♰♰♰ 合言葉はネヴァーギブアップ ♰♰♰
池下は窓ガラスから侵入を試みようとしているゾンビを阻止しようと椅子でゾンビの頭をもぐら叩きに奮闘している中で隣にいるみきが壁に背をもたれて床にしゃがみこみ、制服のポケットを探ってスマホを取り出すと最後の自撮りをする為に片手に持ったスマホを高く持ち上げた。
こんな時に自撮りをするなんて怒りたくもなるがさっきから不気味な程に静かで落ち着きはらっていて大好きな自撮りも無表情になっているみきの事を不自然に感じた。
「君はこの状況でどうしてそんなに落ち着いていられる?なぜベストをつくさない?なぜこんな時に自撮りなんかをする?」
みきの無表情でスマホの画面を見ているのがまるでぽっかりと開いた穴を見つめているかのようだ。
「落ち着いているのは諦めた方が楽だから。ベストをつくさないのはどうせ死ぬから。自撮りをするのはスマホの向こう側の皆はみきが死ぬのを望んでいるから。どういうワケか人が苦しんでいる時が一番イイねボタンを押してくれるのよねー。」
みきは死ぬ前に映る自分の顔を決めたのかシャッターのボタンを押そうとしたその時、みきの腕を池下に捕まれてシャッターボタンを押すのを阻止された。
「なんで止めるのよ!」
「早まってはダメだっ!」
みきは次々と出て来る文句を言おうとしたが、池下のあまりにも情熱的な目に圧倒され、口が固定されたかのように動けなくて何も言えなくなってしまった。
「他の皆は知らないが、僕は君の最後の姿を見るのを望んでやいない。君は次の言葉を唱えるのだ!合言葉はネバーギブアップッ!」
「はぁ?なんでみきがそんな言葉を言わなきゃいけないワケ?」
「逃げちゃ駄目ダッッ!!!」
「は!はいっ!!!」
「さぁ、唱えるんだっ!」
「ね、ねばーぎぶあっぷ????」
みきは池下の熱意に負けてつい口に出してしまった。池下は溶けるような熱い手でみきの両肩を掴んだ。
「なんだ、言えるじゃないか!その言葉をまだ言える限り、君はまだ諦めてはいない証拠さっ!」
池下はみきにウィンクをすると椅子を持って再び保健室に侵入してくるゾンビのモグラ叩きをしに行った。みきは胸の熱さを抑えきれずに両手で胸を抑えた。ベートーヴェンの運命の冒頭の4つの音についてベートーェンヴェン曰く『このように運命は扉を叩く』と言ったらしいが、まさに今のみきの心に運命が扉をダダダダーンと叩いていた。
「なに?この胸の激しい鼓動は?この胸の高まりと苦しさは?チョコレートのように甘く溶けるような熱さは???こんな感情は生まれて初めて!ひょっとしてこれって恋?みきは今までみきが皆から愛される事が恋だと思っていた。でも、この恋は違う!これは皆から愛される恋じゃなくて、人を愛する喜びの恋なのねっっ!」
みきの中で今ままでの常識がすべてひっくり返されて吹き飛んだビックバンがこの小さな保健室の中で起こった。
池下は椅子だけで複数のゾンビを保健室に侵入させまいと追い払っていたが目の前のゾンビを追い払うのに夢中になっている間に池下の横の窓ガラスの穴を広げられて外からサッカー部ゾンビの顔が保健室の中へと侵入し肩腕も侵入するとサッカー部ゾンビの魔の手が恭一の首元に伸びて襲いかかろうとしていた。
だが、襲い掛かる前に恭一が気づき、椅子を振り上げてサッカー部ゾンビの魔の手を追い払おうとした。しかし、さっきまで追い払っていた外にいる複数のゾンビ達が手を保健室の中へと伸ばし、椅子の背を掴んで恭一から椅子を取り上げた。
「しまった!!」
唖然としている恭一にサッカー部ゾンビが魔の手が再び伸びた。だが、恭一を襲う前にサッカー部ゾンビの目にいきなりスマホの角が刺さり、あっけなく倒れた。
