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第35話 戦争の足音

ここから新たな章になります。新地方、セプトの戦い、乞うご期待。



スタビュロ大陸北の地方・セプト。北部から南部端ギリギリまでガンディーア山脈が伸び、山と森が多く移動に難渋する地方で、人間・エルフ・ドワーフ・獣人種(ビーストノイド)・精霊族が住む多種族の庭とも呼ばれている。

そんな地方に流れる戦争の噂の真偽を確かめるために、レヴィード達はセプトを治める統治貴族・ラプティーナ家が住むピッカータへ向かった。


「…何となく雰囲気が違いますね」


「うん」


一応はセプトの首都でもあるピッカータだが活気がなく、住民達は怯えているようなピリついているような、表情は暗く沈んでいた。

そんな重い空気が漂う街路を抜けてレヴィード達はラプティーナ家の屋敷に辿り着いた。


「あ…」


屋敷の前に立つ2人の衛兵は漆黒の服を纏い、屋敷にも黒い垂れ幕が下がっていた。これを意味するものをレヴィード・ぺルル・ターシャは察した。


「じゃあみんなは町で情報の収集を頼むよ」


「ん?オラ達、ついていっちゃダメなのか?」


「うん。あの黒い垂れ幕は貴族の誰かが亡くなった事を意味しているんだ」


貴族の黒祈(こくき)という風習で、当主やその妻子が亡くなると葬儀の後の10日間、その家の者は使用人や衛兵を含めて黒の装束を纏って故人の冥福を祈るのである。その間、外部からは貴族以外の身分の者、または故人と特別な繋がりがある者以外は屋敷に入れないのである。


「…了承しました。町の方は私達にお任せ下さい」


「よろしく頼むよ」


こうしてレヴィードだけが屋敷に向かい、他は町の方へ散って行った。


「あの…」


「なんだ?今は屋敷の立ち入りは…」


「シュードゥルの統治貴族が嫡男、レヴィード・ルートシアでございます」


「なっ…これは遠路遥々、ありがとうございます。どうぞお入り下さい」


レヴィードはルートシア家の紋章のメダルを衛兵に見せると、衛兵は2人揃ってお辞儀をし、門を開けた。






レヴィードが屋敷に入り部屋で待った後、執事の案内で2階の応接間に通された。そこには20代前半くらいのメイドが1人と黒いドレスを纏った白金色(プラチナカラー)の髪の14~15歳程の少女が沈んだ表情で座っていた。


