♰♰♰ 女子トイレの女の事情 ♰♰♰
狭い女子トイレの個室の中で神宮西明美はかばんの中身をごそごそとかき回してていた。そして目当ての物を掴むとかばんの中から取り出した。ラッピング用のビニール袋に包装されてリボンで丁寧に結ばれた包みの中に手作りのチョコがあった。だが、神宮西はチョコを見て何やら自分で自分を思い詰めているような複雑な表情をしていた。
その時、いきなりドアの向こう側からトドの鳴き声のような悲鳴が響き渡った。
「うわああああああん!!!!わああああああああああん!!!!!!!!!!」
神宮西はあわててチョコをかばんの中にしまい込むと扉に耳をあてた。
「いい加減トドのような鳴き声で泣くのはやめてよ、真由。」
麻子がトイレの鏡の前でぱっつんされた前髪をちょんまげに結び直しがら言った。麻子は長い髪をいつも早起きしては時間をたっぷりかけてコテで外巻きにしている。身長が高く、バレー部な事もあってスタイルがモデルみたいだった。
「だってぇえええ!だって!だって!だってぇえええ~!こうずぃいいいがぁああああ!!」
真由の目からは黒い炭の色をした滝のような涙を流していた。メイクが崩れて目の周りが黒くなりパンダ目になった事もあって真由はまるでホラー世界の住民になったみたいだ。
「真由とのバレンタインデーの約束を断られたのよね?これでもう7回は聞かされた。」
「正確に言うと14回。」
鏡の前にいる真由と麻子の背後にいる夏樹がワックスをかばんの中へとしまいながら言った。夏樹はバスケ部で麻子のように身長が高いが痩せすぎているせいで逆にスタイルが悪くなっている。とはいえ体型に合わせてオシャレにしていた。
「せっかく深夜の3時まで何度も失敗しても作り治したチョコなのに・・・グズン。」
真由の目からまた黒い真珠のような涙が流れ落ちた。
「別にいいじゃん?結局、原先生にチョコを取られちゃったワケだし、そもそもあんなばか男とは別れるべき。」
麻子がまつげにマスカラを塗り直しながら言った。
「そうそう。真由との約束をすっぽかす言い訳が酷すぎ。『俺にはこの街は小さすぎる。俺のようなBIGになる男はもっと広い場所に出なければならないのだ。』とか私の方がまだまともな言い訳を思い浮かべられるわ!ぎゃははは!」
夏樹はわざとらしく喋ってコージをからかっていた。マスカラをまつげに塗るのに夢中な麻子もこらえきれずについ笑い出してしまった。真由だけは二人がなんで笑っているのかまったく理解できなかった。
「どーして麻子も夏樹もコージの事を笑うの??真由には勿体無さすぎるほどコージはかっこいい男なのに。そう言えばコージが言っていた。真のスターはつねに孤独で誰にも理解されないモノだって、麻子も夏樹もスターじゃないから真のスターであるコージの言葉の意味を理解できないのよ。かわいそうな麻子と夏樹。」
麻子と夏樹の爆笑が止まって今度は引きつった顔になった。
「・・・そうかもね、私たちには到底理解できないわー理解したくもないけど。」
夏樹は怒るのも通り行こして真由にドン引きしていた。
「コージもアレだけど、真由も相当な電波だこと・・・」
麻子はもうこの話題を続けたくないかのように再びマスカラを塗り始めた。
「真由、あんたコージィの事よりそのパンダメイクを早くなんとかしな。」
見かねた夏樹がかばんからポケットティッシュを取り出して真由に渡した。真由はティシュを受け取るとティシュで目を拭くのではなくなぜか鼻をかんだ。トイレの個室の中で神宮西は小声で『早くここから出たい。』と呟き、頭をトイレの扉にもたれさせた。
「けどさ、チョコを没収だなんてさすがにやりすぎじゃない?」
麻子が何重にも塗ったマスカラを塗る手を止めて言った。
「ひどいよねっ!お金も使ったバレンタインデーなのにっ!」
真由がまたひどく鼻をかんだ。
「あーあ、早くこのクソな学校から卒業したい。なーにが『学校から外に出た方がもっと残酷なのだからね。』だ。こんな刑務所みたいな学校より自由な外の方が楽しいに決まっている。」
夏樹が短くなった前髪を気にして時々手を前髪に触れながら言った。
「ここから出たら本当に自由になれるのかな?もしかしたら別の刑務所に入るだけなのかも。」
