第36話 集う戦士
レヴィード達はピッカータで1泊してから早朝に発ち、セプトの北西に広がるワーウッドの森へと向かった。そこは獣人種の集落が3ヶ所あり、レヴィード達はその内の1つ、ティップの故郷であるタルマを目指しているのである。
「まさか帰ってくるなんて思わんかったなぁ」
「久しぶりなのかい?」
「んだ。みんなに送られて1年くらいだぁ」
「ごめんね。せっかくの里帰りなのにあんまりゆっくり出来そうになくて」
「んいや。もしかしたら父ちゃん達も巻き込まれるかもしんねぇのに黙ってれんだぁ。…あ、あれが入り口だ」
そうこう話してる内に集落・タルマの門に差し掛かった。
ワーウッドの森にある獣人種の集落にはそれぞれ役割があり、一番手前に位置するここタルマはワーウッドの森の警備・狩猟などの肉体労働を主とする、謂わば獣人種の戦士が集う集落である。
「ん?お前、ティップじゃねぇか!?」
タルマで出会った最初の住民は黒豹の獣人種の男性で、ティップとは知り合いのようで、気さくに声を掛けてきた。
「久々だなぁ」
「相変わらずのほほんとした奴だな…あ、そうだ!!おやっさんのところに行ってやれよ!!この前おやっさんが大変な目に遭ったんだよ!」
「と、父ちゃんが!?」
ティップはドタドタと走り出し、レヴィード達もそれに続いた。
「父ちゃん!!」
ティップは自宅のドアをバンッ!!と開いて大声で父を呼ぶとドドドドッと地鳴りのような震動と共に猛烈なスピードで誰かがティップに向かってきた。
「こぉぉんのおぉ、馬鹿息子ぉぉお!!」
「ほげぇぇええっ!!」
ティップは全力の張り手で家の外に弾き飛ばされ地面に転がった。
「ティップ!?」
ティップ程の巨漢が吹っ飛ばされる信じられない光景にレヴィード達は家の中にとんでもない化け物がいるのではと身構えてしまう。
「こんの、一大事って時に…ってあら?」
「おい、母ちゃん。うるさくておちおち寝れねぇ…ティップか!」
家から出てきたのはティップに負けず劣らずの恰幅の良い熊の獣人種の男女で、男性の方はあっちこっちに包帯を巻いているが元気そうである。その男女を見てティップは叫んだ。
「父ちゃん!母ちゃん!」
初っぱな張り手という手痛い再会を果たしたティップはレヴィード達も家に上げて今までやって来たことを両親に話した。
「あっはっはっはっ!ウチの馬鹿息子、どんくさくて迷惑じゃないかい?」
「い、いえ。彼にしか出来ない事も多いので大助かりですよ…」(まるでダンテシス卿みたい)
肝っ玉母ちゃんを地で行くティップの母親・ミランダは豪快に笑い飛ばす。
「それにしてもティップ、ちったぁ漢を磨けたか?」
気っ風の良いティップの父親・ガンボスは大怪我のように思われるがミランダと同じくガハガハ笑いながら久々の息子との再会を喜び、まだ日が高いのに酒をグビグビ呑む。
「…それにしても父ちゃん、その怪我どうしただ?」
「これか?もう全然大した事ねぇけどよ、母ちゃんが巻け巻け言うから」
「馬鹿をお言いよ!」
「いッでぇ!!」
ぼやくガンボスの背中をミランダはツッコミとばかりにバシーンと一発平手打ちをする。
「あ、あの…怪我が痛むようでしたら治癒光を…」
「あら、フィーナちゃん…だったかい?良いよ別にぃ。このスカポンタンは薬草擦り込ませりゃ治るからね」
「は、はぁ…」
「それで、結局父ちゃんは何で…」
「それが2週間前によ…」
2週間前─
セプト領内の街道でガンボス他数人の獣人種は町で買った塩の袋を担いで運んでいた。
〈おい。邪魔だ獣人種〉
とある6人の冒険者らしき団体が声を掛けてきた。道幅も狭いので確かに邪魔といえば邪魔ではあるが、そう露骨に言われたら誰でも嫌な顔をするだろう。
〈あ?なんだ坊主たち。他所者かい?〉
〈俺様達は先を急いでるんだ。どけよ!〉
