第83話 発進、砂列車!
クシカ自慢の砂牛だけあって、普通の砂牛ならば2~3日掛かるであろう砂漠を日中の内に走破し、イーカには夕食にちょうど良い時間くらいに到着した。
「クシカさん、ありがとうございました」
「女王陛下と王都を守ったのだ。その恩人にこのくらいの礼、女王陛下の命令がなくてもやっていた。…あ、そうだ。女王陛下と言えば、これを渡すように頼まれていたのだった」
クシカは自身の荷物から箱を取り出し、それをレヴィードに渡した。
(なるほど。直接やり取りしたら僕が断るから、断れないようにクシカさん経由で渡してくるか)「ありがとうございます」
「それじゃあな。アタシは砂牛を見ないといけないし、町の外で泊まってから明日戻る」
「はい。帰りの道中、お気を付けて」
「そっちもな」
クシカはやるべき仕事を終えてイーカの街中に消えた。
その後、レヴィード達も明日の出発に備えて適当な宿屋を取り、部屋の中でクシカから受け取った箱の中身を確認する。
「これは…!」
箱の中身にレヴィードは顔を綻ばせる。
「…これがレヴィード様達が使ってた魔法の修行の人形ですか?」
「そうだよ」
なんとネビュヘート家の秘伝の修行で使っていた人形遊舞用の人形と指揮棒が一組入っており、人形にはパシェリー直筆のメモが貼られていた。
『本来ネビュヘート家の秘伝は教え広めるものではありませんが、レヴィード殿達の才能を見込んで人形をお譲りします。いつか人形を踊らせるようになった暁には是非見せて下さい
パシェリー・ネビュヘートより』
「パシェリー様…」
パシェリーの心遣いにレヴィード、フィーナ、アインスは小さく頭を下げた。
箱の中身は人形以外にもあり、チャリチャリと音がする小袋と紐で纏められた金属の薄い板である。
「小袋はお金だね」
レヴィードが小袋を開けると金貨が5枚出てきた。宿賃として使えということだろうが、レヴィード達8人が1泊で掛かる宿賃は銀貨と銀符それぞれ4枚、金貨1枚のおよそ半分程度の価格であり、過剰である。
一方、紐で纏められたプレートは全部で8枚あり、パッと見は冒険者プレートに似ているが、少し小さく縁の一辺が波打っていて違うものだとすぐに分かった。
「砂列車…特別席券?」
レヴィードがプレートの束から1枚を引き抜いて刻印された文字を見るとそう書かれていた。これについてレヴィードが宿屋の主に訊きに行ったところ、砂列車に乗るためには事前に乗車券を買う必要があり、普通のものでも一人分銀貨5枚、パシェリーが用意してくれた特別席券は一人分金貨1枚と高額で庶民ではなかなか買えない代物だそうである。
宿泊費から移動費、さらには秘伝の道具まで渡してくれる至れり尽くせりぶりにレヴィード達はただただ頭が下がるばかりである。
翌朝になって、レヴィード達は宿で朝食を済ませてから砂列車の発着場の建物に入った。
「たくさん人がいますね」
ターシャの言う通り、建物の中には多くの人が行き交い、冒険者らしき格好の者の他にもイーカの住民の姿も見受けられた。
レヴィード達は入口にある建物の案内板を見ると、発着場は3階建てのようで1~2階は住民向けの生鮮食品や日用雑貨を扱う商店として機能し、3階が乗車券の販売所と土産物屋、屋上が砂列車の発着場、という構成である。
「へえ。出発する時間まで少し余裕があるし、土産物屋でも覗いてみるかな」
レヴィード達はサラーサに到着してから渇水の問題やアグマニーアの謀反など緊迫な場面が多かったため、穏やかな観光気分に浸っていた。レヴィード達は既に旅の準備を済ませていたため3階まで直行して土産物屋を覗く。
「おお…」
土産物屋にはサラーサで採れた宝石を加工した装飾品や置物、砂漠の熱を利用して作った饅頭などの銘菓、砂列車の中で食べる弁当など、幅広い品が棚に並ぶ。レヴィード達はいくつかのグループに別れて各々が興味があるものを見る。
「わぁ…綺麗…」
