第82話 さらば王都ネビュヘート
レヴィード達がネビュヘートに滞在して早10日が過ぎた。レヴィード、アインス、フィーナは人形遊舞の修行をコツコツ続けていた。
「お、おおっ…」
レヴィードが操る人形はとんでもない佳境にいた。片膝で立っており、プルプル震えながら膝を伸ばして立ち上がっていく。
グッ…グググ…
(た、立ってる…。人形が立った!)
人形が初めて直立に立ち上がってレヴィードは万歳したくなったが堪えて集中を続ける。
カタッ、パタンっ!
「うーん。イイ線行ったんだけどなぁ」
レヴィードは人形の右足を軽く上げてちょこんと前に踏み出させた後に左足を動かそうとしたが、人形は左へと倒れてしまった。
「レヴィードやったじゃない!私なんかやっと四つん這いを維持できるくらいなのに」
「俺も片膝立ちが限界だが…先を行かれたか…」
フィーナは羨望を、アインスは嫉妬の眼差しをレヴィードに向ける。しかし、3人の成長ぶりにはパシェリーも目を見張るものがある。
(驚きました…。たったの10日でここまで出来るようになるなんて…。特にレヴィード殿、立ち上がらせて歩かせる、一歩踏み出すだけでも私は1年掛かったのに…)
パシェリーも助けられた恩義から王家の秘伝を教えた訳だが、想像を越えるレヴィード達の上達ぶりに後生恐るべしと舌を巻くばかりである。
「レヴィード殿。凄く上達しましたね」
「はい!パシェリー様のご教授の賜物です」
「いいえ。私は少し秘伝の理論とやり方を教えただけです。こんな短期間でここまで成長したのは皆さんの努力が大きいですよ」
パシェリーはそう褒め称えながらレヴィードの頭を撫でる。
「あ、ごめんなさい…」
「いいえ。結構慣れちゃってるんで平気です」
パシェリーはレヴィードの見た目で思わず子どもへの対応をしてしまったがレヴィードの中身は19歳の男である。失礼と思ったパシェリーだがレヴィードは全く気にも止めていなかった。
「そうだ。ここまでの修練で秘伝がどれ程身に付いたか試してみませんか?」
「え?」
パシェリーの一言から、レヴィード達は地下室から闘技場へと移動し、レヴィードとパシェリーが相対する。
「あの…大丈夫ですよね?」
「はい。私も全力で受け止めますので、遠慮なく来て下さい」
パシェリーは眼帯を外してレヴィードの魔法に身構える。
「じゃあ行きますよ。海龍水禍」
レヴィードは必殺の魔法をパシェリーに向けて放つ。
「陽光鏡盾」
それに対してパシェリーが魔法を唱えると淡い光を放つ丸い鏡のようなものが現れ、レヴィードが放った水の龍の顎をせき止めた。
ジャッバジャバジャバ…キュイーーン
しばらく水の龍と鏡の盾は拮抗したが、水の龍が天高く弾かれて四散し、ザーッと通り雨のような冷雨を降らせる。
「どうですか?」
「はい!凄いです。まだまだ動けますし、あと3~4発は撃てるような気がします。本当にありがとうございます!」
以前のレヴィードは大魔法を1発撃ったら動けなくなる程の疲労がドッと襲ってきたが、今は継戦に何の支障もないくらい元気に動き回れた。人形遊舞の修行は着実にレヴィードの血肉となったのだ。
「そのように仰って下さるのでしたら、私も秘伝を伝授した甲斐がありました」
「はい。これに合わせて大魔法を2つ作りましたし、もっと精進します!」
レヴィードがパシェリーに一礼した時、遠くからターシャが駆け寄ってきた。
「レヴィード様、こちらにいらっしゃったんですね」
「どうしたの?」
「それがサメラさんからレヴィード様に封書が届きまして至急見せるようにと」
「サメラさんから?」
レヴィードはターシャから封筒を受け取ると、早速破いて中身を読んだ。
「ほぅ…」
「レヴィード。何が書いてあるの?」
先程まで見学していたフィーナとアインスも近寄ってくる。
「僕の指名手配解除が決定したって」
「やりましたね!」
「もう全国の冒険者ギルドでは指名手配は無効になってるし、明日の新聞で一般にも告知されるって。それにカエデさんもついでに解除されてるよ」
「カエデさんも?」
「僕一人が免除なのにもう一人はそのままはおかしいっていう辻褄合わせだろうね。まぁ現にカエデさんが狙ってるのは勇者本人ではなくお供のブゾウだし、勇者暗殺ではないのは本当だけど」(それともパシェリー様の虹の瞳でカエデさんの話を又聞きされたかな…?)
