♰♰♰ 保健室にて ♰♰♰
保健室ではまだ20代後半の若い女医が止むことのない保健室に訪れてくる生徒達を看病をするのではなく追い出すのに一苦労していた。
「ヒトミ先生、お願いします!私のあきらくんの具合が悪いの!!どうかあきらくんをベッドで寝かせてくれませんか?」
保健室に訪れて来たのは学校一有名な純愛カップルの矢田さんと大曽根の二人だ。大曽根の具合が悪くて喋る事でさえもままならない為に変わりに矢田さんが保健室の女医と話をしていた。
「具合が悪いですって?保健室まで歩いて来られたのにそれのどこが悪いの?」
「保健室は具合が悪い人が訪れてくる場所でしょー!!!」
生徒達にヒトミ先生と呼ばれているこの女医は普段から口が悪く、化粧は濃いが胸が大きくてナイスバディーで白衣をまとった所がまるでアダルトビデオに出て来る保健室の女医のようだから一部の男子生徒には人気があった。
「あーはいはい。そうだったの?先生、知らなかった。でもね、温度計で測っても熱はなかったじゃない?むしろ体温が下がりすぎているくらい。」
「ですから!熱が高いのが問題じゃなくて、まるで死体のように温度が下がりすぎているのがおかしいのっ!朝はいつもの通りの元気な私のあきら君だったのに今じゃほら見て!皮膚がこんなに青ざめているじゃないですかー!」
矢田さんは彼氏の制服の袖をめくって死人のような彼氏の腕をヒトミ先生に見せつけた。
「あら、本当に青いわね。」
「でしょ!だからどうか私のあきら君をベッドで休ませてあげて!」
矢田さんはまるで自分の腎臓を差し出しても構わないとでも言わんばかりに懇願した。
「その手にはのらないわよ。」
「えっ・・・・?」
「近頃のガキの仮病は手が込んでいるわね。保健室のベッドで寝る為にそこまでする努力は感心するけどね。こっちは熱いお茶の中に温度計を入れて温度を上げさせて仮病を装う連中を毎日扱っているのだから私を誤魔化そうとするなんて百年遅いわ。無理無理カタツムリ!あなたのあきら君が仮病を使っている事くらい私にはお見通しよっ!」
「ひどーいっ!私のあきら君が仮病なんて使うわけないでしょ!このアマっ!だから婚約者に結婚間近な時に逃げられるのよ!」
「その事については余計なお世話っ!ほらほら!用が済んだのならさっさと帰りなさい!」
ヒトミ先生は純愛カップルを無理矢理に椅子から立たせて押せ押せと二人の背中を押して保健室の扉まで押すと二人を保健室から追い出した。ついでにヒトミ先生は廊下で長い列を作って保健室に入る順番を待っている今にも死にそうな生徒達に次の言葉を浴びせた。
「悪いけど今日はただでさえ病人が多くてベッドが満員でひとつも空いてないの、あなた達は体調が悪いらしいけど、保健室まで歩いて来られるくらい健康ならまったく問題ないわね。体育にだって出られるわ。むしろ、もっと無理して運動でもした方が治りは速い速い。ほら、わかったのならさっさと解散ッ!教室へ戻りなさいッッ!」
まるで自分の周りでうっとおしく飛び回るハエを手で払うかのごとく保健室に集まって来た具合が悪い生徒達を手で追い払った。保健室までやって来た生徒達はしぶしぶ自分達の教室へ戻って行った。ヒトミ先生は教室に戻っていく生徒達を見届けた後で保健室に戻るとようやく一息ついた。
「ふっー!これで今日も保健室に訪れてくる病人の数を減らしてやった!どいつもこいつも仮病を使いたい卑怯な奴ばかり!やっとこれでお弁当が食べられるわ。」
ヒトミ先生はこれからお弁当を食べようと自分の机に座ろうとしたその時。
「バリッ!ムシャムシャムシャ・・・・」
まるで頭上にある木の葉についた冷たい雫が自分の首筋に落ちてきた時のような全身がひんやりとする恐怖を感じた。嫌な予感がする得体のしれない音がした。ヒトミ先生はまだ椅子に座らずにその場でじっと立ち尽くしたまま全神経を音だけに集中した。
「ムシャ、ムシャ、ムシャ・・・・」
その音は机から反対側にある3つに並んでいるベッドの内の真ん中のベッドから聞こえてきた。
まるで何か硬い物を食事しているかのような音だ。でも、この音は食べ物を噛んでいる時の音には聞こえない。一体何を口に含んでいるのだ?ヒトミ先生の顔に妙な汗が出てきた。未知の音と共に心臓の鼓動までもが聴こえてきそうだ。
どうする?恐怖に目を逸らすべきなのか?
