第81話 歴史の断片
レヴィードが教えた不思議なコツを半信半疑ながらもアインスとフィーナは実践して肩の力を少し抜いて魔力を送ると、昨日よりも楽に人形の首が動き、手応えを感じた。それによってレヴィード達は昨日の無力感から脱して訓練に打ち込んでいった。
「お疲れ様です。今日はこのくらいにしましょう」
パシェリーの合図で訓練を終えるとレヴィード達は疲弊していたが慣れもあってか初日と比べてそこまで重症ではなく、少し怠いだけで済んでいる。
「ふぅ。ベッドに直行という程疲れてはいないけど手合わせで体を解すのもね」
「なら図書室に来るか?城に所蔵されているだけあって良いものが揃っていたぞ」
「私もそういうの見て新しい魔法作ろうかな」
「あ、レヴィードさん」
廊下を歩いていたレヴィード達が出会したのはエルピィである。城の女官の服を着て、魔族の角はヘアバンドのような髪飾りで巧く隠している。
「やぁエルピィ。城で働いてみてどう?」
「はい。皆さん優しくしてくれて、とっても居心地が良いです」
まだまだ他種族との接点は狭いが、エルピィはニコニコと笑顔で今の暮らしの充実ぶりを語った。
「オゥ!いまシタ!」
エルピィとレヴィード達が話している中、突然廊下の向こうから金髪で眼鏡を掛けたエルフの女性が駆け寄ってきた。白衣のような服装からして研究棟に所属している者のようである。
「アナタが魔族のエルピィさんデスネ?」
「はい…そうですけど…」
「お会いしたかったデース!」
「キャッ!」
そのエルフの女性はエルピィに抱きついた。
「えっと…ど、どちら様でしょうか?」
「オウ!失礼しまシタ。ワターシ、研究棟副主任のレジーナ・ティニパーと申しマース。ムム?そちらの小さい子どもは…もしかして噂のレヴィードちゃんデスネ!?」
「うぇ?」
レジーナはエルピィから離れるとレヴィードを高い高いとあげた。
「こんなちっちゃい子にマジェトルーパーが倒されるナンテ」
「マジェトルーパー?」
「鋼の巨人のワターシの心の中での呼び名デス!」
「じゃあ…もしかして貴方もアグマニーアと?」
鋼の巨人で全てを破壊しようとしたアグマニーアの協力者かとレヴィードはレジーナを振りほどいて警戒の目を向ける。
「オウ…それは勘違いデスヨ?確かにマジェトルーパーを動かすアグマニーア前主任の研究をお手伝いしましたケド、あんな風に使われるとは思いもしませんデシタ」
「白々しい…」
「本当デスヨ?もう女王陛下自らの詮議も終えて、あくまでも知らずに研究に手を貸したということで3ヶ月の減給程度の処罰で済みマシタ」
「そう…ですか」
パシェリー直々の詮議ということは虹の瞳を使った上での処分だろうとレヴィード達は納得した。
「それでエルピィに用事というのは?」
「イェス!実はちょっと研究に協力して欲しいのデース」
「研究…ですか?でも私バカだし、そんなにお役に立てるとは…」
「ノンノン。エルピィさんが知ってる魔族の常識を教えて下されば問題ないデース」
「はぁ…」
「良いんじゃないのエルピィ」
「レヴィードさん」
「研究に貢献するのも立派な他種族との交流になるよ」
「…分かりました。どこまでお役に立てるか分かりませんが」
「ありがとうございマース。では研究棟に案内しますネ!」
やや強引ながらもレジーナに連れられてエルピィとレヴィード達は研究棟へと向かった。
その道中、鋼の巨人についての話をレジーナの口から聴かされることになった。
「実はマジェトルーパーは数年前から古代の兵器だと判明していマシタ」
「そうなんですか?」
「ただ、アグマニーア前主任は秘密裏の研究としてワターシを含めて5人程にしかこの事実を伝えませんデシタ。最初は世界の度肝を抜く研究をして、サプライズでの発表のためと聞いてマシタヨ」
「それで騙されたというわけか」
「結果論はそうデスネ。けど、ワターシとしては研究そのものは知的好奇心が刺激されまくった素晴らしいものだったと思いマス!」
結果として破壊のために使われた鋼の巨人だが、それを動かす研究は古代へのロマンを感じるものがあるだろう、レジーナはその楽しさを熱弁する。
「それじゃあ、古代の兵器ということは昔の人はあれに乗って戦っていたのですか?」
「ノンノン。あれは恐らく魔力を満たした動力炉…ワターシ達で言えば心臓にあたるパーツがあってそこから魔力を全身に送り込んで動いていた自立型の無人兵器と推測されていマス」
「じゃあどうして乗ったんですか?」
「それがどのマジェトルーパー達も動力炉の部分だけが滅茶苦茶に破壊されていまして修理も再現も出来ない状態デシタ。そこでボディがほぼ完璧だった2体は人間が乗り込んで心臓の代わりになる操縦式に改造したのデース」
「え、あんなのがもう1体あるんですか?」
「イェス。でも今回の件でマジェトルーパーは御蔵入りデスネ。一生懸命造った身としては悲しいですが、しょうがないデス」
確かに破滅をもたらす兵器は封印されるべきだろうが、研究者のレジーナとしては残念極まりないと暗い表情を浮かべた。
そんな風に話しながら歩いている内にレヴィード達は研究棟に辿り着き、中に入る。
「それでエルピィさんに見て欲しいのはこれデス」
レジーナが案内したテーブルの上にはパズルのように組み合わさった石板が広げられていた。
「これはマジェトルーパーの近くにあった石板デス。何か書かれているのが分かりマスカ?」