レヴィードの指名手配が解けて一同は喜ぶが、それはネビュヘートから旅立つべき時が来たことも意味する。
「いつまでもお世話になりっぱなしという訳もいかないよね」
まだまだ人形遊舞を極めきっていないレヴィード達は惜しそうな顔をする。
「あの…どうなさいました?」
集まるレヴィード達の元にパシェリーもやって来る。
「はい。サメラさんからの連絡で僕の指名手配が解除されたようです。今まで本当にお世話になりました」
レヴィードが跪くと、フィーナもアインスもターシャもそれに倣って膝を着いた。
「そうですか。良かったですが寂しくもありますね…。いつ頃、旅立たれますか?」
「これ以上御迷惑は掛けられませんし、今すぐにでも仲間を集め静かに出立する予定です」
「レヴィード殿。お顔を上げて下さい」
パシェリーは跪くレヴィードと同じ目線になるようにしゃがんで語りかける。
「貴殿方が滞在している間、迷惑だなんて思った事は一度もありません。人形遊舞の修行はもちろん、他の些細な出来事も私にとっては良い思い出でしたよ」
「そのように仰って下さり恐悦至極に存じます」
「それでどうでしょうか。私の感謝の意を込めて今宵レヴィード殿達の送別会を開かせてくれませんか?」
「はい。女王陛下の御心遣い、ありがたく頂戴致します」
女王陛下にここまで言わせておいて断るのは無粋と思ったレヴィードは当初の予定を曲げて出立を明日に延期する事にした。
その日の夜、城の奥にある大広間にてレヴィード達の送別会が盛大に開かれた。テーブルにはレヴィード達が初めて城で用意されたものよりも質も量も豪華な食事が並ぶ。これはネビュヘートの水路に水が再び流れて都が復活を果たし、止まっていた物流と経済が回り始めたためである。
「最初、君は泣き虫で頼りなくて後ろをついてくるだけだと思ったけれど~♪いつの間にか君は強くなって一緒の歩幅で隣を歩いていたね~♪千の晴れも雨も一緒に乗り越えてもう当然だから笑うかもしれないけど、これからも歩いてくれますか、僕の隣を~♪」
大広間に臨時で設営された簡素な舞台ではエルピィが美声を奮わせていた。一応、公の場のため魔族の角は隠しているものの、パシェリーからの借り物なのかティアラと白のドレスを纏い、姿は歌姫そのものであった。
「あんな子、城にいたっけ?」
「歌綺麗だし、可愛いなぁ」
「でもあの子、魔族らしいぞ」
「えっ、なんで魔族が!?」
「何でも女王陛下直々に召し抱えたそうだ」
エルピィの認知度はまだまだといったところだが、女王陛下の威光かそれとも本人の魅力なのか、今のところ魔族だからと差別を受けていない。
レヴィードは透き通ったエルピィの歌を大広間の片隅で静かに聞き入っていた。
「楽しんでいられてますか?」
「あ、パシェリー様」
パシェリーがやって来てレヴィードは背筋を伸ばすが、パシェリーはそのまま楽にと促した。
「一介の冒険者である僕達にこんな豪華な宴、ありがとうございます」
「いえ。兵達の慰労も兼ねていますので気にしないで下さい」
パシェリーは穏やかに微笑んでレヴィードと杯をキンと交わす。
「それでパシェリー様。一つ伺いたいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
「どうしてエルピィを迎え入れてくれたのでしょうか?」
確かにエルピィはアグマニーアの謀反の事件解決のきっかけとなった立役者だが、世間の魔族の風評を考えればエルピィを手厚く保護する事は王族にとって批判の的になる可能性が高い。パシェリーがその危険性を度外視してまでやるにはあまりにも旨みがなく、恩義だけではない何かがあるのではと思ったからレヴィードは訊ねてみたのだ。
「そうですね…。なんと言えばいいか…、もしかしたらあの子は私だったかもしれない、からでしょうか」
「エルピィとパシェリー様が同じ?」
「私の虹の瞳、本来ならば異端の力と忌み嫌われ迫害されていたでしょう。しかし私は王族の生まれ故、そういう事もなく今日まで生きてきました。けどエルピィさんは魔族というだけで忌み嫌われ迫害されてしまいます。もしそれが自分の身だと考えたら…何だか他人のような気がしなくて多少無理でも保護することにしたんです」
