♰♰♰ 問題児だらけの教室② ♰♰♰
「ところで高畑。お前もう4つもチョコを貰っているのか?」
東山は高畑が開けっ放しにしままま机の上に置いた高畑のかばんの中身に目がよっているものだから黒川や本山も気になって高畑のかばんの中身を覗いてみた。するとノートや筆記用具の中に混じって4つのチョコが入っているのが見えた。高級そうな包装紙が丁重に包まれているチョコやあきらかに手作りっぽいラッピングのチョコなどがあった。それは黒川達が貰ったチョコとは比べものにならないくらい本格的で本命チョコだった。
「ああ。けど、去年に比べたらまだ少ないほうかな。」
自虐風自慢でもなく素で大した事でもなさそうに言った。
それが経験した事がない黒川達にとっては衝撃だった。高畑は学年一。いや学校で一番モテる。こんな田舎臭い高校でアイドルの様な芸能界で作られた顔でもなく生まれた時から天性のハンサムな顔立ちをしていた。おまけに性格も良く勉強もスポーツもできる。生徒会長であり学校行事に積極的に参加をしているから学校中の女の子にモテまくる。モテる事が日常と化しその環境に適応してくると黒川達には重大な問題でも高畑にとってはなんともない日常なのだ。高畑の唯一の罪があるとすれば嫉妬の炎を周囲に燃え広がせてしまう事だ。
「これで少ないって!?贅沢な奴め!アフリカに住んでいるチョコが貰えずに飢えている子供達に謝れ!」
「そうだ!チョコが貰えなくて餓えている俺らに謝れっ!」
高畑は何にも危害をくわえていないのにチョコを人よりも多く貰えた事で本山や東山に責められていた。
「そんなに欲しいのならやるよ、ホレ。」
高畑が鯉に餌を与えるみたいに貰ったチョコを手で摘んで宙にブランコのように揺らした。
「ほーれほれ。こいつが欲しいのだろー」
黒川達は池の水面から顔を出して餌を下さいと言っている鯉のように口をパクパクと開けさせた。
「そいつを俺によこせ!」
本山が高畑の手からチョコを奪い取ろうと手をのばしたのだが、高畑は高身長を生かして素早く腕を高く上げて本山からチョコを奪われるのを阻止した。
「そんなに欲しいのならやるよって言ったじゃんか!」
「確かにチョコをあげると言ったぜ。だが、その前に金が先だ。ラグビー部のマネージャーに払った分の金と同じ料金を俺によこせ。」
高畑が開いている片方の手の平を出してさぁ、持っている金を俺によこせとジェスチャーをした。本山と東山は自分のズボンのポケットから財布を取り出して中身を確認したが札束がなかったようだ。黒川もチョコを貰えなかった恥ずかしさを味わうくらいなら高畑に賄賂を払おうとしたのだが、新作のゲームを勝ったばかりで金がとっくに付きていた。
「ああ、クソ!」
「なぁ、代金は後払いでもいいよな?」
本山は財布をひっくり返してみたが、無料でもらったコンドームだけが床に落ちた。
「だめ。」
まるで犬のしつけのように本山の提案は速攻で却下された。
「お前らは勿論金で買収したそのチョコをチョコが貰えなくて飢えているアフリカのかわいそうな子供達に与えてやるつもりなのだろうな?」
「俺らだって飢えているかわいそうな子供だっ!」
東山がズボンの両側のポケットの中をあさってみたが出てきたのは糸くずのみだった。高畑は偽善者たちにチョコを渡してはならないとチョコをかばんにしまった。
「けどよ、高畑。お前よく人から貰ったチョコを売り渡せるよな。」
バレンタインデーのチョコに長年飢えている黒川からしたら信じられない行為に見えた。
「だって俺は彼女以外のチョコを食べる気ないし。」
「一度は言ってみたいよな~そのセリフ。」
本山が憎ったらしい半面で羨ましそうな顔をしていた。
「でも、女の子からチョコを貰う前にちゃんと自分には彼女がいる事を説明したのか?彼女以外の子からチョコを貰う行為も彼女を裏切る事になるじゃないか。」
東山が尋ねると高畑はうつむいてまだ今日は始まったばかりだというのにもう仕事でくたびれて家に帰ってきた父親のように溜息で吐きだした後でその質問に答えた。
「勿論したさ。けど、いくら他校に幼馴染の彼女がいると説明しても女の子には聴こえてないらしんだよ。」
高畑は自分の苦労を他人に理解して欲しかったのだが、彼女がいた事も女の子に言い寄られた事もない本山と東山と黒川の3人にとって高畑の苦労がまったく理解できなかった。むしろ彼女がいようが女の子に言い寄られるなんて女の子に遠ざかれる自分達からしたら贅沢な悩みな気がしてきて東山はなんだか高畑に対してだんだんムカついてきた。