パーティーのリーダー格であろう金髪の青年が獣人種の一人を剣で切りつけた。
〈このべらぼうめぇ!このガンボスの仲間に手を出すとは良い度胸じゃねぇか!容赦しねぇぞ!!〉
──
「とまぁ、向かったは良いものの、コテンパンにやられちまってなぁ…」
(ん、その金髪のって…)「その一団、何か言ってませんでしたか?」
「いや。ただ金髪の奴は高そうなギラギラした剣を持ってたな」
(間違いない。リューゼ王子だ)
横柄な態度で目立つ装備の金髪の青年と言えばレヴィードの中ではリューゼしか思い付かない。
「その中でも大薙刀持った奴は強かったな。俺もそいつにバッサリ斬られてよ」
(大薙刀?ロマニエで補充されたメンバーかな)「災難でしたね」
「俺もあと10年若けりゃあよぉ…」
ガンボスは悔しさにまた1杯酒をグビッと呑む。
「ふん!酒呑む元気がありゃアンタもバルシーの屋敷に行きな!」
「いッってぇ!!母ちゃん、傷開いちまうって!」
まさに夫婦漫才、とでも言うようなミランダのツッコミが冴え渡るが、レヴィードも突っ込む。
「ん?バルシー家の屋敷に何かあるんですか?」
「ああ。…アンタらピッカータの様子は見たかい?」
「はい。それと今セプトで起きている情勢もだいたい把握しています」
「そう…」
先程まで底抜けの明るさを見せたミランダの表情が曇り始めた。
「母ちゃん…。やっぱり此処も参加するんか?」
「ああ。ミスリルを掘り当てたのはアタシら西側の獣人種とエルフだからね。金と道具しか寄越さない東側の連中に旨いところ持っていかれてたまるかい、ってことでバルシーが近隣のアタシらの集落とエルフの町の戦士を呼び出したって訳さ」
「なるほど…。バルシー家にエルフと獣人種の戦力が集まっているのですね」
「そうさね。ウチの人はこんなんだから代わりにオーレンスっていうのが代表としてラフィーノに行ったよ」
「オーレンスって、あのオーレンスかぁ?」
「ティップの知り合いかい?」
「んだ。狼の獣人種で、集落の中でも暴れん坊って言われるくらいおっかねぇ奴だよ」
「まぁ確かにアイツは性格に問題はあるが腕っぷしは強ぇからな。俺の代わりにはなるだろうよ」
ミスリルを巡る戦争の足音はこの平和そうな獣人種の集落にも着実に忍び寄っているのだとレヴィード達は嫌でも実感した。
「…なら、僕達もラフィーノに行ってきます」
「何言ってるんだい!?アンタみたいなちっこいのが行ったところで門前払いだよ!」
レヴィードを見てのミランダの発言は間違いではないが、ガンボスはそうは思わないような顔でレヴィードの目を見ていた。
「坊主。おめぇさんは何の為に俺達の土地の揉め事に首突っ込もうとしてるんだい?」
「この戦争が世界を巻き込む戦争に発展しないようにする為です」
レヴィードもガンボスの目を負けじと見返し、互いにじっと見つめ合う。
「…よぉし!気に入った!!ちょいと待ってな」
ガンボスはそう言って席を離れて奥の部屋に入り、赤い布のようなものを持ってきた。
「坊主、これを持ってけ」
「これは…」
「俺がここ一番で使う気合の鉢巻よ!こいつを見せればオーレンスも邪険にしねぇだろうよ」
「アンタ!」
「この坊主。成りはちぃせぇが良い漢の目をしてやがる。ティップ!漢磨いたと思ったら良い奴の仲間になったんだな!」
「…んだ」
ティップはガンボスの褒め言葉に力強く頷いた。
ガンボス・ミランダ夫妻の熱いエールを貰ったレヴィード達はワーウッドの森を出て南下してバルシー家が管理するラフィーノに来た。住民の様子はピッカータと同様であるが、ピッカータやこの町のギルドの依頼に応じた冒険者によって町の人通りは多かった。
「おぉ!レヴィード君じゃないか」
「ジェイクさん。お久しぶりです」
レヴィードに声を掛けてきたのは旅の途中で何度か遭遇したジェイクである。
