6話 ざっくりしすぎていないか?
そうして、なぜかトントン拍子にパーチェの同行は決定されてしまった。
今回は穏便に引き渡されることが決まっているという、新たな『異界の民』。だが前述の通り、危険が全くないとは言えない。
当然オレは難色を示したし、何より娘を溺愛するディリットが許さないと思ったのだが……
――「いいよ。僕らがどういった活動をしているのか見せるのにちょうどいい。何よりこの旅で得た経験は、きっとパーチェを大きく成長させてくれることだろう」
あいつはそう言ってあっさりと娘を送り出すことを決め、オレもそれに押し切られてしまった。
奴の娘への愛情は籠の中に閉じ込めるのではなく、千尋の谷に突き落とすほうだった。溺愛し、成長を期待するからこそ、試練を与えることをよしとするのだろう。その愛し方も分からないではないが、預けられるオレの身にもなれ。
まぁ、オレはオレで、パーチェの稽古の成果を見るいい機会かもしれない、と思ったのも、事実なのだが。
しかしこのまま行くと、パーチェは旅先で誕生日を迎えることになるんだが、本当にいいのか……?
――――
旅立つ前の経緯を思い出していたオレは、一度馬車を止め、街道沿いの林に二頭の馬を繋ぐ。
「一旦休憩しよう。馬も休ませないといけないからな」
「はーい」
馬車から下りたパーチェはグッ、と身体を伸ばす。ずっと座席に座っていたせいだろう。あちこちからパキポキと音が鳴っていた。
二人で木陰の下に移動し、幹に身体を預ける。風がさわさわと木の葉を揺らしていた。
「先生」
「なんだ?」
視界の端で、パーチェがわずかに嬉しそうな表情を浮かべるのが見えた。
「あたしが前世の記憶を持って生まれ変わった子供だってこと、父さまに黙っててくれてありがとね」
なんだ、その話か。
「お前が今まで言えなかったことを、オレが勝手に話すわけにもいかないだろう。感謝されることじゃない」
「それでも、ありがと。前世の父親にはいい記憶がないけど、この世界の父さまは好きだからさ。変な目で見られたくないんだ」
「あいつも、それにお前の母親も、事情を話しても態度は変えんと思うがな」
「あたしもそう思うけど……やっぱり、ちょっと怖い部分もあって」
その気持ちも分からなくはない。オレたちのような『異界の民』は、良くも悪くも一般の人間とは違う見方をされることが多いのだから。
「でも、この旅を終えて村に帰ったら、話すつもり。無事を知らせてからのほうが心労も少ないと思うしね」
「ああ。そのほうがいい」
パーチェはオレの言葉に満足そうに頷いたあと、どこか神妙な様子で問いかけてくる。
「ねぇ、先生。先生はあたしが生まれ変わってたことに驚いてたけど、他に同じような人っていないの?」
「……そうだな。少なくとも、オレは聞いたことがない。もちろん、お前という実例がいたんだ。オレが知らないだけで他にもいる可能性はあるが……」
「そっか……」
オレの答えに、パーチェは少し寂しそうな表情を浮かべる。が、それも束の間。すぐにいつものように明るい声で口を開く。
「でも、あたしも先生と同じ元日本人で、『異界の民』だってことは変わらないもんね。それに、生まれ変わりがいなかったとしても、先生みたいに召喚された人は他にもいるんでしょ?」
「ああ」
「つまり、故郷が同じ、仲間も同然てことだよね!」
「ざっくりしすぎていないか?」
「会ってみたいなぁ。いつか会えるかなぁ」
「頻繁に会ってはいるぞ」
「へ?」
赤髪の少女は隣で間の抜けた声を上げる。
「だ、誰? 村の中にいたってこと?」
「薬屋のジュリアだ。彼女も日本から召喚された」
「は!? ジュリア姉さんが!?」
そういえば、パーチェは彼女のことをそう呼んで慕っていたな。道場の稽古で生傷を作る度に、ジュリアの薬の世話になっていたからかもしれないが。
