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♰♰♰ 男子トイレの男の事情 ♰♰♰

 黒川はトイレに行ったきり戻ってこない親友の丸之内幸太の事が心配になって丸之内の様子を見に教室から外へ出て廊下の突き当りの場所にある男子トイレへと向かっていた。しかし、昼休みの時間は本来ならば退屈な授業から開放されて溜まっていた若いエネルギーを一気に解き放つ時間のはずなのに今日はやたらと具合が悪そうな人が目立つ。


まるで学校中が野戦病院にでも変わったかのように負傷した兵士のような具合が悪そうな人達がちらほらいた。純愛カップルの大曽根も今朝に見た時は健康そうだったのに今は具合が悪そうにして彼女の矢田さんに付き添われて廊下を歩いている。足取りがふらふらと千鳥足の奴やボケ~とただの壁のシミを見つめ続けている変な奴がいる。バレンタインデーの朝の活気が嘘のように今は顔色が悪い人があちこちにいた。


唯一、例外なのは中村みきだけだ。朝から相変わらず元気に学校中のイケメン男子にチョコを配り続けている。(ちなみに黒川は今日は4度も中村みきと遭遇したが、黒川は一度も声をかけられる事がなかった。)


今は肌寒い時期だし、一日に一人や二人は体調が悪くなる生徒が出てくるのは当然じゃないか。だが、今日はざっと30人以上は学校で体調が悪そうな人を見かけている。これはちょっと多すぎやしないか?


もしかして集団食中毒事件!?

うちの高校がマッドサイエンティストによる科学実験のモルモットにされた?

もしくはテロリストが学校の生徒全員が使う水に毒物を入れて汚染させたとか?


いや、いや、いや。願望による映画のような妄想はこの変にしておこう。人に話したら上社のような痛い宇宙人だと思われる。こうして黒川はいつものくだらない妄想をしながらとうとう男子トイレの入り口までたどり着いた。黒川がトイレの入口のドアノブに手を触れようとした途端だった。


「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!」


黒川の体がびくっ!と動いた。トイレの中から悲鳴と何か物が叩かれているような鈍い音がした。嫌な予感がして中に入るのを止めてしまった。トイレの中でいったい何が起きている!?ただでさえ今日は体調が悪い人や行方不明者は多いし、俺はチョコを貰えないし、いつもの日常とはだいぶ違っているというのに!


黒川は注意深くトイレのドアの前で耳を傾けていつもの願望による妄想がいつもの妄想だけで終わる事を願った。だが、トイレの中から聴こえてきたのは複数の男による笑い声だった。ああ、よかった。モンスターやゾンビが登場するとかじゃなくて・・・って安心している場合じゃない!その声の中に黒川が一番、親しい人の声も含まれていた。嫌な予感がしてトイレの入り口のドアを少しだけ開けさせて隙間から恐る恐る中を覗いてみた。すると、わずかな隙間から顔は見えないが複数人の男子生徒が一人の男子生徒を蹴っている光景が見えた。


「おい、こらデブ!ブヒブヒ鳴いてみろ!」


何か物が叩かれているような音がしたけど叩かれているのは物ではない。いや、叩かれているのではなく蹴られている。血の通った人間が同じ血の通った人間を蹴っているのだ。


「こんな事ならゾンビが出て来てくれた方がまだありがたい。」


トイレで蹴られている人物がもしかして黒川が先ほどから探していた人じゃない事を願って扉をさらに開けて中を覗いてみた。


「ははは!さすがデブの腹は弾力性があるっ!」


そう言った男子生徒がもう一発、肉の塊に蹴りを入れた。


「ひぃいいいいいいいいいい!!!!!!」


ああ・・・まぎれもなく今、腹を蹴られて悲鳴をあげている声の主は黒川が探していた親友のコウちゃんだ。そしてコウちゃんを蹴っているいじめっ子グループの中で黒川がもっとも嫌いな奴である堀田がいた。オタクで体が弱いくせに生意気な態度だけは強く、運動神経0のコウちゃんは昔からよくいじめっ子のターゲットにされていた。高校に入ってからは堀田を中心とするいじめっ子グループのターゲットにされてそれはもう酷い有様だった。殴るわ蹴られるわ現金を奪われるわだけではなく、堀田達にズボンを奪われて女子トイレの中にズボンを投げ捨てられたコウちゃんは下半身がパンツ一丁だけのまま女子トイレに入って、トイレの中にいた女の子達に変態だのチカンだの豚だの罵声を浴びせられて泣きながら自分のズボンを取りにいった事もあった。


黒川はもちろんいつもいじめられている親友を見て見ぬフリなんてしなかった!勇敢にも黒川は親友を守る為にいつもいじめっ子グループに立ち向かって行ったのだ!ただ、黒川はとても弱かった。


「や、やめてよぉ~」

「『やめてよぉ~』だって!」

「はははは!」


こいつら許せん。やめてくれと懇願しているのに相手の声をマネてからかうとは!よし!ここはやっぱこの俺が親友のピンチを助けに行かなければ!


「いやああああああああああああああ!!!!!!!!!」


・・・・って思うけど、やっぱ殴られたら痛いよなぁ。蹴られるのは嫌だなぁ。どうせ助けに行ってもいつも通りボコボコに返り討ちにされるのがオチじゃないか。もう少しで卒業だから堀田達とはもう二度と会わなくてすむ。いつも助けに行ってあげているのだから一度くらい『何も見なかった』と、見過ごしたってコウちゃんは許してくれるよな。


「それだけはやめてよぉおおおおお!頼みますから!何でもしますから!べ、便器だけは簡便してくだしゃあいぃいいいいいい!!!!!!!!!!」


今、なんて言った?『便器』って言ってなかった????