レヴィードとフィーナとラティスは装飾品のコーナーを見ており、フィーナの目に留まったのは黄色の宝石が銀の葉に包まれたような飾りが付いた耳飾である。
「試しに着けてみる?」
「まぁ試すくらいなら…」
レヴィードに促されてフィーナはその耳飾を手に取って耳に当てて鏡を見る。口にはしないがフィーナは気に入ったようで口元がにやけそうになる。
「どう?」
「とっても綺麗だと思うけど…」
「よし。買おう」
「えっ…」
レヴィードはフィーナからそれを取るとそそくさと会計に行ってしまった。フィーナとラティスは追うが、既に会計は終えてしまっていた。
「レヴィード、良かったのか?それかなり値が張ってただろう」
ラティスが心配するように耳飾の値段は銀貨3枚。3~4人組くらいの冒険者パーティーが回復薬や携帯食などの旅支度のアイテムを買い揃えられるくらいの値段である。
「良いんだよ。ようやく渡せるから」
「どういう事?」
「だいぶ遅れたけど、誕生日おめでとう」
レヴィードは丁寧に包装された袋をフィーナに渡す。
「…」
「ほら。あの時、渡すつもりだったけどリューゼ王子に壊されちゃったからね」
レヴィードが言うあの時とは前世の命日になった時である。フィーナの誕生日にとロマニエの流行りの店で買ったピンクの花の髪飾りを然るべきタイミングで渡すつもりだったが、その前に死んでしまったのだ。
「いつかは買おうとは思ったけど、ちょっと照れ臭くてね。やっと買えたよ」
「…ありがとう…」
フィーナは目を潤ませながら袋を愛しそうに眺めた。
「砂列車発車まであと15分前となりました!ご利用のお客様は急ぎ搭乗して下さい!」
音響石が仕込まれた拡声器を持って男性の職員が叫んでいた。
「もうそんな時間なのか」
土産物屋ですっかり遊んでいたレヴィード達は案内に従って発着場への長い階段へ向かった。階段の前には改札口と呼ばれる数mのカウンター席が3つ並び、それぞれに受付の職員が1人立っており、それぞれのところに乗客が並んで手続きしているようである。レヴィード達も並んで順番が来ると、パシェリーから貰った乗車券を受付に見せた。
「…!特別席ですね。それでは先頭から2つ目にある金色のラインが引かれた車両にお乗り下さい」
特別席券は高いということで珍しいせいか、受付の職員はレヴィード達を二度見したが特に問題なく通過して階段を上っていった。
レヴィード達が階段を上り切ると晴天の光が降り注ぐ屋上に出た。
「おお…これが砂列車」
「でっけぇだよ」
「計測。全長140mあります」
レヴィード達が目にした砂列車はまるで鉄の大蛇であった。銀色に煌めく巨大な箱が5つ並び、両端には鳥の嘴のように尖った頭が付いていた。
「金色のライン…あれかな」
レヴィード達は受付の職員が言った金色のラインが引かれた車両を見つけ開いている入り口を潜る。
「わぁ~。まるでお屋敷みたいですね」
「…ほぅ」
「さすが高いだけあるな」
車両内には赤い絨毯が敷かれ、ゆったりとしたソファーのような2人掛けの座席2つが向かい合わせになっているものが通路の左右に7組並び、大きい窓からは外の景色を広い範囲で眺望できる、まるで豪邸の客間のようであった。他の客も見当たらず、半ばレヴィード達の貸し切り状態である。レヴィード達は左右に4・4に別れて座席に腰をおろした。
ガラガラ
レヴィード達が座席に着いてしばらくすると前方のドアが開いてピシッとしたスーツ姿の女性の添乗員が現れた。
「本日は砂列車特別席をご利用して下さり誠にありがとうございます」
席に座っているレヴィード達に女性はお辞儀をして挨拶をする。
「私は特別席責任者のキュリアと申します」
「特別席責任者?」
「はい。お客様がイシュタンに到着するまでのおよそ4時間程の間、私共スタッフ一同が快適な環境をお客様に提供できるよう尽力致しますのでよろしくお願いします」
「なんかのサービスって事ですかね?」
