♰♰♰ 絶対絶命 ♰♰♰
衝突した衝撃で運転席と助手席のエアバックが膨らみ、神宮西と黒川の顔はエアバックにうずまった。事故の後遺症で車内にいる人々は正気を取り戻すのに時間がかかった。恭一は自分の膝の上に座っているみきを守る為にみきの頭を両手で抑えていた。
「大丈夫か?」
みきは頭をうずめていたけど恭一に心配されるのが嬉しいのかすぐに顔を上げて満面の笑みで言葉を返した。
「うんっ!あなたがいればみきは大丈夫!」
みきが無事な事にほっとした恭一が次に車内にいる皆に訪ねた。
「皆、大丈夫か?」
「いだだだだ・・・・これが大丈夫に見える?」
エアバックからゆっくりと顔をあげた神宮西がまるで老人のような枯れた声で返事をした。黒川もエアバックから顔をあげると車内全体を見渡してみた。
「命があるだけ今の俺達にはマシ・・・・。」
上社は痛めた腰をさすり名城も起き上がった。
「けど、車をぶつけて一つはいい事はあったみたい。」
みきが前を指した先のフロントガラスの上いた化物の姿が見当たらなかった。
「はは、どうやら車をぶつけたおかでゾンビを追い払えたようだなッ!」
黒川が笑い飛ばして言うとようやく安堵した余裕からか名城以外の皆も釣られて笑い飛ばした。車内でしばらく明るい笑い声が充満していたのを終わらせたのは『ドンッ!』と激しく物が叩かれたような音が聴こえたからだ。
笑ったま顔が硬直した黒川の頬に一滴の汗が流れた。自分の横にある窓ガラスに女子生徒ゾンビの手がピタリと張り付いて外から幽霊のような顔がこっちを伺っている。黒川がゆっくりと顔を横にいる神宮西の方へと向けると神宮西もなぜか体を硬直していた。
神宮西の隣の窓ガラスの外からはサッカー部ゾンビと野球部ゾンビが餌である神宮西を今にも食べようと口を大きくあけている。黒川が後ろを振り向いて後部席を見渡すと後部席の窓ガラスを埋め尽くすほどのラグビー部ゾンビ達が窓ガラスに張り付いて中にいる餌を囲んでいた。
名城が無言のまま片腕をゆっくりとあげると指を前に指し出してきた。黒川は名城が自分の事を指しているのかと思って自分で自分の顔を指した。
すると名城はいつものしかめ面をさらに濃くして首を横にふって「おまえの後ろだ」といいたげに指を更に前に差し出してきたものだから黒川は後ろを振り向いた。フロントガラスにあごがない女子生徒ゾンビの顔が逆さまのままこっちを見ていた。
「完全に囲まれた・・・・」
黒川の口から出た言葉を合図のように車を囲んでいるゾンビ達が一斉に窓ガラスを叩き始め何重奏にも及ぶドンッ!ドンッ!という激しい音が車内に響き渡たりボンネットの上にもいる5匹のラグビー部ゾンビが他のゾンビ達と呼応しているかのようにジャンプをしてドンッ!ドンッ!と上から激しい音を出している。みきは耳を塞いだ。
「なんでさっさとくたばってくれないのよ・・・・」
「無駄だ。僕達を一人でも多く自分達が堕ちてしまった地獄の道連れにしたい彼らの執念が上回ったのだ・・・・」
上社はもう現実を受け入れ初めてこれから地獄へと行く心の準備をしだしたが、池下はまだ現実を諦めていなかった。
「まだ、残された道があるハズだ?なあ、そうだろ?頼むから誰かそうと言ってくれ!」
池下の疑問の声に答えるかのようにバリンっ!と四方のガラスが割れる音がした。生徒達は両手で頭を抱えた。地獄から来た使者達の無数の手が生存者達をあの世へと引き釣り込もうと手を伸ばしてきた。
後ろから伸びてきたゾンビの手がみきの髪の毛を掴み引っ張ろうとすると池下がみきを守るようにみきの頭を抱え込んで後ろにいるゾンビの顔にめがけてパンチを食らわした。上社は池下の横で悟ったような表情になった。
「これでようやく僕も自分の惑星へ行ける・・・」
名城はトイレのすっぽんで外から魔の手を伸ばしてくるゾンビ達に抵抗していても向こうのほうが数が圧倒的に上回り、ゾンビの一匹にすっぽんを取り上げられた。
「くそっ・・・・!」
名城の声から自分の体の一部を失ったかのような残念がる声が漏れた。黒川も車内にあったマイクロファイバーの車内のホコリを取るを掃除道具で横と前の割れた窓ガラスから襲ってくるゾンビ達に抵抗していた。
「邪魔だなこのエアバック!!何か案はないのか?神宮西!?神宮西・・・・・?」
黒川は神宮西にここから抜け出す対策を求めて顔を横へと向けた。神宮西はエアバックに顔を埋めて両手で頭を抱えて震えていた。
その時、黒川はずっと平然とした態度で自分達を守ってきてくれた神宮西が皆に見せない所で怯えていた事にこの時初めて気がついた。黒川はゾンビに抵抗するのをやめて震えている神宮西の手をそっと握った。
するとエアバックに顔を埋めていた神宮西の顔がやっと黒川の方へと向き、黒川の神宮西に対する優しい感情が溢れている笑みを見て神宮西も恐怖でひきつっていた顔が除々にほぐれていき笑い返した。
神宮西も黒川の手を強く握り返すとお互いに目をつぶった。
車内にいる生徒達の脳裏に「絶体絶命」の文字が脳裏で響いた。
深海より深い暗闇と氷よりも冷たい温度、
そして長い沈黙・・・・




