♰♰♰ 問題児だらけの教室③ ♰♰♰
いきなり「うわぁ!」と悲鳴が教室の前の扉の方から聴こえてきた。その声は先程、黒川が教室に入った時にコケた場所から聴こえてきた。皆の視線が扉の前に集中した。すると教室の扉の下で白い粉を頭からかぶって頭と顔が真っ白にそまった黒川の幼馴染である丸之内幸太が立っていた。
「コウちゃん!大丈夫っ!?」
「亮ちゃん。おはよ~」
朝の挨拶が終えると同時に丸之内の口から白い粉が吹き出たのを見て本山と東山は大満足して笑いだした。全身白い粉だらけの丸之内は黒川達が集まっている所へ来たが、本山と東山の笑い声はまだやまない。高畑は心から丸之内に同情していた。
「丸之内、大丈夫か?また堀田達にかばん持ちでもやらされていただろ?」
「え!コウちゃんまたいじめられているの?」
「またじゃないよ、昨日も、一昨日も、いつもの事さ。」
丸之内はまるで長い砂の砂漠の旅路からようやくの帰って来たかのようにやつれていた。するとさっそく人をからかう事を生きがいにしている本山や東山は丸之内という新しいターゲットへと飛びついてきた。
「やぁやぁ!丸之内くん!朝から浮かない顔をしているな~」
本山が丸之内の隣にきてなれなれしく丸之内の肩にさわった。聞き覚えのある言葉が聴こえてきて黒川は教室に入った時に感じたのと同じ嫌な予感がした。
「今日はバレンタインデーな・の・にっ!」
「おいおい、コウちゃんが浮かない顔をしているのは先ほど堀田達にいじめられたからだろ。本山も近くで聞いていたハズだ。」
黒川の言葉にはこれ以上、コウちゃんをひどい目にあわせるなよ。という警告も含まれていたのだが、まるで聴こえていないかのように黒川の言葉を無視して東山は丸之内をからかった。
「丸之内に元気がないのはひょっとしてチョコをまだ一つも貰ってないからじゃね?」
・・・ああ、やめてくれ。これ以上、親友の傷口を開かないでくれと黒川は願った。だが、皆の予想を遥か斜め上に裏切った。
「ぼくはチョコを貰ったよ。」
本山と東山の顔から笑みが止んだ。だがやがて本山は再び笑い声を高くあげて丸之内の言葉を断じて信じなかった。信じたくなかった。
「ははは!どうせ、黒川と同じく自分のかーちゃんからチョコを貰ったのだろ?」
東山の引きつった笑顔には『どうかそうだと言ってくれ』という願いが込められていた。
「いや、ぼくは母親以外にチョコを貰ったのだよ、7個も。」
「7個っ!」
東山の目が漫画のように飛び出て驚いていた。
「な、なんだってっー!嘘だろー!?」
本山の雄たけびはクラス中に響き、クラスメイト達が何事かとざわめきだした。
「ど、ど、どうしてお前なんかがそんなにチョコを貰えるのだ?しかも7個も・・・」
「冗談だよな?笑えるぞ、その冗談・・・」
「冗談じゃないさ、僕は7個も女の子からチョコを貰える予定になっているのさ。」
本山と東山の2人が驚くのも無理がない。