石板には自然についた傷ではない、人為的に刻まれた模様のようなものが彫られていた。
「これはおよそ2000年前後に作られた石板で、刻まれているのは何かの文字だとまでは推測できたのデスガ…」
「さっぱり分からないと?」
「イェス…。古代のエルフ文字ともドワーフ文字とも違いますし、稀少な文献である精霊の言語や空人の文字とも照らし合わしましたが全く当てはまりまセン」
「それでどうして魔族なら解ると?」
「アグマニーア前主任の話ではマジェトルーパーは魔族のものらしいデスガ…半ば当てずっぽうデスネ!」
要は魔族のものらしい鋼の巨人の近くにあったから魔族なら解る!というのがレジーナの理屈らしいが、戦った時にエルピィからあれは魔族のものではないと聞いたレヴィードは期待外れになりそうだなと苦笑いを浮かべそうになる。
「んーっと…」
しかし話はレヴィードの思った事とは違う方向へと転がりだした。
「これって昔の魔族文字ですね。古語の勉強で見たような…」
「オゥ!解読できそうデスカ!?」
「いえ…。古語は苦手だったので…ちょっとしか」
「それで構いまセン!読んで下サイ!!」
レジーナの興奮は最高潮に達し、エルピィを急かすように足をバタバタさせる。
「えーっと…何とかの、球の闇?晴天に…滲む時、それ即ち世界?…の前触れなり。何とかと魔王は聖と魔の鍵…で?…大地の水の…底に眠る凄い?船を以て…飛ぶ?」
エルピィは勉強の記憶を振り絞ってなんとか読めたには読めたものの、解読できた文章は所々が抜けてなんとも意味不明なものだった。それでもレジーナを始めとした研究者全員にとっては全く読めない文字を解読されたと大喜びで沸き立つ。
「素晴らしいデス!エルピィさん、ありがとうございマス!」
「い、いえ…。でもこの文章って意味が解りませんよね?船で空を飛ぶって…」
「そうデスネ…。もしかしたら何かの過去の出来事を詩的に表したものかもしれまセン」
「ごめんなさい…。もう少し勉強してれば…」
「ノンノン。エルピィさんがいてくれたおかげで永遠の謎として匙を投げる必要がなくなっただけでも考古学の大きな進歩デス!そうデス!魔族の古語とはどんな勉強なんでショウカ?教科書的なものハ!?」
「えっと…」
レジーナの興奮の押しの強さにエルピィはたじろぐばかりであった。
その後も他の石板や古文書などを持ってきてはエルピィに読んでもらってと繰り返し、気付けば日が暮れかけていた。
「オゥ!申し訳ありまセン、まさかこんなに時間が経っていたトハ。でもエルピィさんのおかげで研究は数十年分の大躍進を遂げマシタ!」
「い、いえ…」
エルピィはどっと疲れたようで、レジーナへの返事も適当になるくらいである。
「おっ。終わったみたいだね。お疲れ様」
「レヴィードさん…」
途中でレヴィード達は退室したが、様子を見るためにレヴィードだけが戻ってきた。
「あっ!そう言えばお仕事…!」
「ああ、それなら平気だよ。イオラさんに話を通してあるから」
実はレジーナの気合いの入りようからきっと長丁場になると見越したレヴィードはイオラにエルピィの事情を話していたのだ。
「わざわざありがとうございます。でもいい加減に戻らないと怒られちゃうかも知れませんし、私はこれで」
「ハイ!ありがとうございマシタ!!」
エルピィはそそくさと研究棟を出て行った。その後、レヴィードはレジーナにとある質問をした。
「あの…、昔のことについてお訊ねしたいことがあるんですが…」
「なんでショウカ?古代のことならなんでも訊いて下サイ!」
やはり専門分野の事を訊かれる事は嬉しいという研究者の性なのか、レジーナは目をキラキラさせる。
「では、このサラーサ大陸に勇者に所縁がある伝説の武具と伝えられる品はありますか?」
「伝説の武具…ハイ!ありマスヨ!それは恐らく聖女のスカーフと呼ばれるものデスネ!」
「聖女のスカーフ?」
「イェス!勇者と恋に落ちた聖女が死の間際に己の力を込めた聖なる布デス!歴代の勇者は首に巻いていたそうデスヨ。聖なる加護で宙を浮き、傷付いても病魔や呪いに侵されてもすぐに治ってしまう神秘の力があると伝えられていマス!」
「ほぅ。そのような力が…」
「でもどうしてレヴィードちゃんがそんなことを訊くんデスカ?」
「ええ実は…」
レヴィードは自分がセプトで会った精霊のめるてぃえるから聞いた賢者の籠手が勇者によって強奪された件を話した。
「…という訳で、もし聖女のスカーフが女王陛下の元で管理されているのならば気を付けて欲しいと忠告したいのですが」
「そういう事デスカ…ンー…。それならある意味心配ないデスネ」
「どういうことですか?」
「実はおよそ1000年前に海賊に盗まれたらしいのデス」
「海賊!?」
「ネビュヘート家の歴史書に記されていることなのデスガ、約1000年前、魔王討伐戦が終わった後に聖女のスカーフをネビュヘートに返還する際、サラーサとヤトマの間の海域で海賊と交戦し、どさくさに紛れて聖女のスカーフを含んだたくさんの財宝を奪われてしまった、とあるのデス」
「じゃあ、聖女のスカーフは行方不明…」
「そういうことになりマスネ。歴代のネビュヘート家の王も探し回りましたが、全く見つからなかったそうデス」
レヴィードは勇者の凶行から、もしやパシェリーにも何かあるのではと警戒したが、その心配は無さそうだと安堵した。




