!」
黒川がトイレから出て行こうとした金山先生をなんとか引きとめようとして叫んだ。金山先生は舌打ちをしながら黒川の方を振り向くと面倒くさそうな顔をしていた。その顔を見た黒川は金山先生はこの状況を飲み込めていないのではなく、面倒くさい事に巻き込まれたくないだけなのだと気が付いた。
「その程度は先生が若い頃はじゃれあいの内に入るじゃないのか?いやぁ、お前達は仲良しこよしで先生はうらやましいな~」
金山先生は口癖のように「最近の若い者は~」と若者批判をするが、状況が変わった途端に急に若者を褒めだした。黒川の横にいる堀田は営業スマイルを保ちながらも笑い声を外に漏れそうなのを堪えるのに必死な様子だった。
「じゃあほら!見て下さいよ!僕のお腹に出来たこの痣を!」
そう言って黒川は上着をめくり上げて自分の腹部に出来た堀田につけられた痛々しい痣を金山先生に見せつけた。だが、目の前にいる教師は面倒臭そうにまた舌打ちをした。
「レスニングをしているとそれくらいの痣はできるだろ!先生も昔はその程度のケガをよくしていたが一度も先生に相談しに来なかったぞっ!黒川は根性が足らん!これだから、最近の若い子は~」
不道徳的な行為をしている堀田達を責めずに被害者側の黒川を根性論でなぜか説教された。そして、金山先生は何事も見なかった事にしてその場から早く立ち去りたいかのように去って行った。金山先生が出て行った後でトイレの入り口のドアがしまった瞬間、黒川の希望も閉ざされた。堀田やザコ二等兵達は堪えきれずに笑い出した。黒川の隣にいたザコ二等兵の一人が黒川の頭を激しくなでながら言った。
「ハハハッ!ニュースで散々取り上げられたのに知らねーのかよ。金山先生は前の学校で起きたイジメが原因で自殺した生徒をいじめられたと知っておきながらずっと放置していたのがバレたからうちの学校に飛ばされたのだぞ!」
「そんな問題を起こした先生がどうしてまた担任なんてやっていられる?」
「うちの学校は安ければ教師免許を持ってなさそうなヒトミ先生でさえ雇うしナッ!」
先程、トイレの外でヒトミ先生似のAVを見ていたザコ二等兵の一人が言った。私立高校は生徒を売る商売屋だ。生徒は学校の商品であり、先生達の儲けだから仕方がない。大学に商品を売る為に評判と見た目を重視し被害者の事よりも事件をもみ消す事の方を選ぶ。黒川は大人や教師や警察や親がすべて正しいという神話をまだ信じている子供だったが、その神話も今日で崩れ落ちた。堀田は優等生モードの引きつった笑顔を緩めると呆然とする黒川に対して黒川から奪った財布で黒川の頭を何度もペチペチと叩きながら言った。
「いやぁ~同情するよ、黒川。腐ったりんごの方程式って知っているか?」
「りんごじゃなくてみかん。」
そばにいたザコ二等兵がすかさず訂正した。
「俺がりんごと言ったらりんごなんだ!腐ったりんごが一つでも箱にあると回りも腐らせてしまうから腐ったりんごを捨てなきゃいけないのだけど、その腐ったりんごが大人側にあると不公平だよな。腐ったりんごを子供達は大人から抜き取る事ができない。」
腐った人達がいると回りを次々に腐らせる。それはまるでゾンビが増えていくように。
「黒川、お前は確かにヒーローだったぜ。俺らにとってはな!」
堀田はそう言うと黒川の財布からお札を抜き取って胸ポケットにしまった。
「俺らにくれたこの寄付金のおかげで今日の帰りにマックによれるぜ。これにはもう用がないからゴミ箱へ捨てるぞ。俺は環境問題の事をつねに考えているからな。」
堀田は黒川の財布を投げ飛ばしてゴミ箱に入れた。黒川は何も言わずにただ呆然と見る事でしかできなかった。黒川はもう何もかもやる気が起きなかった。
「おっと!」
先程、廊下でAVを見ていたザコ二等兵はAVを見ていたスマホを手元から床に落としてしまった。ザコ二等兵がスマホを取ろうと腰を後ろに曲げたその時、ザコ二等兵のお尻はよりによって名城が入っているトイレの個室の扉に当ってしまった。
♰♰♰
外からいきなりドスンッ!と大きな音がして扉に片足を乗せていた名城はただでさえ生まれつき不機嫌な顔がさらに不機嫌な顔になった。名城は口にタバコを加えて扉の向こう側を睨みつけながら耳に付けたイヤホンを取りはずした。
♰♰♰
「同情するぜ。先生には見て見ぬフリをするわ、お前は友人を助けに来たのはいいけど肝心なお友達はいつもお前がやられているのを助けに来ないのな。お前ら本当に友達なの?」
虚しいが堀田の言う通りだった。自分の事を助けに来てくれた友人がこうしていつもやられている間にも丸之内はいつも自分の殻の中に隠れて閉じ籠もってばかりだ。