「便器だけはあああああああ!!!!!!!!!!」


いや、何も見なかったとウソをついて見過ごすなんて俺にはできやしない!


黒川は思いを巡らせていた。


・・・・落ち着け、落ち着くんだ俺。深呼吸をしろ深呼吸・・・・フゥー・・・相手は所詮、弱い者を集団でいじめて自分達は強いのだと勘違いしいているような野郎ばかり。そうだ!そう言えば堀田はいつも誰かをいじめる時に使っているバッドを今日は持ってきていないじゃないか!相手は凶器を持っていないのだぞ!よし、俺でもいける!いけるぞぉおおおおっ!俺一人だけでも親友を救える!地球を救える!宇宙を救える!だから逃げちゃ駄目だ!逃げちゃ駄目だ!逃げちゃ駄目だ!逃げちゃ駄目だ!


「弱い者いじめはやめろぉおおおおおお!!!!」


突然、いきよいよく外から飛び出して来た黒川に堀田やその仲間のザコ二等兵達は困惑していた。いいぞ俺。相手はび、び、びびってる!一番奥にあるトイレの個室のドアからは丸之内らしきお尻が出ているのが見えた。


「きょ、今日こそはこ、この俺がお前達の悪行を止めさせてみせるっ!」


正義の味方が登場したのに堀田はのん気な事に口に加えているタバコを床に落として足でタバコを踏みつけて黒川に言った。


「まーた、お前はこりずに殴られに来たのか、お前、ひょっとしてマゾなのか?」


周辺にいる堀田の手下のザコ二等兵共がいっきに笑いだした。


「マゾじゃない!お、俺は・・・戦士だッ!」


ふふふ、そうやってのん気にしていられるのも今のうちさ、今日の俺はいつもの俺とはひと味違う!と黒川は根拠の無い謎の自信で満ち溢れていた。


「だ、大丈夫かい?コウちゃん!」


奥にあるトイレの個室の中から弱々しい声が聴こえて来た。


「大丈夫じゃな~~~い!!!!!!」

「間に合わなかったかっ!」


黒川は丸之内を救いに行くのを躊躇してしまったせいで最悪な事態が起こってしまった事を後悔した。だが、その後悔を怒りへと変えるのだ。今なら取り戻せる!と自分自身に言い聞かせて黒川は悪に立ち向かう事にした。


「大丈夫だ!コウちゃん!俺がコウちゃんの敵をとってやる!」


コウちゃんは大粒の涙を流しながらトイレの個室の中から出てきた。


「亮ちゃ~ん!プリンキュアが~!!!」

「ぷ、プリンキュア???なぜここでプリンキュアが出てくる?」

「僕のプリンキュアちゃんが便器の中に入れられた~~!!」


プリンキュアちゃんは便器の水の中へ空しく沈んでいても懸命に変身ポーズを取って健気な笑顔を向けていた。


「コウちゃんは何ともないの?俺はてっきりコウちゃんが便器に顔を突っ込まれのかと。」

「なに、ごちゃごちゃ二人で話している?」


堀田に突っ込まれると堀田の横にいたザコ二等兵の一人も続けて言った。


「お前、いつも潔く登場してくるまではいいけど武器を持ってくるとか考えなかったのか?」


親切にもザコ二等兵が指摘してくれたおかげで黒川は重大な事に気がついた。こいつらが武器を持っていないのなら俺が武器を持っていればこっちが優位に立てたじゃないか!なんでそんな事に気がつかなかったんだ馬鹿馬鹿馬鹿!俺の馬鹿っ!


黒川は自分が今、何か武器になりそうな物を持ってないか慌てて制服にあるポケットの中身を探った。だが、上着のポケットに財布と大量の糸くずがあるだけで武器に使えそうな物はなかった。次にズボンのポケットの中に手を突っ込むと何か物に触れた。


頼ムッ!せめて武器として使えそうなボールペンであってくれ!


と祈った。だが出てきたのは先ほど上社に渡された『悪霊退散』と書かれた御札だった。


ダメだ・・・武器も持たずに数人対俺一人じゃさすがに厳しすぎる。


黒川が絶望しかけたその時、ある物が目に入った。どうやら天はいじめっ子より、正義の戦士に味方してくれたようだ。黒川が立っている隣には掃除道具入れがあった。


「武器ならここにあるっ!」


黒川は掃除道具入れを勢い良く開けて中に入っている掃除道具をとにかく手に取り、バッドを構えるようにして戦闘態勢を取った。


「お前、マジでそれで戦うつもりなのか?」


堀田達が武器を持っている自分にびびって逃げてくれる事を期待したのだが逆に堀田にあきれられて黒川は自分が手にしている武器を見た。黒川が手にした武器はトイレのつまりを直すスッポンだった。


「・・・しまった、やっちまった。」


黒川はまた掃除道具入れの中を覗いて武器に使えそうな物が入ってないか確かめた。掃除道具入れの中に入っていた物は無駄に大量につまれたトイレットペーパーにポリバケツとたわし1個だけだった。これでどうやって一人で戦えと言うのだ?と黒川は気を落とした。


でも、道具なんかなくても武器ならここにあるじゃないか!俺には勇気という名の武器があるっ!


黒川はポリバケツを頭に被り、スッポンをつかんで構えると勇気と言う名の武器を持ち出して勇敢にも堀田達に立ち向かって行った。


「ぼ、ぼくわぁヒーローになるぅうううううう!!!!!!!!」




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