いや、何もしないのは返って不安を先延ばしにするだけ。ヒトミ先生は意を決して真ん中のベッドに近づき、思い切って仕切りのカーテンを開けた。
「きゃああああああーーー!!!!!何やっているのぉぉおお!!!池下君っ!」
「ビリッ!むしゃむしゃむしゃ・・・ん?」
カーテンを開けると真ん中のベッドで40度近い高熱で寝ていたはずの2年生の池下恭一が参考書を手にもって覚えたページをビリっと破いては口の中に含んでいる光景だった。
「・・・・ああ、なんだ、先生か。僕は受験に備えて毎日、覚えたページを破って食べるているのです。ゲホゲホ。そうすれば食べたページが頭に入るのじゃないかって・・・・」
「受験って、池下くんはまだ1年先じゃないのっ!あんたね、熱が40度近くもあるというのに参考書を食べて頭を使っていたら受験の前におじゃんよ。」
「こ、こんなクソ学校から出て行く為には僕に休んでいる暇なんてない。げほげほ。僕は本来ならばこんな底辺学校に通って底辺学校の下等生物の馬鹿共と同じ空気を吸っているはずじゃなかった。先生、頼みますから用がないのならこのまま僕を勉強させて下さい!」
池下恭一は大きい黒縁メガネをかけ、きのこカットヘアで前髪が綺麗に一直線に揃えてある。池下恭一の大好きなママのお勧めのヘアスタイルだった。池下は毎日、睡眠時間を削って勉強に専念しているせいか目の下には大きなクマができており、頬は痩せこけていた。保健室に訪れて来た時はふらふらで歩くのがやっとだったにも関わらず、参考書だけはしっかりと持ってきて、今もまだ熱があるというのにベッドの中で参考書を読みながら昼食の弁当の代わりに参考書の破いてページを食べている。
「あんたね。高校受験の試験当日に風邪を引いたからこんな底辺学校に通うハメになった事をもう忘れたの?安心しなさい。風邪をひいているのに参考書なんかを食べて勉強をしているあんたも自分で自分を受け入れてないだけで十分、この底辺学校にお似合いの下等生物の馬鹿よ。あ、そうそう。言わなきゃいけない事を思い出したわ、私は今日の放課後になったら職員室の会議に出る為に保健室から出ていかなきゃならないから。」
「げほげほ、ヒトミ先生がいない方がいいですけど、先生が保健室を留守にしても大丈夫なのですか?今日はただでさえ、体調が悪い人が多いじゃないですか・・・?」
「ほんと、この学校はいったいどうしちゃったのかしらね?いくら風邪の季節だからと言って病人が多すぎよ。ったく、私に面倒をかけないで欲しいわ!」
「先生は風邪の季節じゃなくてもいつも生徒の面倒をろくに診てないじゃないですか。」
「やかましいっ!先生が喋っている時に生徒は口を閉じているの!けど、保健室に来るのはなぜか男の子ばかりで不自然な事にどいつもこいつも温度計で測ってみたら体温が20度以下だなんて熱が下がりすぎているし今日は大勢の保健室に訪れてくる生徒を追い出すのに一苦労したから疲れちゃった。このまま保健室に来る生徒を追い出すのに費やしていたら逆に先生が倒れちゃうわ。だからまた生徒が保健室に来ても私、しーらない!」
「それに咳が酷い人が来ると僕のべ、勉強の邪魔になってやっかいなのですよね・・・」
「言っておくけどね、風邪を引いているのに勉強をするのはほどほどにしなさい。じゃないと本当に死ぬわよ。」
池下恭一はヒトミ先生にも慈悲の心があったのか!と深く感動していた。
「死ぬのはあんたの勝手だけど、保健室で死ぬのだけは止めてよね。私の責任になるのだから。一人で死ぬのなら保健室以外で死になさい。」
「ひどい・・・・」
ヒトミ先生は池下恭一が寝ているベッドのカーテンの仕切りを素早くしめた。
「ハァハァ・・・このまま底辺学校に通っていたらいずれ僕もヒトミ先生のようになるのかもしれない。ますます勉強をしてここから出なきゃ・・・・!」
池下はいかにも育ちが悪そうな保険医を見て風邪の熱より勉強の熱をさらに上げた。参考書を読み、またページを破ってはそれを口に含んだ。
ヒトミ先生は他のベッドで寝ている生徒にも自分が留守になる事を伝えようと池下恭一が寝ているベッドの隣の廊下側にあるベッドの仕切りのカーテンを開けた。そこには保健室に来た当初は体調が悪くても喋れるほどの体力があった生徒が今や顔が青白く変色し、目は白目を向いて、口は泡を吹いていた。いくら風邪の季節とはいえ、このような症状は日本で、いや世界広しといえども見た事がないだろう。
「うん!全然問題ないわね!」
ヒトミ先生は素早くカーテンを閉めた。ヒトミ先生にとっては問題はない事らしい。