「それにしても、はははっ!酷ぇ顔!」
酷い顔になったのは誰のせいだ。
「かわいそうだからその酷い顔を綺麗に吸い取ってあげようか。」
そう言うと堀田は先程、黒川が武器として利用するつもりだったスッポンを手に取った。
「や、やめてくれぇー!それだけはっ!!!」
「はははっ!そんなに大歓迎してくれているのか!」
「歓迎してないだろっ!」
「じゃあ、お前の友人に助けを求めてみろよ。」
「助けてくれ!コウちゃんっ!!!」
「今助けるぞーープリンキュアちゃあああああん!!!!!!」
・・・・あぁ、やっぱりそうなのか。丸之内は黒川ではなく便器の中で沈んでいるプリンキュアちゃんを救う為になんと素手を便器の中に突っ込んだのだ。黒川の中で十数年も築いた物が一瞬で音を立てて壊れた。丸之内はいじめられるようになると、辛い思いをしてまで立ち向かう事より諦めて現実逃避をするようになった。思春期を迎えると丸之内は自分が住む世界と皆の住む世界の違いに戸惑い、変わりゆく同級生と友達を拒絶しだし、自分だけの完璧な防波堤がある夢の城の中へと閉じ篭るようになった。
だが、壁を高くするあまりについに味方の兵士にさえも見えなくなってしまった。堀田が高く振り上げたスッポンは黒川の顔面を目がけて降り注ごうとしていた。黒川は目の前で自分の身に降りかかる最悪な事態に目をつぶって受け入れるしかなかった。
「げふっ!!」
いったい何が置きたのか?黒川には状況が理解できなかった。自分の顔にトイレのスッポンが降り注いだと思っていたのだが、突如、激しく扉を蹴るような音がして堀田と黒川がいる横から扉が飛び出して来ると、堀田は飛び出してきた扉と顔がぶつかってすっぽんを手放し床に尻もちをついた。黒川は間一髪で最悪な事態を免れた。そして、いきなり開いたトイレの中から人が出てきた。ザコ二等兵が指を震えさせながらさした。
「名城っ!」
トイレの中から不機嫌顔の名城和也が出てきた。堀田は金山先生が来た時よりも全身を緊張させて尻もちをついたまま黒川から奪ったお札を名城にチラチラとちらつかせた。
「よ、よぅ~名城。黒川からブツを奪ったけど、お、お前にも半分ワケてやろうか?」
名城は何も言わずに口に加えていたタバコをまるでツバを吐きかけるようにぽいっと堀田の胸のあたりに捨てた。堀田はあわててタバコを灰ごと追い払っている間に名城は堀田の手から黒川のお金を半分ではなく全て奪いとった。
「え?全部持っていくの??」
堀田は黒川の前での強気な態度が名城の前ではよそよそしかった。
「お前らいつまで俺のオアシスに居座る気だ?」
名城は眉をよせて怒っているように見える顔がさらに険しくなった。ザコ二等兵が堀田の耳元で小声で言った。
「ヤバイぜ。名城の機嫌が悪い。」
堀田が小声で「ああ。」と言ってあわてて立ち上がると名城に向かって言った。
「はははっ!そのお金は全部名城に挙げた事にしといてやるよ!け。けして奪われたのじゃないからなっ!」
堀田は捨てセリフを吐き、堀田達は逃げ去るようにトイレから立ち去って行った。この場に取り残されたのは名城と黒川と丸之内の3人だけとなった。黒川は自分を助けてくれた名城に対して心から感謝したい気持ちでいっぱいだった。黒川は名城が自分の金を返してくれるのだろうと手を伸ばした。
「ありがとう。俺の金を返してくれて・・・名城とは今まで同じクラスになった事も直接話した事もなかったし、名城の悪い評判を事実だという確信を得た事がないのに俺は今まで噂話に惑わされてきた。けど、名城の事を知った今まではそんな他人が流した噂話には惑わされない。目の前にいる名城は本当はいじめられている人間を助けてくれて、しかも堀田に取られたお札も取り返してくれた良い奴だと俺は名城の事を信じるよっ!」
すると名城は険しい表情のまま黒川のお札を全部、自分の胸ポケットにしまってオアシスのトイレの中へと閉じこもって扉を強くしめた。
「・・・・・・・・・。」
「リョ、亮ちゃん。俺達もう終わっちゃったのかな・・・・?」
「・・・ばか野郎。まだ始まっちゃいねぇよ。」
何もかも失った後にはキッズ・リターンのセリフのやりとりをするのに限った。
「亮ちゃん。このキッズ・リターンのやりとりも今日で何度目だろ?」
「いったい何時になったら俺らは始まるのだろうな。」
黒川はごみ箱に入っている堀田に捨てられた自分の財布を拾ってホコリを払った。その様子を見た丸之内もトイレの中に入ってしまったプリンキュアちゃんの事を思い出した。
「あぁ~~!そうだ!ぼ、ぼくのプリンキュアちゃんを洗ってあげないと!」