麻子はマスカラを化粧ポーチに入れながら愚痴をこぼし、真由はようやく蛇口から出る水で目を洗い終えてから麻子と夏樹に言った。
「ところで没収されたチョコをどーする?コンビニまで行ってまた買いに行く?」
「チョコを買うって。あんた、うちのど田舎にある学校から一番近くのコンビニがある所までどれくらいかかると思っているの!?」
麻子が真由の無知っぷりに信じられないと呆れた口調で言った。
「この辺境の地じゃコンビニや人の数よりも牛の数の方が多いじゃん。コンビニでさえ売っているチョコは賞味期限切れの物ばかりだというのに。」
夏樹はピンで前髪を止めた。麻子は人差し指を顎に当てて考える動作をした。
「うーん・・・コンビニなんか行っていたら一日が終わっちゃう。チョコを渡せるチャンスがあるとしたら学校だけなのにー」
「そう言えば麻子は彼氏と別れたばっかなのに一体、誰にチョコを渡すの?」
真由はずっとコージ一筋だったから彼氏が出来てはもって最長3ヶ月で別れてはすぐに彼氏が出来てしまう麻子や夏樹の事をいつも不思議に思っていた。
「えへへ~今は片思い中なんだけど~相手はもうそろそろ卒業だし、チャンスは今年のバレンタインデーしかないんだぁー。」
「あら、奇遇。私も片思いだけどチョコを渡したい相手が卒業間近なんだ。」
「えー夏樹も?奇遇だね!うちらやっぱ気が会うね!で、誰に渡すのよ~」
「麻子が最初に教えなさいよ~ほんと、私達って気が合うね!」
「だってうちら仲良しだもんね!じゃあ、せーのと言って同時にチョコを渡す相手の名前を教え合おっ!」
「いいよ、じゃあ、せーのっ!」
「「高畑先輩ッ!」」
そのたった一言だけで長年築き上げた友情も一瞬にしてひびが入った。夏樹の指が震えながらゆっくりと上がって行き麻子を指した。
「あ、あ、麻子ぉ~!また人の彼氏を横取りする気ッ!?」
女の友情はどんなに仲の良い友人同士でも、その間に男が挟むと砂の城のように風が吹けばいとも簡単に崩れてしまう。麻子は気にせずに再び鏡に向き直して鏡に自分の顔を近づかせて口紅を塗り直しながらケロっとしていた。
「言っておくけど、あんたの元彼を私が横取りしたのじゃなくて、私が最初に元彼の事を好きになったんだからね。横取りしたのはむしろ夏樹の方じゃん!」
ちなみに麻子は夏樹から横取りした彼氏とはわずか2週間しかもたなかった。
「んなっ!!何よ、私のせい!??」
趣味も性格もまったく正反対の二人だが唯一、二人の共通点が男の趣味だった。その唯一の共通点がいつも二人の間に亀裂を生む原因となっていた。だんだん二人のやりとりが喧騒していくのを真由は不安でいっぱいだった。
「第一、自分の彼氏をちゃんと紐で縛っておかない夏樹の詰めが甘すぎるのが悪い。」
「きぃーーー!!もう、許さないっっっーーー!!!!!!!!!!」
夏樹は2、3歩後ろに下がると、いきなり麻子の腰に思いっきし跳び蹴りをくらわした。
「げふっ!」
口紅を塗り直しながら鏡の中に写るかわいくなる自分に酔っていた麻子は後ろからいきなり蹴られた反動で自分の顔が鏡に激突し、顔と鏡が張り付いた。麻子は蹴られた腰に手を当てながらゆっくりと顔を上げて鏡で自分の顔を見た。
「きゃあああ!!!!」
真由は麻子の顔を見て叫び声をあげた。鏡には後ろから蹴られた反動で手がすべって口紅が唇からずれてしまい、麻子はまるで片方だけ口裂け女みたいになっていた。
「よ、よ、よ・・・・よくもやったわねっ!!!!!!!!」
麻子の怒りは夏樹へと向かった。麻子は夏樹の所へと向かうと夏樹がせっかくワックスで重力に勝てるようにした前髪を掴んで強く引っ張って夏樹をトイレの壁にぶつけさせた。
「いたっ!もうっ!だいたいあんたは昔から人の物をいつも取りやがってぇぇぇ!」
今度は夏樹が麻子のちょんまげヘアにした前髪を掴んで二人はお互いに前髪や服を引っ張りあいっこをしながらくるくると二つの体が回っていた。
「麻子!夏樹!喧嘩はみっともないからやめなよ!」
「「みっともない彼氏を持っているあんただけには言われたくない!」」
「ひどいっ!!」