なんと言っても丸之内幸太の見た目は身長が低く、体系は横に広い。首がなくて、顔はまるでアンパンマンのように膨れ上がっている。今時、時代遅れのでかい黒縁メガネをかけていていて、季節は冬にも関わらず体が脂ぎっていて、何日も洗ってなさそうな髪の毛をしており、オタク独自の喋り方のテンションの高さと大声を出してアニメ、漫画、ゲームが大好きなパーフェクトオタクだ。とくに好きなのが幼女よりもなぜか大人のロリコンに大人気の幼女向けアニメ『プリンキュア』に出てくる女の子であり、学校に堂々と『プリンキュア』のキャラクターグッズを持って来ては周囲をドン引きさせていじめられる原因にもなるし、女の子には避けられている。弱い者いじめが何より楽しみの本山と東山でさえ丸之内のロリコン趣味を見たらなるべく近付かないようにしているほどだ。そんな丸之内がチョコを7個も貰えたと聞けば誰だって耳を疑う。黒川は片手で自分の頭を抱えて非情に困ったような顔をしながら言った。
「コウちゃん。チョコをくれる相手は現実世界の女の子の事じゃなくて、2次元の女の子からだろ?」
「に、2次元?」
リア充の高畑にオタク用語はさっぱりわからなかった。
「何だそれ?宇宙の次元の話か?」
東山に尋ねられた黒川はくわしい意味をオレに訪ねないでくれ!と言いたげに眉を潜めた。
「お前らだって妄想の彼女くらい作った事があるだろ?」
「あっー!なるほど!俺は夜の風呂でひとり妄想の彼女と・・・」
本山が余計な事を人前で口に出す前に東山と高畑が本山の頭を叩いて阻止した。
「現実世界の女なんて中古ビッチはもう古い。これからの時代は2次元の幼女に限る!」
やれやれ・・・と黒川はため息を吐いた。丸之内はけして悪い人間ではないのだが、普通の人達よりも2次元と交流した時間が長いあまりに現実世界を客観的に見る事ができなくなってしまった。
「なーにやっているの?お馬鹿ちゃん達。」
突如、黒川達と同じクラスメイトの岩塚由里が声を掛けてきた。
「さっき言っていた二次元って何それ?美味しいの?」
岩塚由里が来た途端に場の空気がいっきに変わった。今まで何かあったのか岩塚由里の息が少し乱れていた。しかし、黒川達がそれよりも注意が向かったのが今日は男なら誰もが喉から手が出てくるほど欲っしているチョコレートがいっぱい入ってそうなお洒落なハートのデザインのロゴが描かれてあるビニール袋の方だ。
岩塚由里はけして万人が納得する可愛いと言えるような見た目ではない。肩までのショートヘアにパーマをかけて細い目をでかく見せようと重そうなつけまつ毛と濃いアイラインで誤魔化してかえって目が潰れそうに見えるのだが愛嬌があり、ゆるふわ系にギャルが混じったような見た目とは裏腹にかすれた声がそそられるから彼女にしたいと思う男の子は少なくはなかった。
その岩塚由里が片手に持っているチョコは友達にあげるチョコにしてはサイズが大きくて安物ではなさそうなラッピングだ。明らかに誰か男にあげるチョコだ。
だが、なぜこの場にチョコを持って来たのだろう?そのチョコは一体誰に渡すのだ?ひょっとしてこの中の誰かに渡す相手でもいるのか?それは誰だ?ひょっとして俺の事か?
