↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〈一撃〉のサーム ~異世界に召喚されて二十年を過ごした男と、三人の少女たち~  作者: 八月森


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/8

7話 上手くできたでしょ

「パーチェ、剣を抜け。敵襲だ」


「――! 敵!?」



 実戦経験の少ない彼女は、まだ気配を探る術は磨けていないのだろう。こちらの警告に驚きを見せる。しかしそうでありながら、迷うことなく腰から長剣を引き抜き、警戒の姿勢を取る。震えはない。



(悪くない)



 緊張はしている。けれど必要以上に怯えたり、慌てる様子はない。オレが知る限り、彼女はこれが初の実戦だったはずだが……


 オレがこの世界に呼ばれた時はどうだったか。突然命を狙われ、狼狽していた憶えしかない。それに比べれば、隣に立つ少女は立派なものだ。一度死んで生まれ変わり、魔物が生息するこの世界に順応して生きてきたからこそ、この若さで覚悟を決められているのかもしれない。


 やがて、足音の主は林の奥から姿を見せる。


 そいつらは、二本の足で立って歩いていた。


 二メートル近い長身。厚みのある身体。人で言えば頭にあたる部分には、豚のような頭が乗せられていた。



「豚頭の魔物……オーク?」


「ああ」



 パーチェの呟きに、正解だという意味を込めて頷く。


 それは、人より遥かに頑丈な肉体と旺盛な食欲を持つ魔物。膂力(りょりょく)も尋常ではなく、並の人間なら一体でも手こずる相手だ。それが四体。他に気配はない。


 その手には人里から奪った物なのか、剣や斧などが握られており、それらの武器をちらつかせながら、包囲を狭めつつこちらに近づいてくる。


 奴らの視線はオレたち――ではなく、馬のほうに向けられていた。察するに腹を空かしてうろついていたところで、馬の匂いを嗅ぎつけて襲いに来たのだろう。オレは隣に立つ赤髪の少女に声をかける。



「なるべく馬は護りたいが、第一は自分の命優先だ。特に魔物は本能的にこちらを敵視するうえに、意思疎通もできない。容赦するなよ。パーチェ、行けるな?」


「うん、大丈夫! 馬も護るよ!」


「よし。お前の実力であれば対処できる相手だ。そっちの二体は任せた。だが無理はするなよ」



 力強く頷く少女を信頼し、オレは左端の一体に素早く駆け出した。



「ブガァ!」



 醜い声を上げながら、眼前のオークが斧を片手で振り下ろす。喰らえば人体などひとたまりもないその一撃を見切ったオレは、ピタリと急停止してそれをやり過ごし、再び前進して袈裟懸けに剣を振るう。



「――しっ!」



 一閃。


 オークは胴体を両断され、その場で崩れ落ちる。


 そこへ、もう一体のオークが巨大な棍棒を振りかざして襲い掛かってきた。後方に下がってかわすが……


 強く打ち付けられた棍棒は地面を陥没させ、爆発させたように土砂を飛び散らせる。分かってはいたが、やはりパワーは人間のそれより上だ。



「……」



 日本刀は切れ味は鋭いが、横からの衝撃には弱い。あの一撃を下手に受ければ、刀身が曲がってしまうか、最悪折れてしまう恐れまである。まともに打ち合うのは得策じゃない。オレは即座に腰の後ろのメイスを抜き放ち――



「――ふっ!」



 再び振り下ろされる棍棒に、正面から叩きつける。


 力比べをしても勝てないことは分かっている。このままなら押し負け、先ほど地面を陥没させた一撃がオレの身体に叩き込まれるだろう。


 だが問題はない。打ち合い、衝撃が手に伝わる瞬間に、オレは叫ぶ。



「《解き放て、〈ミスラの戦槌(せんつい)〉!》」



 魔力を流し込み、詠唱することで、オレが手にする魔具――〈ミスラの戦槌〉は起動する。衝撃波がオークの持つ木製の棍棒を粉々に爆散させ、そして――


 ガォン――!


 そのままオークに直撃したメイスは、一瞬でその頭部を粉砕。残った胴体も衝撃波に押され、後方に吹き飛んでいった。


 魔具とは、魔力を流し込み、決められた合言葉を唱えることで、疑似的に魔術を行使、あるいは魔術を補助する道具の総称だ。


 そしてこれがこの魔具、〈ミスラの戦槌〉に刻み込んだ魔術式の能力。受けた衝撃を何倍にも増幅して相手に打ち込むだけの、シンプルな力だ。


 二体のオークを片付けたオレは、すぐにパーチェのほうへ視線を向ける。


 彼女の足元にはすでに一体のオークが倒れている。今はもう一体――剣を振るうオークを相手にしているところだった。そいつが、上段から剣を振り下ろす。


 パーチェの加護なら光と化して攻撃をかわすことは造作もない。傷を負う心配はないと判断したからこそ、向こうの二体は任せた。しかし、彼女はその場を動こうとしなかった。



(パーチェ……!?)