「左様でございます。座席の横にあるポケットに挿入されているパンフレットに記入されている事でしたら対応しますので、何かありましたらそちらにある呼び出しボタンを押して気軽にスタッフをお呼び下さい」
レヴィードはキュリアの言う通りにパンフレットを見てみると、ジュース・酒・軽食の提供や具合が悪くなった際の治療、変わり種ではチェスやトランプなどの遊戯の相手、となかなか幅広いサービスをしてくれると感心する。
「へぇ。色々やってくれるんですね」
「はい。快適な砂列車での時間を過ごせるようにサポートさせていただきます」
キュリアはニッコリと笑ってドアの向こうへ行った。
それから少し時間が経つと車両の片隅の拡声器からキュリアの声が流れる。
「間も無く、砂列車が発進致します。各車両の入口にございますランプの光が赤色から緑色になるまで座席からお立ちにならないようお願い申し上げます」
キュリアの注意喚起が終わると、外からカーン、カーンと鐘の音が鳴り響く。
グッ…
「お…」
レヴィード達がフワッと宙に浮かびポンと座席に押し付けられるような不思議な感覚に陥ると、窓の景色がゆっくり動き始める。
グゥゥウウゥゥ
「おおっ!」
砂列車が加速していき、それに比例して窓の景色も早く流れていく様を見ると、レヴィード達は鉄の塊が本当に動いたんだと改めて感嘆した。
砂列車は風の魔法を動力としており、イーカとイシュタンの間の海岸線沿いに建てられた橋の上を浮遊しながら滑るように走行している。それ故に相当のスピードが出ているにも関わらず騒音も揺れも少ない。また眺望も素晴らしく窓の右側を見れば青い海原が広がり、左側を見れば黄金の砂漠が広がる絶景が拝める。今日は晴天ということもあり絶景はより映えている。
イーカを出発してかれこれ2時間半程、レヴィード達は砂列車の小旅行を各自で謳歌していた。
「ルークをいただきます」
「むっ…」
ソシアスとアインスは貸し出されているチェスに興じたり、
「うんめぇなぁ」
「砂列車限定のケーキ美味しいですね」
「今度はこっちに頼んでみましょ」
ティップは一足先に土産宿屋で買った弁当に、ターシャとフィーナは提供されている軽食に舌鼓を打ったり、
「…ノーハンドです」
「ダイヤのフラッシュ。僕の勝ちかな」
「すまないなレヴィード。7のフォーカードだ」
「えっ…!?」
レヴィードとペルルとラティスはポーカーで遊んだりと各々が好きに時間を潰していた。
「ちょっとトイレに行ってくるよ」
その途中、レヴィードは車両の後方にあるドアを出てトイレに向かった。
「?」
レヴィードがトイレから出ると隣の車両からざわつく声がしたため、何事かと思って仲間の元には戻らずに隣の車両に行ってみた。
(特別じゃない方はこういう感じなんだ)
レヴィード達がいる特別席とは違って座席は全て進行方向に向いており、席数が多く密である。席は満席だが通路にも人が立っており、かなりの混み具合である。
「きゃああああっ!!」
突然、車両の後方から女性の悲鳴が響き渡る。それを皮切りに車両のあちこちからきゃっ!うぉっ!?と驚く声が上がる。
「ん?」
レヴィードは床を見ると何やら動く小さな何かを捉えた。
カサカサ…
「はっ!」
レヴィードの一瞬のシロザクラの突きで見事に貫いたのは体長7cm程の虫である。
「げっ、ゴッキ…!」
ゴッキとは焦げ茶色の外殻と長い触覚が特徴で、カサカサと物陰を素早く動き、寒冷な場所以外ならば森にも洞窟にも町にも住み着き、布製品や残飯やネズミ等の小動物の死骸など何でも食べ、一組の雌雄から数万匹生まれるという高い繁殖力を誇る厄介な虫である。地下の下水道やゴミ捨て場など衛生的に汚い場所を好むため人々からは生理的嫌悪感の代表格として嫌われている。
(でもなんで砂列車に?)
レヴィードが見る限り、砂列車の床も壁もトイレもむしろ掃除が行き渡り、不衛生とは無縁の場所である。では何故こんなところにゴッキがいるのか?