チョコを貰いたくない高畑と2次元の女の子にしか興味が無い丸之内以外は岩塚由里が片手に持っているチョコに注目した。真っ先に皆が気になってしょうがない事について本山が尋ねた。
「なんだそのチョコ!ひょっとして俺にくれるの!?」
本山の目にお星様が輝かやいているかのように目を潤わせていた。だが、岩塚由里に人前ではけして見せられないような全力で気持ち悪がられているような顔をされた。
「なんだよその顔っ!傷つくじゃんか!」
本山も期待した分だけに本気で傷ついたようだ。東山は慰めるように本山の肩を叩いた。
「ははは!まあ、落ち込むなよ。岩塚が俺にチョコをくれるからってさ!」
東山は同意を求めて岩塚の方を見たが岩塚由里は先程本山に見せた表情と同じ全力で気持ち悪がられている顔をして東山の事を見た。
「そんな顔で俺の事を全力で否定しなくたっていいだろ!」
じゃ、じゃあ!ひょっとして今度こそ俺に!?と黒川は期待に胸を膨らませた。
「あんたら自惚れ過ぎ。はい。高畑くん!チョコをあげる!」
黒川はまたひとつ肩を落とした。期待に裏切られたのはこれで何度目だろう?期待や希望ほど残酷な物はない。やはり人生に対して期待を持たないで生きていた方が後で傷つかずにすむ。高畑は女の子からチョコを貰ったのにも関わらず何か怪しい毒薬でも入っているのじゃないのだろうかと疑っているかのような目でチョコを見た。
「なぁ、俺には彼女がいるってちゃんと言ったよな?ていうか1年生の時からずっと言い続けてきた気がするのだけど・・・・」
「知っている。でも、本当は私からチョコが欲しいのだってわかっているから。」
今度は男共が岩塚百合にドン引きした。丸之内が東山や黒川と本山だけに聞こえるように小声で言った。
「まるで男性アイドルが犯罪をしても擁護しているファンの子達のようだ。やっぱ女の子は現実世界ではなく2次元に限る。」
丸之内が二次元こそ正しいのだと謎の確信を得た。
「男だって悪いのは全部女のせいにしたがる下等生物さ。」
東山がたまにはまともな事を言うと横にいる高畑はもはや何を言っても信じて貰えないとあきらめてチョコを受け取ると満足した岩塚由里は黒川達の方へと体を向いた。
「ところでおばかちゃん達。実は教室に来る前に友達用にくばっていたチョコが余っているのだけど・・・」
周囲に水がまったくなく、喉がカラカラに乾いた灼熱の砂漠の中を彷徨っている時にようやく水が湧き出るオアシスを見つけた探検家のように黒川達は生き返った。
「えぇ!俺らにもチョコをくれるの!?」
本山が興奮した牛のように鼻息を荒くして言うと強い風が吹いてろうそくの炎が一瞬で消えたように岩塚由里の愛想のいい笑顔がふと消えた。
「さっき、私の事を馬鹿にしていたでしょ?そうでしょ?聴こえていたよ。ぜーんぶ。」
灼熱の砂漠の中でようやく見つけたオアシスは願望が見せた蜃気楼であった。
「チョコはあげないけど、おバカちゃん達の酷い顔を見ていたらなんだか哀れに思えてきちゃった!だからチョコを挙げない変わりにいい事を教えてあげよっか!」
「へ?」
おばかちゃん達と言われても否定もせずに反応してしまうおばかちゃん達であった。
「今日、校門の前で原先生が荷物のチェックしていたじゃない。その原先生が生徒から没収したチョコがどこに隠してあるかというと、実は生徒指導室に置いてあるらしいよ。」
「てことは生徒指導室に忍びこめばチョコを盗み放題、食べ放題じゃないか!」
「こらこら、本山。それって泥棒がやる事じゃないか。」
「なに言っている高畑。先生が勝手に人のチョコを没収するのも泥棒の行為じゃないか。」
「それもそうだな。」
「けどさ、生徒指導室にいつ忍び込めばいい?生徒指導室は職員室の隣にあるし、職員室は先生達が四六時中いるじゃないか。」
東山はもう忍び込む前提で話を進めていた。
「ならさ、放課後の時に忍びこめばいい!」
本山は勉強では冴えなくても自分の為になる事にかんしては頭の血のめぐりが冴えていた
「そっか!今日の放課後なら先生達は職員室で会議をしているからその間に生徒指導室には入ってこられないし!」
「おいおい、お前ら本当に実行する気かよ・・・」
「なーに怖気付いているんだ黒川。一生、自分のかーちゃん以外からチョコを貰えない惨めな人生とおさらばしたくないのか?」
東山の言葉を聴いて黒川の中にある潜在意識という殻にわずかなヒビが入った。
「うぅ・・・!だからといって泥棒みたいなマネは・・・」
「ダメだ!チョコを食べるなっっ!!!」