「その悩みの一体どこの悩みだ!?むしろ贅沢な悩みじゃないか!俺の悩みとお前の悩み、どっちが重いの今すぐにかわからしてあげようか!?えぇ!?」
「むしろその悩みは俺に対するイヤミなのか!?喧嘩売っているのか?そうなのかー!?」
本山も頭が破裂しそうなほど高畑にジェラシーを燃やしたが対する高畑は冷めた反応だった。どうやらイケメンの顔に恵まれた男にもイケメン税を払わなきゃいけないようで高畑にしか理解できない苦労があった。
特にアイドルに結婚して欲しくないと思っている女の子達に高畑の幼馴染の彼女の事をブスだの性格悪いだのと噂され、彼女と近々別れそうなど自分達にとって都合の良い妄想ドラマばかり勝手に信じ込まれていて、彼女がいるのにも関わらず女の子に言い寄られるイケメンも苦労していた。だが、それでも一度はそういう贅沢な悩みを味わってみたいと黒川は思わず羨ましい本音を声に漏らしてしまった。
「けど~いいよなー。俺も一度くらいモテる苦労を味わってみてー」
バレンタインデーの勝ち組にとっちゃバレンタインデーに誰が一番みじめなのかを決める最下位決定戦なんてなんともちっぽけなピラミッドの一番真下の底辺による底辺らしい争いとしか見えなかった。黒川はなんだか増々自分がみじめに思えてきた。だが、毎年必ずやってくるこの憂鬱になる日をやり過ごすのには日常での鬱憤をネットで晴らす荒らしのように誰が最下位なのかを決めて自分は最下位よりもマシなのだと優越感を感じることで自分を慰めるしかない。
けど、そう思っていた黒川の矢先にも一足早い春の風が吹いた。
「黒川くん。ちょっといい?」
教室の後方のドアから黒川を呼ぶ甘い声が聞こえてここにいる皆が一足早い春の風の悪戯じゃないのだろうか?と誰もが耳を疑った。なぜなら黒川を呼ぶ声の主は女の子の声だったからだ。この日に女の子に声をかけられるのはどういう事なのか誰にでも察しがつく。本山と東山はお互いに顔を見合わせると間違いだろうと声がした先を見た。どうやら気分が沈み落ちていた黒川を哀れんでくれる慈悲深い女神がこの世に存在したらしい。
「み、瑞穂さん!」
黒川と教室が違う瑞穂さんは黒川達のクラスには入らずに教室の後方のドアの後ろで黒川に軽く片手を振り何やら気恥ずかしそうに体をもじもじさせて黒川が来るのを待っていた。
瑞穂さんは大人しくて優しくて普段は女の子に避けられる黒川でもまともに会話してくれる黒川にはもったいないくらい天使のような子だ。よーく見ると瑞穂さんが片手を背中の方に隠している。そこからピンク色の箱らしき物が隠れているのが目に見えた。それが一体何なのかだいたい察しがつく、黒川は瑞穂さんに背を向けると東山や本山にわざと魅せつけるようにさりげなくガッツポーズとイヤミな笑顔を見せつけて瑞穂さんの所へと駆けつけて行った。先ほどまでは本山と東山が賄賂とはいえ女の子からチョコを貰った事を黒川に自慢してきた事にイラつかされていたのに、いざ自分が女の子からチョコを貰えるかもしれない立場になってみると黒川も人にされて嫌に感じるような事を他人にしているのであった。
黒川の背後から
「裏切り者ー!恥を知れー!!」
「一人抜けはしない約束をしたじゃんかーこの薄情者ー!」
と本山と東山の負け惜しみと覚えがない友情を押し付けられていた声が聴こえてきた。黒川は瑞穂さんからチョコを貰える事で頭がいっぱいで本山と東山の嫌味はなんとも思ってなかった。教室に取り残された3人は黒川の様子を注意深く見守っていた。すると、なんと黒川が瑞穂さんからチョコを貰っているではないか。
「おいおい、嘘だろ?頼むから嘘だと言ってくれ!黒川にチョコを渡す慈悲深い女性がこの世に存在していたのかよ~あ~いやだいやだ絶対にいやだっ!黒川以下になるなんて俺はいやだ~~~!!!」
本山が頭を左右に降って言うと東山もうろたえながら言った。
「ああ!そんなっ!神は無慈悲だ!黒川が俺達より上じゃあ俺らは黒川よりみじめになるじゃんか!」
高畑は本山と東山にあきれた目線を送りながら言った。
「お前ら素直に喜んであげろよ。黒川と友達だろ?」
高畑の言葉に気を悪くした東山に速攻で否定された。
「黒川と友達?ふんっ!そもそも俺らは黒川とは友達なんかじゃねぇ。」
「お前らいつも黒川達と仲良くつるんでいるじゃんか?」
「黒川といつもつるんでいるのは俺らよりも下には下がいると思うと安心出来るからだ。」
本山が正直に言った。
「そうそう。黒川みたいなのがいる事で俺らが優越感を感じられるのさ。」
東山が自分の醜さを隠す事も恥じる事もなく言った。