丸之内は慌ただしく洗面所へと向かうとプリンキュアちゃんを洗い流してあげていた。黒川はその光景を見ていると便所に手を突っ込もうとしてまでプリンキュアのフィギュアを救おうとした友人がなんだか哀れに見えてきた。
「大丈夫だったかい?マイスィートハニー」
丸之内は甘え声でプリンキュアちゃんに呟いた。丸之内と10年以上も付き合いがある黒川でさえもゾッとする光景だった。
「堀田達がコウちゃんを殴りたくなる気持ちが少しわかったような気がする・・・。」
「あれれ?ハンカチがない?」
丸之内はプリンキュアちゃんを綺麗に洗ったのはいいが水を拭き取るハンカチがなくて困っているようだ。
「亮ちゃん。何か拭き取るものない?」
「ハンカチは持っているけど便所に突っ込まれた物に俺のハンカチを貸したくない。あっ、そうだ!そういえばちょうどいい物があった!」
すると、先ほど上社から貰った『悪霊退散』の札を思い出して、それをポケットから取り出して丸之内に渡した。
「はい、これで拭き取りなよ。」
「ありがとう。」
「この御札、一応役にはたったな。後で上社に感謝しておこう。」
丸之内は『悪霊退散』の御札でプリンキュアちゃんについた水を綺麗に拭きとった。
「コウちゃんは現実の女性の事を化粧をしているというだけでビッチ!って呼ぶけど、そのフィギュアだってどうなんだ?財布から金を出させるビッチじゃないか?5万円もオタクをぼったくりで釣らせるそのビッチと金を出さなくても傷だらけになって助けに来てやった友人とどっちの方が大事だ?そりゃあ、5万もするのなら俺も友達の事よりも便所の水の中に素手を突っ込むかもしれないけど・・・」
「プリンキュアはビッチじゃない!天使なんだ!」
「あっそうかよ!コウちゃんは幼馴染の親友が蹴られて殴られていても助けにこなかったクセに金を巻き上げるビッチには便器に手を突っ込んでまでも助けるんだなっ!そんな奴だとは知らなかったよ!もう俺は二度とコウちゃんを助けに来てやらないからな!」
黒川は丸之内に怒りをぶちまけるとトイレから出て行った。
「ま、待ってよ~!亮ちゃん!どこに行くの~!」
「恩知らずの友人がいない所!」
黒川は振り返る事もなくトイレから出て行った。そして一刻も早く恩知らずがいる場所から離れたくって早足で廊下を歩くと教室に戻らずに手洗い場に止まり鏡で自分の顔を覗いてみた。堀田達に顔を殴られた痛みのせいなのか、バレンタインデーなのにチョコをひとつも貰えなかったせいなのか、それとも親友がもう親友と呼べなくなった悲しみのせいなのか、今日は散々な目に合ったせいで顔が苦痛で歪んでいた。
「ひでぇ顔・・・・・・・」
蛇口をひねり、勢い良く飛び出してきた水で堀田に言われた自分の醜い顔を何度も何度も顔に水をかけて洗った。いじめられている丸之内を助けに行き、お決まりのように堀田達に返り討ちにあうたびに思う『どうして世の中ってザコ野郎が痛い目に合わずに一度も人を殴った事がない清い人が(正確には殴ろうとした事は何度もあるのだが相手の拳の方が早くて殴れなかった。)いつも痛い目に合う?助けに来た友人がやられているのを見て見ぬフリをする元親友と堀田達がコウちゃんをいじめているのに通り過ぎて行った人々と金山先生のような人もいる。
幼い頃から信じてきたアニメや映画で教えられた常識が引っくり返される。
悪は栄え、正義はどうなったかと言うと、ちょうど今、ここにいる正義側の人間は手洗い場の鏡の前で殴られて惨めになった自分の醜い顔に話しかけている。
「なんて、マヌケな面をしているんだ。」
コウちゃんや見て見ぬフリをする連中達は正しい。この世界は正義側になった奴はいつも損をするように出来ている。冷え切った水道水が傷口に入り、傷口をさらにえぐるよにズキズキとしみてくる。でも今日受けた苦しみを紛らわしてくれるのならどんな痛みだってよかった。黒川はまた何度も何度も水で顔を洗っていた。
ゾンビ映画の大半がある日突然、世界中がゾンビだらけに変わってしまった所から始まる。不思議な事にゾンビが増えてしまった原因は何なのか説明されていない。わかっているのはゾンビが増えた後の世界は法が無意味になり、秩序が崩壊して人類が長年築きあげた文明が砂の城のように突然の大波に押し寄せられると一瞬で消え去ってしまう。この学校のいたる所にある壁にはヒビが入っているが、誰も費用を払いたいくないから修復せずに放置されたままだ。積み木の家のようにもろいこの世界は糸も簡単に崩れやすいのに誰も修復に力を貸したくない。ゾンビのせいで世界が崩壊したのではなく、元々この世界は壊れていたのだ。ゾンビがゾンビを増やすのではなく、人がゾンビを増やすのだ。俺達は今、積み木で出来た学校にいる。