二人に言われて真由は飼い主に怒鳴られて両耳を閉じて大人しくしている子犬みたいに大人しくなった。夏樹は渾身の力を込めて麻子を押して手洗いの蛇口まで追い詰めた。逃げ場のない麻子は片手を真下に伸ばした。すると、ちょうど麻子の真下にあるゴミ箱に掴む事ができた。麻子は掴んだゴミ箱の中身を夏樹の顔に向けてぶち撒けた。
「きゃ!」
驚いた夏樹は麻子の後ろ髪を掴んだ手を離してしまった。それをチャンスに麻子はゴミ箱を上に高く持ちあげながら言った。
「ゴミはゴミ箱にっっっ!!」
そして麻子はゴミ箱を夏樹の頭にかぶせた。
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!」
「わーん!頼むから二人共、これ以上ひどい有様になるのはやめようよーー!!」
「うわあああああああああああ!!!!!!!!!」
「とぉりゃあああああああああ!!!!!!!!!」
真由の必死の懇願も虚しく二人のケンカはさらにヒートアップしていった。
夏樹はゴミ箱を頭にかぶったまま麻子に頭突きをした。頭突きを喰らわされた麻子は体がよろめきながらも体制をすぐに持ち直し、すぐさま夏樹の首元の制服を掴むと夏樹の制服を引っ張って制服の袖を引き裂いた。夏樹も麻子の首元の制服を掴むと麻子を力強く押して、トイレの壁に麻子をぶつけさせた。そして夏樹はゴミ箱をかぶった頭で麻子に頭突きを喰らわそうとしたが、麻子はすぐに体制を横にずらし、夏樹のゴミ箱をかぶった頭は麻子ではなくトイレのドアにぶつかった時だった。
「きゃあ!」
「「「きゃ、きゃあ???」」」
突如、トイレの個室の中から別の声が聴こえて3人の動きが止まった。トイレの個室の中では神宮西がトイレのドアに耳を当てながら3人のやり取りを聞いていた時にちょうど神宮西が入っていたトイレのドアに麻子がぶつかってきておどろいた神宮西は押し殺していた声を思わず発してしまったのだ。
「え?今の何?私達以外にここに誰かいるの?」
真由の言葉に神宮西は呼吸さえも漏らさないように口に手を当てた。麻子と夏樹も揉めあいを一旦中断して自分達以外にここにいる誰かの事を気になりだした。
「ひょっとしてトイレの中に誰かいて、私達のやり取りを全部、盗み聞きしていたの??」
夏樹の言葉に神宮西は自分の心臓に釘がささった気分になった。麻子が尋ねた。
「もしもーし、誰かいますかー?」
どうしよう?返事をするべきか?しないべきか?ここに留まって外にいる3人があきらめて立ち去るまで待つべきか?それとも外に出ていさぎよく自分から誤った方が許して貰えるだろうか?神宮西は迷っているうちに夏樹がとんでもない提案を言い出した。
「よし!返事がないのなら上からトイレの中に人がいないか覗いてみよう!」
人がトイレの中で何をしているのかわからないというのに普通、トイレの中を覗こうとする!???と神宮西は心の中で叫んだ。だが、そうこう考えているうちにバケツを頭にかぶったままの夏樹がトイレのドアノブに足を載せる音がした。
ああ、ついに自分の正体がバレてしまう・・・
いっその事自分から正体をさらけだそう。
と神宮西は覚悟を決めてトイレのドアノブに手が触れた。その時、別のトイレの個室から声がした。
「あーあ、あんた達いつまでトイレに居座っているつもりなのよ?ずっとトイレの中で待たされる人の気持ちにもなってよね!」
いきなり真由達の前に現れてきたのは神宮西ではなく神宮西がいる場所から2つ横のトイレから出てきた2年生の中村みきだった。
神宮西は突如現れた変人にきょどるものの、どうやら疑いの目が自分から反れた事にほっと胸を撫で下ろした。
なぜかみきは中に物がいっぱいつまってそうな紙製の手提げ袋を手に持っていた。だが、それよりも三人を驚かせたのはみきが入っていたトイレの中のリフォームだった。床がショッキングピンクのカーペットを敷かれ、ピンクに染まったキティちゃんで埋め尽くされた壁紙、ピンクのスリッパ、便座カバーから便座のフタカバーまでもがピンク。生理のゴミ入れまでもがピンク色に埋め尽くされたトイレだった。
みきはいきなり上着のポケットの中からスマホを取り出すといきなりパシャと音と共に自撮りをしだした。三人は眩しいフラッシュに目を背けた。
「あんた、なんでよりによってトイレなんかで自撮りなんかしているの?」
麻子はまぶしいフラッシュを見て目を半分閉じながら訪ねた。
