♰♰♰ 破壊神にも人の心 ♰♰♰
生徒達が未来の話をするのにはまだ早かったのかもしれない。
生存した生徒達は理科室を出て以来ゾンビから逃げ切るのに休む暇もなく、当初は誰もがゾンビに捕まってはいけないという極限状態に緊張しながらゾンビから逃れようと全速力で逃げてきっていたが、ゾンビを教室に閉じ込める作戦が成功した今は少し心に余裕を持てるようになった。
緊張が溶けると皆、まるでピクニックに向かう前の小学生の頃に戻った時みたいに声を大きくあげてテンションがいつも以上に高くなりながら自分達のゾンビと戦った武勇伝を互いに誇りあっていた。理科室から出る前は自分達がゾンビをやっつけられるなんてわからなかった。だが理科室から出た途端ゾンビから逃げる事しかできなかった生徒達は自分達の力だけで化物をやっつけてみせたのだ。
今はどうして理科室に逃げる前の自分達はゾンビを倒せなかったのだろう?と難しいと思っていた事が案外簡単に出来てしまったと事にゾンビに怯えていた頃の自分の情けなさを思い出してはお互いに笑いあっていた。
理科室にいた時と違うのは理科室ではゾンビがいない中で安堵できたが、ここはゾンビがいる中で安堵出来たという事だ。トイレのスッポンを肩に担いで皆から距離を起きたいかのように先頭を進んでいた名城は一足早く階段を降りて3階と繋がっている階段の上へと着いた。
だが、これから3階へと降りようと階段の下を見た破壊神がいきなり動きを止めた。たった一人が動きを止めただけで後から追いついた生徒達に動揺が走った。いつの間にか皆は名城一人に頼り切っていたのだ。動揺している空気を察して神宮西がわざわざ名城の隣まで行って名城にどうして立ち止まっているのかを尋ねた。
「どうしていきなり立ち止まったの???」
「そうよ!早く進まないと炎がこっちまで来ちゃう!!」
みきがヒステリー気味に騒ぎ出したのも無理がない。自分達がゾンビ達に追われないように第2校舎につけまわしていた炎のツケが今度は自分達の元に迫ってきている。
生徒達がいる階段でも焦げ臭くて何かが割れるような音がし、体の細胞の一つ一つにひしひしと熱を感じつつある。どうかこの体から流れる汗が恐怖や熱さから来る汗ではなく、運動したから流れ出た汗でありますよーに。と誰もが願っていた。名城は横にいる神宮西に顔を向ける事もなく顔を横に振った。
「俺にはどうしても殺れない。」
ついに名城がひ弱ったのか?今まで名城の破壊神ぷりを見てきた黒川には俄には信じがたい言葉だ。
「今の季節は冬だ、学校中の窓が締め切っている。煙が校舎の中にこもっているから早くここから立ち去らねぇと俺達は背後にある炎に焼かれるよりも前に一酸化炭素中毒でやられちまう!」
名城からの返事はなかった。黒川は異常な事があるに違いないと名城がどうして階段を降りないのか理由を知る為に名城が見ている階段の下を向いた。
すると下の階段に小柄で山吹色のスーツ姿の国語教師の八事先生と数学教師らしく紺色のスーツ姿の桜山先生がいた。
黒川も息をするのも忘れて口を開きっぱなしにしたままその場に立ち止まってしまった。やがて一呼吸すると名城の方を向いて名城の肩を叩き黒川が初めて名城と打ち解けたかのように同情の目を名城に向けた。
「お前の気持ちはわかる。八事先生は殺れないよな。俺らが授業中に寝ていても許してくれたし・・・・」
生徒達の心に荒ぶる破壊神にも人間の心があったと知って先程の動揺心からすっかりしんみりとした空気が漂った中でフランスパンをがぶりつきながらみきが言った。
「じゃあ、八事先生を殴るのは止めにする事にして、後ろにいる桜山先生ならやってもいいよね!」
「それなら俺もやる!」
「私も!」
「私も!」
「俺も!」
ほとんどの生徒達が手を上げた。ゾンビでさえ一匹も倒す事ができなかった麻子でさえ手をあげた。桜山先生は生徒を教育の力で従わせるのではなく、怒鳴って恐怖心だけで生徒達をしつける教師だった為に生徒からはまったく尊敬されていなかった。残念ながらそれが教育の為だと勘違いしている教師は多い。黒川が皆に向かって言った。
「よぉーし!じゃあ皆でやろう!」
生徒達は八事先生には一切、誰も手をつけなかった。むしろ通りかかる時に一礼をした生徒もいるくらいだったが、桜山先生は皆からタコ殴り状態になった。