「ジェイクさんはギルドの依頼でここに?」
「いや。俺達はEだからな。先輩のチームの紹介でこっちに入れたんだ」
「へぇ。ランクが不足してもそんな手で入れるんですね」
「報酬に金貨の他にミスリルも付けるくらいだからな。それだけバルシー家は人員に飢えてるって事だろう。…良かったら先輩に掛け合って君達も入れようか」
「いえ。僕達は僕達で紹介がありますので」
「そうか。お互い同じ陣営で頑張ろう」
「ええ」
レヴィード達はジェイクに別れを告げてバルシー家の屋敷に向かう。
「…やはり多くの冒険者は目先の報酬目当てですね」
「まぁ普通はそうだろうね。むしろ僕の想像が大袈裟に考えすぎで終われば良いくらいだよ」
レヴィード達とすれ違う冒険者はほぼ全員祭の延長線上のような盛り上がりで笑い合い、中には前祝いがてら酒を呑む連中もいる。誰一人このミスリルを巡る戦争が世界大戦の引き金になるかもしれないとは考えていないようである。
しかしこれもゼロス戦争以降、戦争のせの字もなかった平和の世が続いた結果、レヴィードは自分の考えが杞憂である事を心から願った。
レヴィード達はバルシー家の屋敷に着き、衛兵に話を聴いてオーレンスらタルマから来た獣人種とエルフがいる宿舎にやって来た。
「何だとこのペチャエルフ!!」
「そっちこそ何ですか、ケダモノ!」
大広間のテーブルを挟んでオーレンスと思われる狼の獣人種と上品ながらも気の強そうなエルフの女性が罵り合っていた。
「あの…どちら様でしょうか?」
レヴィード達の来訪に気付いた1人のエルフの女性が声を掛けてきた。
「タルマに住むガンボスさんの紹介で来たレヴィードと申します」
「タルマ…ああ獣人種の。でも少々お待ち下さい」
「あそこで言い争ってるみたいですが、何かあったんですか?」
「いえいえ。いつもの口喧嘩です。私達のリーダーのスピカ様とあちらの狼の獣人種のオーレンスさんは初対面から反りが合わないようでして何かあるたんびにああやって…」
エルフの女性は困り顔で言い争う二人を紹介した。
「すごい仲が悪いですね」
「こんなので東のドゴールに対抗出来るのか?」
来訪者に全く気付かないままのオーレンスとスピカにレヴィード達は前途多難な予感をヒシヒシと感じざるを得なかった。
「…あのー、よろしいでしょうかー!」
レヴィードは一息吸ってから声を張ってオーレンスとスピカに呼び掛ける。
「ん、子ども…?」
さすがに両方とも気付いてレヴィードに注目する。
「おいおい。ここが託児所になった覚えはないぜ?ん?ティップもいるじゃねぇか」
「貴方のことはガンボスさんから聞いてます」
突っ掛かってくるオーレンスにレヴィードはガンボスの赤い鉢巻を見せる。
「…へっ、おやっさんの後ろ楯程度でイイ気になるなよ?」
「ふーん。無駄に吠える犬は弱いって言うけど、そこまで弱くは無さそうだね」
「このガキ、死にてぇのか!?」
「ふっふっふっ…。あんな小さい子にそこまで言われるなんて暴れん坊の通り名が聞いて呆れますわ」
「その暴れん坊と言い争うなら、貴方も同じくらいのレベルという認識で良いですかね」
「な…、こんなケダモノと同列扱いなんて不愉快ですわ!」
レヴィードの罵詈雑言にオーレンスもスピカも腹に据えかねて、オーレンスは鉈のような厚い刃の剣を二本、スピカはレイピアを持つ。
「レヴィード…!どうしていきなり喧嘩を売るのよ」
「話し合いをしようにも聞く耳を持たないだろうからね。ならぐうの音も出ないくらい徹底的に叩きのめして実力を見せつけた後の方が大人しく話し合いが出来るかなー、って」
「だ、大丈夫なのかぁ…」
「僕が吹っ掛けた訳だからみんな手出しは無用だよ」
「了解。待機します」
「…ご武運を」
レヴィードは落ち着き払ってアカネゾラを抜いた。




