4話 フットワークが軽すぎるだろう
足音の主は、迷わずこちらに向かっていた。
パーチェもすぐに気づいたのだろう。オレとほぼ同時に足音のほうに目を向け……すぐに嬉しそうに声を上げる。
「父さま!」
そう。現れたのはオレと同年代の男、パーチェの父親であるディリット・ストラーダだった。
筋肉質というほどではないが引き締まった身体をしており、それとは対照的に柔和な表情を浮かべている。短く切った髪は金色。娘が自分に似なかったことを少し残念がっていたことを憶えている。
「パーチェ。遅くなっていたから迎えに来たよ。サーム。いつも娘の面倒を見てくれて助かっているよ」
「大したことはしてないさ。オレこそ、いつも仕事を振ってもらって感謝している」
ディリットには道場を建ててもらった恩があり、頻繁に鍛冶の仕事も割り振ってもらっている。
というのも、先に触れた通り、ストラーダ家はこの地を治める領主の家系。その現当主がディリットだ。この村で何かするなら、彼の許しを得ないことには始まらない。
なぜ、そんな権力者がオレを援助し、こうして気軽に声を掛け合っているかと言えば……
「父さまと先生って仲いいよね。昔一緒に旅してたんだっけ?」
「ああ。サームには色々助けられて、大きな恩があるんだ。まぁ、相応に迷惑もかけられたんだけどね」
「おい、教え子にその話はやめろ」
「なんだい、サーム。まだ格好つけてるのかい?」
「一応、教える側としての面子というものがあるんだ」
「変わらないね、君は。いや、それ以外の部分は結構変わったのかな……お互いに。あの頃から、もう二十年も経っているんだからね」
「……そうだな。まさかお前がこんなに娘を溺愛するとは思わなかった。だが、ただ迎えに来ただけか?」
オレがそう尋ねたのは、ディリットが村の中だというのに帯剣し、手には布に包まれた何かを持っていたからだ。それに領主であるこいつが、娘の送り迎えのためだけにここまで来るとも考えづらい。
「察しがいいね。実は兵士の一人が、この剣を折ってしまったらしくてね」
そう言うと彼は手にしていた布包みをこちらに手渡し、次に腰に帯びていた剣を引き抜く。確かにその剣身は半ばで折れていた。つまり……オレが包みを開いてゆくと、そこには予想通り折れた刃先の姿。
「つまり、これをオレのところに運ぶ役を買って出たから、ここまで来たと?」
「えー、父さま、あたしついでなの?」
「いやいや、パーチェを迎えに来たのも嘘じゃないさ」
そうかもしれんが、どちらにしろ領主直々にやることか? フットワークが軽すぎるだろう。まぁ、子煩悩なのも、貴族だというのに一般人と距離が近いのも、こいつの美点かもしれないが。
「どうかな。頼めるかい?」
「ああ。このくらいならすぐ直せる。今日はまだ使ってないしな」
布をディリットに渡し、代わりに折れた剣を受け取る。それを刃先にピタリと合わせ、細部までよく見てから、意識を集中させる。
求めるのは折れる前のこの剣の姿。それを明確にイメージしながら、手に魔力を込める。すると……
ゴォ――!
と、剣がわずかな間、赤い炎に包まれ……次には接合された状態で――いや、〝破損箇所など最初からなかったかのように〟まっさらな状態で、姿を現す。
「どうだ?」
修復した剣をディリットに手渡す。彼はそれを目で検めた後に、軽く素振りをして具合を確かめる。
「……うん、問題ない。さすがだね、サーム。相変わらずいい腕だ」
「加護のおかげだ。腕は関係ないだろう」
「謙遜しなくていい。君以外が同じ加護を得たとしても、君ほどの精度で作ることはできないだろうさ」
「そうだよ先生! 誇っていいよ!」
親娘に立て続けに褒めちぎられたせいで、オレは少し落ち着かない心地を味わう。
そう。これがオレがこの世界に渡ってきた際に授かった加護。名を〈錬成〉という。
これは素材を素に武具や道具を作成する力。だから今ディリットから預かった剣も、正確に言えば『直した』のではなく、新たに『作成した』ことになる。
作れる物の大きさは、大体オレの身体の体積と同じぐらいまで。これは、オレの魔力の量がそのぐらいだからだろう。当然、魔力が尽きれば、そして素材がなければ、〈錬成〉することはできない。
この力は、明確なイメージが作成する物の出来の良し悪しに繋がる。そのためオレは、加護を使わずにこの手で実際に鍛冶をし、知識や体感を得ることによって、イメージを補強するようにしている。二人の称賛は、その努力を鑑みてのものだろう。
まぁ、努力と言ってみたものの、元から物作り自体嫌いではなく、村で暮らすうえでの生業にもなっているため、オレにとって鍛冶は趣味と実益を兼ねているものとも言える。
ディリットは修復された剣を鞘に納めると、改まった様子でこちらに向き直る。
「サーム。今日、僕が君の元を訪れたのには、実はもう一つの理由があるんだ。なんだか分かるかい?」
「……いや。分からん。だが、お前が直接足を運んだのは、それだけ重要な理由があるということか?」
「ああ、そして、こう言えば君も気づくはずだ。……前回の召喚から、十年が経った」
「――! もしや……」
息を呑むオレに、ディリットは真剣な表情で続ける。
「そうだ、サーム。おそらく議会は近いうちに、新たな『異界の民』を召喚する。君には〈アシャワン〉の一人として、それを迎えに行ってもらいたい」