「あれは!君の大切なスマホじゃないか!!」
ゾンビの目に刺さったスマホは恭一が先程、自撮りをやめさせようとしたみきのピンクでデコレーションされているスマホだった。
「いいのかい?君の大事なスマホをゾンビに投げ出して。」
「もう、みきにはあんな物は必要ない!みきにはあなただけいてくればいい!」
みきの表情には先程の自撮りをした時の最後の時を悟った人間の表情でもなく、自撮り用に作った他人向けのからっぽの顔でもなく、愛する心を知り、幸福な女性の顔になっていた。神宮西が散々みきに説教をしても治らなかったみきの性格は怒る事よりも愛の説教こそ一番効果があった。
みきと恭一はお互いに微笑み合うと恭一は腰のベルトに挟んであった三角定規を持ち、みきは自身の武器であるコードレス脱毛器を手に取り、二人で一緒に窓ガラスに侵入を試みようとするゾンビ達を阻止していった。
※※※
神宮西は床にしゃがみこんだまま黒川を正気に戻させようと黒川の両肩を揺らした。
「ねぇ、しっかりして!じゃないと私達死んじゃうよ!」
黒川からの返事がない。
「聴こえている!??」
なおも返事がない黒川に神宮西は片手で黒川の頬を叩いた。すると黒川は小刻みに震えながらやっと小声で呟いた。
「・・・ダメだ。結局、いつものようにコウちゃんを助けられなかった。」
黒川はすっかり意気消沈してやる気を亡くしてしまった。友達を助けられなかった黒川を見て神宮西は大事な人にチョコを渡せずに焼却炉にチョコを燃やしてせっかくのチャンスを燃やしてしまった自身と重ねた。(結局はそれがかえってよかったのだが。)
「黒川っ!あんたに死なれたら困るッ!私が来年、黒川にチョコをあげられなくなるじゃないっ!丸之内がダメだとしても私を救ってくれなきゃ困る!!!」
勢いで心から思っている言葉を思わず出してしまった事に神宮西が気付くと頭が真っ白になった。準備していない愛の告白は計算されていない純粋なままの告白だ。
「何言っているの???・・・私・・・・・」
神宮西は恥ずかしすぎてどう逃げ出せばいいのかうまく切り出せずにただ混乱していた。黒川もいきなり言われた告白に混乱していた。
「驚いた。神宮西からそんな言葉が出てくるなんて・・・・。」
神宮西は顔を赤らめてまともに黒川の目も見られない。
「わ、私も自分で何言っているのかわからないけどっ!とにかく今は逃げなきゃっ!」
まるで神宮西が自分自身に黒川から逃げなきゃと言っているかのようだ。ゾンビを目の前にしても常に冷静だった神宮西が黒川の前ではまるで初めて人前でステージに立つ小学生の女の子のようになっていた。
「ありがとう。」
「へ?」
神宮西はようやく顔を黒川の前にあげられた。黒川の表情は先程の廃人の用な顔ではなく、もう一度、希望を取り戻そうとパンドラの箱の中にある絶望の中に希望を見つけた顔になっていた。
「もう一度、頑張れる理由をくれて。」
その時、神宮西達の背後から何やら壊れる音が聴こえた。名城がタバコに火を付ける灯火を探して保健室の戸棚という戸棚を探り出し、鍵がかけてあるロッカーを無理矢理ぶち壊すとひとみ先生が来ているコートのポケットの中からようやくタバコに火をつけるライターを見つけた。
名城がライターを見つけるまで戸棚の中から取り出した薬品やらチューブやらが床に放り出しっぱなしになっていた。その様子をひと通り見た黒川が視線を名城から神宮西に戻すとまるで長い間振っていた雨がようやく晴れた時のようなすみきった表情になっていた。
「見つけた。」
「見つけたって何を???」
「ここから脱け出す方法。」




