5話 一つ、お願いがあるんだけど
晴天の空の下。空気も澄んで気持ちのいい早朝。
オレは今、揺れる幌馬車の御者台に座り、二頭の馬の手綱を引きながら、王都へ向かって街道を進んでいた。そして……
「二人っきりで王都までの旅だなんて、新婚旅行みたいだね!」
「……結婚はしていないからな」
隣から聞こえてきたその浮かれた台詞を、オレは律儀に訂正する。
そう。御者席の隣には、ストラーダ家の次女であり、オレの教え子の一人でもある、パーチェノイア・ストラーダの姿があったのだ。
なぜ、こんなことになったかと言えば……
***
「おそらく議会は近いうちに、新たな『異界の民』を召喚する。君には〈アシャワン〉の一人として、それを迎えに行ってもらいたい」
ディリットのその言葉に、オレはわずかに遠い目をする。
「……そうか。前回の召喚から、もう十年も経ったのか。……議会は今でも、『女王』の再来を諦めていないんだな?」
「ああ。彼らは過去の栄光を忘れられずにいるからね。目当ての『異界の民』を呼び出せるまで、何度でも同じことを繰り返すだろう」
「召喚された後の引き渡しに、素直に応じるか?」
「昨今は穏健派の動きが強い。目当ての力を持っていないと判明した時は、こちらで引き取ることを了承させてある。それでも……」
「危険はないとは言えない。万が一に備える必要がある」
「そうだ。頼める――」
「あのー……」
そこで、それまで蚊帳の外だったパーチェが、手を挙げながら口を差し挟む。
「さっきからなんの話をしてるの? 議会が新しく『異界の民』を召喚する? 先生とは別にってこと? でも『女王』の再来っていうのは? それに、〈アシャワン〉って……」
当然と言えば当然の疑問を投げかけるパーチェを置いて、オレはディリットと顔を見合わせる。
「おい、ディリット。パーチェにはどこまで話してあるんだ?」
「まだ何も。むしろ召喚や君のことについて知っているようなのはどうしてだい?」
「今さっき、偶然その話になってオレから話していたんだ」
「ふむ……それなら、ちょうどいい機会かもしれないね。あの子ももうすぐ成人することだし、そろそろ話そうとは思っていたんだ」
「そうか。なら、ひとまず道場の中に移動するとしよう」
揃って道場内の一室に移動し、全員が席についてから、ディリットが口を開く。
「さて、パーチェ。これから話すことは、村の皆にも他言は無用だ。約束できるかい?」
「う、うん」
わずかに緊張した様子でパーチェが頷く。
「順を追って話そう。君は、この国が王家と貴族たちからなる王国議会によって運営されていることは知っているね?」
「なんとなくは」
「では、過去にこのキアーヴェ王国を発展させた『偉大な女王』については?」
「家庭教師の先生に歴史習ったから、少しは知ってるよ。何十年も前に隣国と戦争してた時に即位した女王さまでしょ? すごく頭のいい人で、他国と上手く交渉したり、新しい政治の制度を考案したり、画期的な発明を広めて国力を高めたりしたんだよね。そのおかげでこの国は戦乱を回避できて治安も良くなって、うちみたいな村まで上下水道が整備されるくらい豊かになったって」
そう。かの女王がこの国にもたらした恩恵は数多く、文化レベルは想像以上に高い。カメラもその一つで、旧来の大型なものを彼女の発案で小型化したもの(当然、現代日本に比べれば大型ではあるが)が貴族の間で出回っている。この村ではストラーダ家が一台所有しており、オレの自宅にある家族の写真は、ディリットの好意で撮らせてもらった一枚になる。
「その女王なんだけどね……実は、この世界に召喚された『異界の民』だったんだ」
「へ?」
パーチェがポカンとした声を上げる。
「彼女には、『世界の知識を読み取れる』加護があったと伝えられている。名を、〈アヴェスター〉。その力は、彼女自身が知らない知識さえ知ることができたそうだ。革新的な制度や発明もその加護によるもので、同じ力を持つ者は歴史上を探しても前例がない、とても貴重で、希少な加護だ」
「〈アヴェスター〉……世界の知識……」
「ああ。彼女の統治で、この国には富と平和がもたらされた。しかし、その繁栄も長くは続かなかった。なぜだか分かるかい?」
「……女王さまが、亡くなったから……?」
「その通り。彼女は僕らと同じ人間で、寿命も短かった。エルフやドワーフに比べれば、遥かにね。子供も残さなかったらしい。その理由までは分からないが、当時の王家や貴族たちの混乱は、想像に難くない」
ディリットは一つ息を吐く。
「結局この国は、元の王家と有力貴族たちからなる王国議会が統治することになった。けれど、女王がもたらした当時の繁栄を、今でも忘れられないんだろうね。議会はその後も『異界の民』を召喚し続けている。サームもその被害者の一人だ」
「……先生の話はさっき少し聞いたけど……そんな身勝手な理由で、一方的に呼び出されたの?」
少しむっとした表情を見せるパーチェ。オレのことで怒りを覚える彼女に、わずかだが救われた気持ちになる。