「し、死んだでざんすか?」
レヴィードが視線を上げるとシロザクラに刺さったゴッキの死骸を青ざめた様子で眺める着物姿の恰幅の良い男性が立っていた。
「ええ、死にましたね」
「れ、礼を言うざんす。こんなのが体に付いたら発狂してオイが死ぬざんす。この調子で全部斬って欲しいざんす」
「全部斬って欲しいって…まだいるんですか?」
「そうざんすそうざんす!キーッ!!こんな事ならケチらずに特別席にするんだったざんす!」
半ば興奮状態の男性の話によると、2つ後ろの車両で若い女が通路に向かって小さい壺を投げて割ったところ、そこから数十匹くらいのゴッキがワサワサ出てきたという。
「あ、お客様!」
レヴィードがそんなおぞましい光景を想像して身の毛がよだつと、後ろからキュリアがやって来た。
「キュリアさんも騒ぎを聞きつけて?」
「はい。何があったんですか?」
レヴィードはキュリアに男性から聴いた話を改めてした。
「そんなことが…早く退治しなくては」
「じゃあ、何か甘い飲み物をたくさん用意して下さい。出来ればリンゴジュースが良いんですが…」
「それならあります!今、持ってきます!」
キュリアは急いで戻り、リンゴジュースを取りに行った。
それからレヴィードはキュリアと共に問題の車両の前にやって来た。
「ちょっと持ち上げてもらって良いですか?」
背の低いレヴィードはキュリアに持ち上げられて、ドアの窓から中の様子を窺う。そこには男性の話通り20匹前後のゴッキがおり、客が逃げる際に投げ捨ててしまったであろう弁当に群がっていた。
「気持ち悪いね」
「それでお客様。どうしてリンゴジュースを…?」
「ゴッキは雑食ですけど果物に含まれる匂いが好きなんですよ。ゴッキ退治用の殺虫剤入りの餌も食い付きやすいようにリンゴの匂いが使われているんです」
「そうなんですか?よくご存知で…」
「こんなんでも冒険者なので色々と生き物の特徴を知ってるんですよ」
レヴィードは得意気に言うとリンゴジュースの水差し2つを持ってキュリアにドアを開けさせた。弁当に群がっていたゴッキ達は敵が来たとカサカサーッと座席などの物陰に隠れた。
「ほーら、大好物のリンゴだよ~。美味しいよ~」
レヴィードはドア付近にリンゴジュースをぶち撒けると一旦下がり、シロザクラの切っ先をリンゴジュースの水たまりに置き、固定するようにドアを閉めた。
「キュリアさん。窓から覗いて大量のゴッキがリンゴジュースに触れたら合図を送って下さい」
「はい…」
キュリアは了承すると窓から車両内の様子を見て、レヴィードはシロザクラを持ったまま伏せてじっと待つ。数分経つとリンゴジュースの甘い匂いに釣られて隠れていたゴッキ達が姿を見せ始めた。
(うっ…)
キュリアは2匹3匹とリンゴジュースに群がってくるゴッキに吐き気がするが堪えて観察を続ける。次第にゴッキの数が増えていき、リンゴジュースの水たまりはゴッキの集団に埋もれつつあった。
「かなりの数集まりました」
「瞬氷結」
レヴィードが魔法を唱えるとリンゴジュースがみるみる凍っていき、ゴッキ達も巻き添えになっていく。
「これで全部だと良いけど」
レヴィードはドアを開けるとゴッキ付きの氷の絨毯とも言えるおぞましい光景が出来上がっていた。ゴッキ達は凍ったリンゴジュースに張り付いてしまって動けないようだが、触覚をひくひく揺らしたり飛んで逃げようと茶色の翅をバタバタ開いたりして生きていた。
(ううっ…。後でしっかり洗おう)
レヴィードはシロザクラで動けないゴッキ達を突き刺して息の根を止めていった。
その後、ゴッキを車両内にぶち撒けた女性も拘束された。女性は元砂列車のスタッフで、自分の尻を触ってきた客を殴ってしまい解雇された事の腹いせにやったと供述したという。
ゴッキ騒動は無事収まり、レヴィードは特別席の車両に戻って行った。
「何かあったのか?」
「まぁ、ちょっとしたトラブルがあってね。でも、もう解決してきたから心配ないよ」
正直にゴッキ退治をしてきたと言えばせっかくの楽しい旅気分もげんなりするだろうと思ったレヴィードは事実を隠して何でもないように振る舞った。
「僕もおなか減ってきたし、お弁当を食べようかな」
「…ティップ以外ならばまだ誰も食べていないのでご一緒に」
「うん」
レヴィード達は各々が土産物屋で良いと思って選んできた弁当を開けて食べ始めた。
「…それでレヴィード様。イシュタンに着きましたら早速ヤトマに行かれるので?」
「うん。船があればすぐにでもね。ちょっと遠回りで時間を置きすぎちゃったけど勇者パーティーを追わないと」
振り返れば、サラーサに密航して、魔族の隠れ里と接触し、ネビュヘートの渇水問題を解決して、謀反による国家転覆を阻止して、城で修行して…とレヴィード達はずいぶんと濃い1ヶ月前後を過ごしたような気がしていた。
「勇者武芸大会から逃げるだけの筈だったのに、波乱万丈でしたね」
「そうだな。何かの本でも出すか?」
「それはそれで面白そうね」
「問題無し。ワタシが再起動してから今までの行動は全て記録しています」
「僕の冒険譚か…。ちょっと書いてみたいかもね。ヤトマを旅して勇者パーティーを懲らしめて改心させる旅が全部終わったら考えておこうかな」
レヴィード達は次の冒険への期待を馳せながら、楽しく語らって砂列車の旅を満喫した。
これで第5章サラーサ事変は終わってヤトマ編へと移っていきます。更新日は未定ですが今月中にはあげたいなと思います。
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