「お前ら性格悪・・・」
「おめーみたいな何も苦労もせずに幸福が手に入る勝ち組は俺らみてーな幸福になる為の苦労や努力をしたくなくて、でも幸せにはなりたいから誰にでも簡単に出来る他人の足をひっぱる事を考える人間の気持ちを理解できねぇんだよ!」
高畑は何も悪い事をしていないのに本山に怒られた。
「理解したくもない・・・。」
高畑はもうこいつらに何を言っても無駄だし、相手にするのが時間の無駄じゃないのかと思っていたら黒川が片手にチョコを持ってこっちにやってきた。
「やったじゃないか、黒川!」
高畑は椅子から立ち上がって黒川の片腕を叩いて心から黒川を祝福してあげた。だが、黒川はなぜか浮かない顔をしていた。
「いや、その・・・。」
本山も東山はお互いに顔を寄せ合い、浮かない顔をしている黒川に期待を込めて嫌味な顔を作って黒川からの言葉を待った。黒川のチョコを持っている手がスッと前に出てきた。
「これ、高畑に渡してだって・・・」
本山と東山はいっきに吹き出した。
「あっはははっ~!!!!!!やっぱ黒川は俺達の期待を裏切らないよなっー!」
東山の目には涙が出るほど笑っていた。高畑は黒川になんだか申し訳なさそうにしてチョコを受け取った。女の子からチョコを貰う事に後ろめたさを感じるのは高畑くらいだろう。
「おめでとう!黒川!『バレンタインデーの日にいちばんみじめな奴は誰なのかを決める最下位決定戦』で見事、グランプリを取れておめでとう!!!!!!」
本山がまるで惨めな最下位にならなかった自分を祝福するかのように黒川を祝福した。高畑は黒川が落ち込んでいないか様子を伺っていたが、黒川は本山と東山の残酷なからかいが耳に入らないほど落ち込んでいた。期待した分だけ落ち込んだ。その期待の高さはナイアガラの滝の高さに匹敵する。そして期待に裏切られた時、黒川はナイアガラの滝から落ちた。
どうして瑞穂さんが自分にチョコをくれるのじゃないのかと甘い思い込みをしていたのだろうか?冷静に考えてみれば瑞穂さんからメールアドレスや利用しているSNSを教えて貰った事もなく、デートをした事さえないとすれば普通ならばチョコを貰えるかもしれないとは考えなかった。そもそも黒川と瑞穂さんにはお互いにスプラッター系のホラー映画が好きな共通点だけで会話が成り立っていた。
女の子と共に過ごした事がない黒川にとっては男女の友情の内に入る事だけでも自分の事を好きじゃないのかと甘い期待を持った。黒川の事を笑っている本山だって通りすがった女の子とたまたま目が合っただけで自分の事を好きじゃないのだろうかと思いこんだりして人の事を笑えなかった。恋をすると人は自分を客観視できなくなり、期待をふくらませた風船が割れるその日まで膨らませていき、自分にとって都合のいいドラマだけを真実だと思い込む魔法にかかってしまう。都合の悪い話はそれが例え事実だとしても強風がふく風の中へと吹き飛ばしてしまう。だが黒川の期待の風船はいっきにしぼんでいった。これからは何も期待しないで生きていこう。その方が後で後悔した時のダメージが少なくてすむだろう。
「はぁぁ~俺にチョコを渡してくれる女性が果たしてこの世にいてくれるのだろうか?」
その時、ちょうど黒川の後ろを通り過ぎようとしていた神宮西明美とぶつかってしまった。
「あたっ!ご、ごめん。大丈夫か?神宮西。」
神宮西明美とぶつかった衝撃で長い髪が顔にかかった。顔をあげると綺麗な整った形をしている目で黒川の事をじっと見てきた。黒川は怒らせたと思ったが、神宮西は何も言わずに落ちたかばんを拾い上げると急いで自分の席にへと向かって行った。
「なにも睨む事ないじゃんか、誤ったのに・・・」
近くで黒川の言葉を聞いていた本山が黒川に言った。
「神宮西に誤る必要なんてないない。そりゃあ、黙って見ていれば髪はサラサラでつやつやしていてキレ目の古風な美人だけどさ、父親が犯罪者で今は刑務所にいるとか、中学生の頃に妊娠して中絶したとか、ろくな噂を聞かないし、せっかく人が親切にしようとしても無愛想な返答をされるだけだし。」
「それは神宮西が無愛想というよりも本山を避けているだけだ。」
東山が本山の事をからかうと本山は虫を追い払うように東山を手で追い払う仕草をした。
「まぁ、とにかく神宮西の事なんかムシムシ。」
「そうだよな・・・けど、神宮西って今日は学校に来るのだな、いつもはめったに学校に来ないのに。」
「さあ、どうしたのだろうな?」
黒川はなぜか神宮西の事が心に強くひっかかった。