「失礼します」


「…」


「…お嬢様」ボソッ


「…はっ」


少女は集中出来ていないのか、メイドに耳打ちで呼ばれて気付く。


「し、…失礼しました。当主代行のセレナ・ラプティーナです」


セレナは名乗るが全く覇気がなく、か細い声を無理に大きくしているように声を出した。


「ルートシア家の息子、レヴィード・ルートシアです。僕自身も旅の途中で偶然見掛けて訪れました。ルートシア家の正式な弔問ではない不躾、お許し下さい」


「いえ、お気遣いなく…。我が父、トーマス・ラプティーナもきっと…」


涙を堪えながら貴族らしい堅苦しい言葉を並べるセレナを見てレヴィードは痛々しく思い、態度を変える事にした。


「…やめませんか。こういう堅苦しい会話」


「え…」


「先程言ったように正式な弔問ではありませんし、何より僕はご覧の通り貴女よりもずっと年下の子どもです。そんな年下相手に礼儀は結構。もっと気を楽にして話して下さい」


「ですが…」


「僕としては父を失った悲哀と当主代行を果たさんとする責務の板挟みに遭っているセレナ様を拝見しながら話すのが偲びないのです」


「…失礼ですがおいくつですか…?」


「7歳になります」


(わたくし)なんかより、ずっと大人っぽいです…」


レヴィードの中身は19歳であるし、ある意味間違いではない。


「いえいえ。父親に無断で旅をし続けているただの子どもですよ」


「そうですか」


レヴィードのあっけらかんとした喋りにセレナの顔のこわばりも少し解けて軽く微笑む程度の元気が生まれたようである。


「レヴィード様は今までどのような旅を?」


「見聞を広めるためにシュードゥルの屋敷を出てからロマニエに入り、そこで冒険者となり、あとは北上してきました」


「冒険者に?」


「はい。…それで、もしかしたら失礼な話になるかも知れませんが…」


「…」


レヴィードが何を訊ねたいのか察しがつくのか、セレナは身構えるようにレヴィードを見つめる。


「ここに来る途中の町でセプトで戦争の兆しがあるという噂を耳にしました。それで真偽の程を伺いに参った次第です」


「…」


セレナは俯いて暫く黙った後、悔しそうに口を開いた。


「…本当です」


「あの…差し出がましいようですが、事の詳細は私が説明してよろしいでしょうか?」


悲しい顔をするセレナを見かねてか、横にいたメイドが割って入ってきた。


「えっと…」


「メイド長兼秘書を務めております、アミーと申します」


「じゃあ、アミーさん。お願いします」


「はい。…事の始まりは1年前です。セプトの地形による交通の不便さはご存知でしょう」


「ええ」


「それを解消する計画としてガンディーア山脈の一部を掘り進め、トンネルを作る話が出てきたのです」


「ほう」


山地による起伏が多く、東西の行き来で利用されているのはガンディーア山脈の南端の麓に広がる林を拓いて作った街道か、切り立った山肌をなんとか人間1人が歩ける程度の幅に削っただけの細い山道の二つだけである。


「公正貴族としてセプトの統治の補佐をしていた東方面のドゴール家と西方面のバルシー家に協力を要請し、ラプティーナ家の指揮の元、実際に着工したのが半年前です」


「なるほど…」(公共事業でどうして戦争が起こるんだろ?)


「そして問題が起きたのが1ヶ月前で、掘削作業の途中でミスリルの鉱脈を発見したのです」


「ミ、ミスリル!?」


ミスリルとは、地脈の奥底に眠る金属に大地の魔力が染み込んで結合・結晶化した魔法金属のことで、これで作った鎧は服のように軽いのに鋼以上に頑強という、武器・防具にとって最高級の素材なのである。その実用性と希少性から黄金の50倍以上の価値だとされているのだ。


「ミスリルの鉱脈…物凄い資金源を手に入れましたね」


「ええ…。それを分け与えられたら良かったのですが…これが争いの火種になったのです」


「もしかして…」


レヴィードは何となく話が読めた。


「はい…。ドゴール家とバルシー家でミスリルの採掘権を巡っての論争になりました。実際に発見したのは西のバルシー家でしたが、資金援助をしたドゴール家にこそ採掘権があるとお互いに一歩も引かず…」


「それについてラプティーナ家は介入しなかったのですか?」


「当然旦那様…前当主のトーマス様も和解するよう仲裁に入り、第三者であるラプティーナ家がミスリルを管理し、ミスリルによる利益はラプティーナ家が3割、残り7割をドゴール家とバルシー家で均等に分配するという事で話は一旦落ち着きました」


(言おうと思えばセプトから発掘された物だから統治貴族である私の物だとか言って独占も出来たのに。自分の取り分が一番少なくてあとは半分ずつ分けるなんてトーマス卿は気前が良いというか優しいというか…)


「しかしトーマス様は元々お体が強くなく、事業と仲裁によって心労が溜まり、それが祟って5日前に…」


「まさか…トーマス卿が亡くなった事で話が振り出しに戻って、ミスリルでまた争い始めたと?」


「はい…」


アミーは静かに頷き、セレナは唇を噛み締める。


(わたくし)は情けないです…。お父様が愛したこの地を守るために、何も出来ないなんて…」


「セレナ様…」


当主代行とは前当主が亡くなった際にその子息令嬢が引き継ぐものだが、あくまでも他者に貴族の座を渡さない為の処置で当主としての権限は全くない文字通りの名ばかりのものである。

セレナの場合、統治貴族の当主としてこの争いを止めるには黒祈を終えてから王族に前当主トーマスの訃報と当主引き継ぎの件を公文書で送り、王族から返送される承諾書を持って大聖都ロマニエに赴いて貴族の当主になることの認可を受ける戴輪式という式で当主の証である指輪を受け取らなければならないのである。

セレナが当主になるにはセプトからではどんなに急いでも1ヶ月弱は掛かる。その間、ドゴール家もバルシー家も統治貴族ラプティーナ家を恐れず好き放題に出来ることを意味するのだ。






レヴィードはセレナとアミーの話を聴いた後に屋敷を出た。統治貴族が他の統治貴族の地方の運営に深く介入することは法律で禁じられているため、統治貴族の息子であるレヴィードが表立って動けば父のバルデントの責任の追求は免れない。


(なら、やることは1つだね)


レヴィードはある決意をして広場に向かうと既にフィーナ達が待っていた。


「待たせたかい?」


「ううん。全然」


「で、あの屋敷での話はどうだった?」


「うん。思ったよりも酷い話だよ」


レヴィードはセプトの地で起きているドゴール家とバルシー家のミスリルを巡る争いを話した。


「…なるほど。そういう事でしたか」


「何か町にも変な話が?」


「…はい。ギルドへ赴いたところドゴール家とバルシー家からの依頼ばかりで、どちらも用心棒として雇い入れるというものばかりでした」


「冒険者を傭兵代わりに集めているのか…」


「それだけじゃないみたい。そこの店のエルフの店主から聴いたんだけど、エルフの町や獣人種(ビーストノイド)の集落はバルシー家に付いてミスリルを守る運動に参加するらしいわ」