「というか、さっきから気になってたんだけど、『異界の民』の召喚って、そんな気軽にポンポンできるものなの?」
「気軽というわけじゃないさ。この国が特殊なんだ」
「特殊?」
オレはディリットの言葉を引き継ぎ、パーチェの疑問に答える。
「このキアーヴェ王国の王都――王城がある場所は、魔力が集積する、いわゆる霊脈と呼ばれるものにあたる。議会はそこに必要な量の魔力が集まる時を狙って儀式を行い、異界との扉を開いているんだ。その間隔は、およそ十年」
「十年……前回の召喚がちょうど十年前だから、近いうちに新しく呼ばれるはず、ってこと?」
「ああ、その通りだ」
「……ひとまずそれは分かったけど……なんで先生が迎えにいくって話になるの? それに〈アシャワン〉っていうのは?」
「ああ。その話もしないとね」
再びディリットが口を開く。
「女王は、自身の死後の状況も正しく予測していたんだ。王国議会内の権力争いに、女王の再来を求めて『異界の民』を召喚し続けること。さらには彼女の死を好機と捉え、国を混乱させる悪人が出現することさえ。けれど、やがて命を落とす彼女には、それらを止める手立てがないことも。そこで……」
「外部から彼らを監視する仕組みとして、〈アシャワン〉という組織を創設した。当時すでに権限を失いつつあった女王が、それでもこれから召喚される『異界の民』を、そして罪のない人々を救う手立てとして、可能な限りの権限を与えて」
「その〈アシャワン〉の後ろ盾となったのが、当時のストラーダ家当主フォルマーレ・ストラーダ。僕らの先祖だ。ここ、ヴィルトゥ村はその際に女王から与えられた、〈アシャワン〉を育て、継承させるための、隠れ里なんだ」
「王国議会と、悪人の監視……この村がそのための……じゃあ、今まであたしに黙ってたのは……?」
ディリットはわずかに申し訳なさそうな表情で、娘の質問に答える。
「この村のことが公になれば、〈アシャワン〉を良く思わない者が手を出してくるかもしれないからね。情報が外に漏れないために、可能な限り秘匿する必要があったんだ。だから〈アシャワン〉として活動しているのは、この村でも限られた者だけなのさ。ただ、まぁ、さっきも言ったように、パーチェはもうすぐ成人を迎えるからね。それを機に話すつもりではいたんだ。それと、サームが向かう理由だけど……」
ちらりとこちらに視線を送るディリットに、オレは頷いてみせる。
「以前からディリットには伝えてあったんだ。また召喚されることがあればオレが助けに行くと。〈アシャワン〉の任務というのもあるが、何より同じ『異界の民』だからな」
「……」
そこまで聞いたところで、パーチェは何か考え込むような仕草で黙り込む。納得させられたのだろうか。
「さて、パーチェ。聞きたいことは、こんなところかな」
「そうだね……なんとなくは、分かったと思う。……ところで父さま。先生が旅立つのはいつ頃で、何日くらいかかるの?」
「猶予がどれだけあるか分からないからね。明日にでも向かってもらおうと思っている。期間は……ちょっと読めないな」
「……そっか。やっぱり、そうなるよね……なら、父さま。一つ、お願いがあるんだけど」
「? なんだい?」
父親の問いに、娘はなぜか意を決した表情で懇願する。
「先生が、新しく召喚される人を迎えに行くっていうなら……あたしも、その旅について行きたい!」
「……なんだと?」
オレはパーチェのその言葉に、ポカンとした表情を浮かべることしかできなかった。
◆◇◆◇◆
まったく! あたしを置いて旅に出るつもりだったなんて先生はまったくもう!
こっちは毎日だって会いたいし、あわよくば結婚したいとずっと想ってるっていうのに。
大体明日から旅になんて出られたら、数日後に迫るあたしの十五の誕生日を――成人する記念日を、先生に祝ってもらえなくなるじゃない!
家族から祝ってもらうのも嬉しいけど、やっぱりあたしは先生に一番に祝ってもらいたい。それなのに先生ったらまったくもう!
こんなに全力でアピールしてるのに、どうも先生には届いていない感じがする。そもそもいまだに本気にされてない可能性もある。
年齢差があることも、親友の娘としか思われていないことも、教え子に手を出すつもりがないことも、理解している。
元いた現代日本の価値観を引きずっていることも今日知れた。もしかしたら、このまま村での生活を続けているだけでは、関係性は変わらなかったのかもしれない。
だから、この旅の話は寝耳に水ではあったけど、同時にチャンスだとも思えた。普段と違う環境で、もっと距離を縮められれば、と。
それに……
かすかに、嫌な予感があった。
このまま先生を一人で行かせてしまったら……もう、二度と会えなくなるような、そんな漠然とした不安が。
もし……もし、そんなことになったら……あの時のように、再び大事な人を失ってしまったら、あたしは……
「……先生は、あたしを置いていなくならないよね……?」