「え、てことは……ジュリア姉さんも、先生みたいに改名したの?」
「いや、本名だ。樹木の樹に、理科の理、亜細亜の亜で、樹理亜だそうだ」
「……全然知らなかった……」
まぁ、ジュリアもあえて自分から口には出さないだろうからな。とはいえ〈アシャワン〉として活動するなら、一員である彼女のこともいずれ知ることになる。
パーチェはしばらくショックを受けた様子を見せていたが、気を取り直したのか再びこちらに問いかける。
「ねえ。先生やジュリア姉さんは、元の世界に帰りたいとは思わなかったの? ……そもそも、帰る方法ってあるのかな」
彼女のその問いかけに、オレは少し考えてから答える。
「結論から言えば、帰る方法自体は存在する」
「! あるんだ」
「ああ。そしてオレもジュリアも、初めは帰ろうとしていた。当然と言えば当然だ。いきなりこんな訳の分からない世界に呼び出されたのだし、オレには元の世界に心残りもあった。そのうえ命を狙われたなら、なおさらだ」
「命を……? なんで……?」
彼女にとっては思ってもみない言葉だったのだろう。呆然と疑問の声を漏らす。
「『異界の民』が世界を渡る時、加護を授かるのは知っているな?」
「うん……あたしの〈光輪〉や、先生の〈錬成〉とかだよね」
「ああ。それらは使いようによって、戦の局面さえ変えられる大きな力になる。まぁ、オレの加護にはそこまでの力はないが……ともかく、そうした力の持ち主を意図的に召喚することは、世界の均衡を乱す行為だとして、本来は禁じられている」
「え? でも……」
パーチェの疑問に、オレは頷いてみせる。
「そうだ。王国議会は、構わず『異界の民』を召喚し続けている。そして彼らの望む力――〈アヴェスター〉を持たないと分かれば、禁忌に手を染めたと世間に知られないよう、秘密裏の処理を目論む派閥も、存在する」
「処理……」
「オレたちは彼らを強硬派と呼んでいる。オレやジュリアが召喚された時は、彼らの動きが活発だった。そこを〈アシャワン〉に助けられたんだ」
「それが、父さまやレアさんたち?」
「ああ。だが……ここからは、恥を晒す話になるんだが……オレは最初、レアやディリットたちを拒絶していた。今は多少マシになった、と思うが、当時のオレは今以上に斜に構え、人付き合いも苦手にしていた。手を差し伸べてきた彼らのことも、オレを何かに利用しようとしているんじゃないか、と疑っていたんだ」
「先生が……? 全然、そんな風には見えないんだけど」
「言ったろう。多少はマシになったと」
村でのオレの様子を見てそう思ってくれるのなら、それは喜ばしいことだ。どうしようもなかった昔の自分から、変わることができた証明なのだから。
だからこそ、変わる前の自分の――二十年前の話をすることは、少なからず苦痛を伴う。今言ったように恥を晒す話であり……思い出したくない出来事も、内包している。わずかに迷いながらも、オレは口を開く。
「当時、〈アシャワン〉が警戒していた相手は二つあった。一つは今も名前を出した強硬派。そしてもう一つが、悪魔を信仰する――」
その時。
控えめな風の音に混じって、下草を踏む足音がこちらに届いてきた。
「……」
「先生?」
オレは静かに木の幹から身体を離し、得物を検める。
左腰には日本刀。右腰の後ろには金属製の槌矛――メイスを提げてある。どちらも〈錬成〉で作成し、魔術の効力を掘り込んだ文章――魔術式を刻んだものだ。それらをいつでも抜けるよう意識しつつ、周囲の気配を探る。
足音は複数。人よりも重々しいそれは、徐々にこちらに近づいてくる。それに合わせて獣のような匂いが鼻をつく。
その頃にはオレは、左腰から日本刀をすらりと抜き放っていた。
「パーチェ、剣を抜け。敵襲だ」