「ん?」


「オラが聴いたのはドワーフは東のドゴール家に味方するらしいて話だなぁ」


「…非常にマズイね」


「疑問。何が問題でしょうか」


「傭兵代わりの冒険者、ドゴール家とバルシー家の争いに参入する亜人種(アナザーノイド)達、下手したらゼロス戦争の再来じゃないかい?」


レヴィードが発したその単語を聴いた瞬間、ソシアス以外はゾッとした悪寒が走る。

ゼロス戦争─それはおよそ80年前に起きた世界大戦である。

当時、人間の圧政に耐えかねた亜人種(アナザーノイド)の中で獣人種(ビーストノイド)が自身の種族の自由と誇りを取り戻して独立するために人間に反乱、それに呼応するようにエルフ・ドワーフなどの他の亜人種(アナザーノイド)も自身の独立を目指して続々と参戦し、いつの間にか全種族の全面戦争に発展したのだ。全てを(ゼロ)に帰す勢いだったため、後にこれがゼロス戦争と呼ばれることになった。

ゼロス戦争は10年続いたが、各種族陣営が疲弊し切って継戦不能となり、各種族間で終戦協定が締結、後に和平条約として亜人種共同宣言が発表されてゼロス戦争は幕を閉じ、新たな時代、AZ(アフターゼロス)が始まったのである。

この戦争はその時代を生きた者の心に深く刻まれ、戦後に生まれた者ならば歴史の授業や経験者の講話によって戦争の愚かさと多種族共存の尊さを学ぶのである。

しかし、たかが数十年で全種族の心が正しく入れ替わる訳がない。AZ(アフターゼロス)になって70年を越えたが未だに種族への偏見と差別が完全に払拭出来ていないのが現実なのだ。

もし、このミスリルを巡る抗争で多種族が戦えば、平和になった世で噴出できずに積もった怨みや不平不満が爆発し、第二のゼロス戦争に発展しかねない事をレヴィードは危惧しているのである。


「そうなったらミスリルどころじゃなくなるね…」


「…レヴィード様。如何様にしましょうか?」


「僕は統治貴族だから直接介入は出来ないけど、冒険者としてならどうかな」


「ああっ!それなら…」


「でも待ってレヴィード。それって抗争に参加するって事?」


「僕も戦いは避けたいけどね…。けどラプティーナ家を無視してミスリルを手中に収めようとする人に仲良く半分こしようなんて説得は通用しないよ」


「確かに一理あるな」


「だったら被害を最小限に止めてこの抗争をとっとと終わらせるのが一番だと思うけど…どうかな?」


レヴィードが選んだ道は穏便な交渉ではなく強引な武力による事態の早急の終息だが、それに反対する者はいなかった。


「さて、じゃあ取り入るとしたら獣人種(ビーストノイド)とエルフを戦力に加えたバルシー家だね」


レヴィードのパーティーには獣人種(ビーストノイド)のティップと(見た目は)ダークエルフのソシアスがいるため、バルシー家側に付くのが自然と考えたレヴィード達はギルドに向かう。

しかし、レヴィード達はギルドの依頼書を見て行き詰まる。


「まさかこの壁があるとは…」


それは依頼書の要項である。仕事を依頼する以上、どんな人材に任せたいかは依頼主の要望に左右される。そしてレヴィード達が入ろうとしたバルシー家の条件は冒険者ランクD以上である。レヴィード達はここ1ヶ月半弱の冒険で実力は上がってきているものの、ランクDまでには簡単には到達できず、要件を満たしているのはぺルルのみである。


「レヴィード様ですら少し前にようやく1つ上がってEですからね…」


冒険者になってここまで来るのにケーコンの森で謎のモンスターの討伐、クインメガマイゼからのマルトン防衛、ガーゴイルとエリプマヴによる誘拐騒動解決等々、様々な事があったがレヴィードですらランク上ではE、ターシャ・ティップ・アインスも1ランクアップのF、フィーナは元勇者パーティーだったために登録したてでG、ソシアスは未登録で冒険者ですらないとランクだけ見ればまだまだ新米パーティーである。


「んー。これじゃあバルシー家には雇ってもらえないね。あ、そうだ…ティップ」


「んだ?」


「確かセプトの集落の出身だったよね。何かツテとか無いかい?」


「うーん。オラの集落も参加すんかなぁ…。あ、でも父ちゃんは有名人だから何かするかもなぁ」


「そうなのかい?」


「んだ。父ちゃんは集落で一番の力自慢だから皆から頼りにされてただよ」


「なるほど…。じゃあここはティップのお父さんに頼ろう。案内を任せたよ」


レヴィード達は戦争を止める第一歩として、ティップの故郷の集落を目指した。




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