 咄嗟のことで声を上げる暇もない。その間にも事態は動いていく。彼女は両手を交差させるように頭上に上げ、掲げた自身の剣で相手の剣を受け止め――……その瞬間斜めに剣を傾(かし)がせて、攻撃を受け流す。



(あれは――……)



 彼女はそのまま、受けた剣撃の反動と、自身の剣の遠心力を利用し、円を描くように反撃の刃を繰り出す。それは、紛れもなく……



「はああぁぁぁあ!」



 鋭く円を描いてからの上段からの一撃。それはオークの頭を両断し、身体も深々と切り裂いて地面に到達する。確認するまでもない即死だが、パーチェはその場を飛び退き、残心する。


 やや遅れて、直前までパーチェがいた場所を目掛けたように、オークの身体が倒れ込んでくる。重々しい音が辺りに響く。



「ふっ……ふっ……ふっ……!」



 事前に警告はしたものの、やはり命を奪った実感に動揺しているのかもしれない。パーチェは荒い息をつく。しかし、それもわずかな間で。



「ふーっ……」



 やがてパーチェは、安堵したように細く長く息を吐いた。そして周囲を見渡し、こちらの姿を発見する。



「あ、先生! 見てた!? あたしやったよ! それに先生の技も、上手くできたでしょ!」



 戦いの高揚が残っているのか、パーチェが笑顔で手を振ってくる。オレはそれを見ながら複雑な心境を抱いていた。


 先刻彼女が繰り出した技は、紛れもなくタツミ流の【流輪(りゅうりん)】。相手の剣を受け流し、流れるように反撃を繰り出す、流派の奥義。


 問題は、パーチェにはまだ正式にこの技を教えていないということ。もう少し身体を作り上げ、基礎を徹底させてから覚えさせるつもりでいた。それを彼女はいつの間にか会得し、あろうことか実戦で使ってみせた。しかも対人間用であるこの技を、長身のオークに合わせて微調整までして。つまり……



(才能、か……)



 パーチェは剣の天才だ。ほとんどの技は少し練習しただけで覚えてしまう。――そう。〝覚えてしまえる〟のだ。


 だがそれは、言ってしまえば無理やり形をなぞらえているだけに過ぎない。基礎を積み重ね、身体に染み込ませたものと比べれば、薄氷を踏むようなものだ。


 今の戦いも、わずかでも力負けし、技の精度が狂っていれば、断ち切られていたのは彼女のほうだったかもしれない……



「……パーチェ」



 武器を納めたオレは彼女の元に歩み寄り、言葉を選びながら声をかける。



「よく、無事に生き延びた。実力は疑っていなかったが、実戦でそれを発揮できるかはまた別の問題だからな」


「えへへ……あたし、思ったよりこういうの向いてるみたい」



 今はもう落ち着いた様子のパーチェ。先刻の動揺は残っていない。いや、それ自体わずかなものだったのだろう。確かに向いているのかもしれない。


 彼女は褒められたことに喜び、安心したようにはにかむ。その笑顔を崩すのは心苦しいが、言うべきことは言わなければいけない。



「だが、最後に出した技……あれを実戦で使うことは、今後禁ずる」


「え……? ……どうして?」


「正式に教えていないからだ。生兵法は怪我の元なのは、分かるな? 教えるにしても、段階を踏む必要がある」


「でも、あたし今の技、もう覚えちゃったよ。それでも段階を踏まなきゃいけないの?」



 パーチェが珍しくこちらの言葉に食い下がる。


 意識的か、無意識かは分からないが、彼女のようにすぐに技術を修得できる人間は、基礎を軽視するきらいがある。実戦でも通用したのだから、なおさらだろう。


 人付き合いの苦手なオレは、こういう時に上手く言葉が出てこない。いや、たとえここで言葉を尽くせたとしても、本人が自覚しなければ納得はさせられないかもしれない。


 しかし教える側として、ここで妥協することはできない。彼女の才能は本物だが、それに胡坐(あぐら)をかいてしまえば……いつか、取り返しがつかなくなる。



「ああ、ダメだ。すぐに覚えてしまえるお前だからこそ、正式な手順が必要なんだ。これは師としての命令だ。いいな」


「……うん。先生がそう言うなら……」



 結局、オレが絞り出せる言葉では納得はさせられず、パーチェの顔には不満が残ったまま。しばらくは、会話もぎこちないものになっていた。



(それにしても……)



 オレは周囲に倒れる魔物の死骸に目を向ける。



(王都に近いこの辺りで、しかも街道の傍に、オークのような力の強い魔物が出没するとは……)



 大きな街や、人が多く通る道では、安全のために定期的に魔物や野盗の討伐が実施されている。それを、かい潜って来たというのか? それとも……



(対処が間に合わないほど増えている、のか?)



 しかしそんな噂は聞いていないし、考えても分からない。


 オレはモヤモヤとしたものを感じながらも、パーチェを連れて馬車に戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。