「だってぇ~トイレの中でずっ~と閉じ籠もっていたかわい子ちゃんが脱出した感動の瞬間を世界中の人が待ちわびているから~。」
「人の話を盗み聞きするなんて最低!」
夏樹の言葉にまだトイレの中に籠っている神宮西はまるで自分の事を言われている気がした。内巻きにお嬢様風に髪を巻いているみきはまったく反省する態度を見せなかった。
「ハァー!言っておくけど、こっちだって好きでトドのような鳴き声やらオスを取り合うメス猫同士の争いなんて聞いているわけないでしょ。」
「トド?」
おとぼけたトドのような声が真由から漏れた。みきはまたスマホを手に持ち、今度は真由達の間に入って真由達と一緒に映るように自撮りをした。
「トドとメス猫二匹に遭遇した記念と。」
みきはスマホを胸ポケットにしまうと真由達の方を向き直して言った。
「言っておくけど、みきの方が先にトイレに入ったのにあんた達が後からやってきて洗面所を占領しだしてちょーくっだらないキザったい彼氏の話しとか人の彼氏を奪ったとかどうでもいい話をしだして出るのが気まずくてずっとトイレの中に閉じこもって待っている人の気持も考えてみてよねッ!そうそう!あんた達って放課のたびにトイレに行っているけど、ほっんとトイレが好きよね~ほら、あんた達もたまにはトイレの外に出てみたら?あんた達がトイレから出るのを待ちくたびれている行列ができているわよ。」
そう言われて真由と麻子と夏樹の3人は廊下と通じる扉を開けて3人揃って顔を廊下の外に出して覗いてみた。するとトイレの前で女子生徒達がたむろって険しい表情をしながら3人を睨みつけていた。3人はゆっくりとトイレの中に顔を引っ込んで静かに扉を閉めた。
「道理であんた達っていつもトイレに行くからそんなに消臭剤臭いのね~」
みきに言われて真由と夏樹は自分の腕の臭いを嗅いでみた。麻子は片手をあげて自分の脇の臭いを嗅いでいる。
「ところで、あなたはなんでトイレにそんな荷物を持って来ているのさ?」
夏樹に言われてみきは自分の腕にかけている手提げ袋を上げて見た。
「ああ、これ?これはもちろんバレンタインデー用のチョコよ。」
真由と麻子と夏樹はトイレに食べ物を持ってくるみきの事を信じられないような目で見た。
「何をそんなに驚いて私の事を見ているの?みきはね、原先生に見つかる前に3週間も前にチョコを絶対に見つからないトイレの屋根裏の中に隠しておいたの。さっすがみきちゃん!どこぞのチョコをとりあげられた3馬鹿と違って賢いわ~」
「だとしても普通トイレに3週間もチョコを保管する!?」
真由の発言にトイレにチョコを持ち込んでしまった神宮西は胸に刺さったナイフでさらにえぐられるような思いをしていた。
「あ、あ、あんたひょっとしてトイレに持ってきたチョコを全部男の子に配る気!?」
麻子がドン引きしているがみきはまったく悪気も反省する態度もなかった。
「なによ、例え3週間もトイレの天井の中にチョコを起きっぱなしでもみきからチョコを貰えるのよ!?ところでいい事を教えてあげよっか。原先生は生徒から奪ったチョコを生徒指導室に隠しているの。」
「えぇー!それほんとっ!」
麻子は飛び上がりそうな程、喜びの声をあげた。
「じゃあ、生徒指導室に行けば私達が持ってきたチョコを取り戻せるかもしれないね。」
夏樹が怪しい事を企んでいる表情になったが、真由は不安気だ。
「でも、生徒指導室って職員室の隣にあるし、チョコを取りに行ったらすぐに先生達にバレちゃうよ?」
「ところが!今日の放課後は先生達の会議があるからその間に生徒指導室に忍びこめばいいの!会議の間に先生達は職員室にこもって校長先生のありがた~いお説教を聞かされているから生徒指導室で何をしてもきっと聴こえないわ。」
みきがそう言うと麻子は先ほどの夏樹との喧嘩の事もすっかり忘れてチョコを取り戻せるかもしれないと飛び上がって喜んでいた。
「じゃあ、放課後のチャイムがなったらさっそく職員室に行こ!!」
みきが深いため息を吐きながら3人に言った。
「その前にあんた達はまずいい加減その口裂け女と頭に被ったゴミ箱をなんとかしなさいよ。おっと、教室に戻る前にいい事をした時のみきちゃんを写して皆に見せなきゃ!」
みきはまたスマホで自撮りした。