パシェリーは舞台上で歌うエルピィを、まるで妹を見守る姉のような眼差しで眺めながらエルピィへの想いをレヴィードに聞かせた。
その後、送別会はお開きとなり、レヴィード達は城での最後の就寝の時間が近づいていた。レヴィードはトイレを済ませて部屋に戻る途中、イオラに会った。
「あ、レヴィード様」
イオラはお辞儀をして挨拶すると、レヴィードに一歩近寄る。
「何か?」
「あの…改めてお礼を言いたくて」
「お礼?ああ、パシェリー様を救ったことならもう…」
「いえ、そうではなくて…。女王陛下を…、いいえ、パシェリーちゃんを元に戻してくれてありがとうございました」
イオラは先程よりも深くレヴィードに頭を下げるが、レヴィードはイオラの言っている事にピンと来なかった。
「パシェリー様を元に戻す…?」
「アグマニーア様を追い詰める時、レヴィード様はパシェリーちゃんに虹の瞳を使うように言って下さいましたよね」
「まぁ、そうでもしなければ収拾が着かなかった訳ですし…」
「…パシェリーちゃんは自分の力のせいで王太后様が自害なさったと思ってから、自分のせいだと責め続けて今まで素直に笑うことがなかったんです…。私もどんな風に励ませば良いのか分からなかったんですけど、レヴィード様の言葉がパシェリーちゃんの心に響いて虹の瞳と向き合って、また笑顔を見せてくれるようになりました。昔に戻ったみたいで嬉しいんです」
「それでですか。それなら何にも気にしないで下さいよ。勇気を持って力を使おうと踏み出したのはパシェリー様自身なのですから。僕はせいぜいちょんと背中を押しただけですよ」
深々と頭を下げるイオラに対してレヴィードは笑みを浮かべながらさらりとそれだけ告げ、部屋に戻っていった。そんな飾らない態度のレヴィードを見送るように、イオラはレヴィードが見えなくなるまで頭を下げていた。
翌日。城の前にはレヴィード達を見送ろうとパシェリー、エルピィ、イオラ、クシカなどサラーサ大陸で出会った人物が並んでいた。
「それでは女王陛下。そしてネビュヘートに務める兵士、女官の方々。長い間、お世話になりました」
「こちらこそ。サラーサを救ってくれた英雄レヴィードの名、ネビュヘート家の歴史に刻みます」
レヴィードとパシェリーは互いに手を伸ばし、握手を交わした。
「いつでもネビュヘートにお越し下さい。歓迎致します」
「はい!再びサラーサに来た時には必ずお伺います」
レヴィードとパシェリーの手が離れるとエルピィが前に出てきた。
「レヴィードさん、本当にありがとうございました。私、女官の仕事やレジーナさんの考古学のお手伝いをしながら一生懸命勉強して、魔族は他種族と共存できる存在だという証になれるように頑張ります!」
「良い目標じゃないか。頑張ってね」
「はい!」
「それでは名残惜しいですが…クシカ。レヴィード殿達の護送、よろしく頼みます」
「はっ!あれを持てぇ!」
パシェリーに頼まれてクシカは力強く返事をすると、部下に指示を飛ばして何かを連れて来させた。
「ブルル…」
兵士が連れてきたのは荷車に繋がれた鼻息が荒い3頭の砂牛である。しかしホルティアの遠征で連れたものと比べて一回り程大きい個体であった。
「これは私直々に育てた砂牛でな。城にいる砂牛の中でも一番足が速い連中さ。こいつらでイーカまで送ってやろう」
クシカは自慢げに砂牛を撫でるが、レヴィード達は少々気まずそうな顔をする。
「ん?あー、安心しろ。お前達がヤトマに行きたいのは女王陛下から聞いている。だがここからイシュタンに直接行くよりもイーカまで送って砂列車に乗り換えた方が早いのだ」
「砂列車…、イーカにあった大きな建物から出るというやつですね」
「そうだ」
もしかしてスタビュロに逆戻りかと思ったレヴィード達だが、パシェリーの気の利きように感謝した。
「それでは皆様。お達者で」
「レヴィードさん。いってらっしゃい!」
「お元気で~!」
「皆様こそお元気で!今まで、ありがとうございました!」
パシェリー達の別れの言葉に対してレヴィード達は一礼して砂牛の荷車へと乗り込んだ。
章の終わりっぽいサブタイトルですが次回こそがサラーサ事変の最後です。




