3話 そりゃ影響される部分も大きいよね
――ここは、異世界〈カルシュワル〉。
中世から近世ヨーロッパの雰囲気を漂わせ、魔術や法術、加護などの不可思議な力があり、人々を襲う魔物が存在する……オレが元いた地球とは、異なる世界だ。
ここには時折、地球のような別の世界から人が迷い込むことがある。向こうでは『神隠し』と呼ばれている現象だ。また、儀式等を用いて意図的にこちらへ召喚される事例も存在していた。
彼らは世界を渡る際、神々から加護と呼ばれる特殊な力を授かることがある。世の混乱の陰には、彼らの関与があるという噂までまことしやかに囁かれていた。
そうして世界を渡った者たち、世に影響を与えるほどの力を持つ者たちは、敬意や畏怖、または恐怖などの様々な感情を込められ、『異界の民』と呼ばれている――
「オレは、二十年前に地球からこの異世界〈カルシュワル〉に召喚された日本人……『異界の民』だ」
昼から夕刻に差し掛かろうかという時間、一人訓練場に残っていたパーチェに、オレは自分の出自を打ち明けていた。
「先生が、あたしと同じ日本人……召喚……『異界の民』……」
同じく地球からこちらに招かれたのだとは思ったが、パーチェも元は日本人なのか。
「でも、じゃあ、その髪と目の色は? 白髪ってわけでもないよね?」
彼女が疑問に思っているのは、日本人だというオレの髪と瞳が、日本人らしからぬ灰色をしていることによるものだ。オレは短く切られた灰色の髪を触りながら、教え子に返答する。
「元々は髪も目も黒かったんだがな。召喚された時に今の色に変わったんだ。どうも『魔力』に触れた影響らしい」
そう。この世界には魔力と呼ばれるものが存在する。
基本的には前述した魔術や法術、加護などを用いる際に消費される燃料のようなものだが、魔力自体が周囲のものに影響を与える場合もあるらしい。
「じゃ、じゃあ、サームって名前は? 下の名前は確かナリーマンだったよね。全然日本人ぽくないけど」
「こちらの世界で生きると決めた時に、改名した。元の名前は巽辰矢だ」
「巽辰矢……。じゃあ、もしかして先生の流派のタツミ流って……」
「うちは代々継がれてきた剣術流派でな。色々あって家族とは折り合いが悪かったし、こんな形で生き別れてしまったが……流派の名前ぐらいは、残しておきたいと思ったんだ」
「……そっか……ほんとにあたしと同じで日本から……でも、あたしとは違う……」
パーチェは同郷の人間と会えた安堵と、けれど完全な同胞ではない寂しさとを、同時に抱いているように見えた。
「あ! じゃあ、先生の故郷では、結婚相手が複数は問題あるっていうのは――」
「日本では法的に禁止されているし、倫理的にも問題があるからな。当然、教え子に手を出すこともだ。……むしろ、同じ日本人でなんでそんなに奔放なんだ、お前は」
「いやだって、こっちの世界、というかこの国では、十五歳で成人で結婚できるし、相手が複数いるのも禁止されてないからさ。貴族は血筋も残さなきゃいけないし。生まれ変わってからずっとそういう価値観で育てられてきたんだから、そりゃ影響される部分も大きいよね」
「それはそうかもしれんが……いや。オレのほうに、日本での価値観が色濃く残っているだけなのは、分かっているんだが」
この世界、少なくともこの国の貴族の価値観としては、パーチェのほうが正しいのも分かってはいる。馴染めていないのはオレのほうだ。いや、今はそれは置いておこう。
「それより……本当なのか? お前は召喚されたわけではなく、向こうの世界で命を落として、こっちで生まれ変わったというのは……」
それを問うと、パーチェの表情にわずかに影が差す。
「……うん。あたしの元の名前は、新道未来。正真正銘日本人だよ」
新道未来……疑っていたわけではないが、名前の響きで確かに同郷なのだと納得できた。
「あたし、元の世界では生まれつき病弱でね。ひどい喘息にかかってた。しかも父親がヘビースモーカーでね。あたしが発作起こしても平気で目の前で吸うような人で……なんとか症状抑えて学校には通えてたけど、満足に身体は動かせなかったし、しょっちゅう病院にかかって、入院することも多かった」
「……」
オレ自身に経験はないが、喘息の症状が非常に苦しいという知識はある。日常生活も満足に送れないというのは、相当な苦痛だったろう。しかしその父親はなんなんだ。目の前にいたら木刀の一撃でもくれてやっていたかもしれん。
「で、そのうち病状が悪化して、あっさり死んじゃった。もう苦しい思いしなくていいんだ、って思ったのを憶えてる。だからそこで終わりかと思ったんだけど……気づいたらあたしはこっちの世界で、パーチェノイア・ストラーダとして生活してた」
わずかに懐かしむような表情で、彼女は空を見上げる。
「あたしが前世の記憶を思い出したのは、五歳くらいだったかな。昔の記憶が押し寄せてきて、病気の苦しさを思い出して……正反対に健康な身体に生まれ変わったことに、びっくりして。走り回っても呼吸が苦しくならない。思った通りに身体が動かせる。それに感動して……運動すること全般大好きになったんだ」
「だから……道場の稽古でも毎回張り切っていたのか」
そして張り切りすぎて前日眠れなくなっていたのか。
「先生に会えることも嬉しかったんだけどね」
「別に、道場の日以外でも普通に会っていただろう」
「それはそれだよ。道場で剣を振る先生のカッコよさは格別なんだから」
「……」
「あ、先生もしかして照れてる~?」
「うるさい」
こいつのこういうストレートな物言いは少し困らされる部分だ。
「そういうオレへの好意の出所に関して、お前はいつも口を濁してきたな。もしやそれも、生まれ変わったことが関係しているのか?」
そう問うと、パーチェは少し困ったように笑った。
「うん……そうだよ。そんなこと打ち明けても周りの人を困らせたり怪しまれるだけだっていうのは、あたしでも分かってたからね。誰にも言えなかった」
だからか、いつも核心までは語らなかったのは。
「なら……こうして打ち明けた今なら、教えてもらえるのか?」
「……それは――」
少し迷った様子を見せながら、パーチェが口を開こうとしたところで……
何者かが、こちらに近づいてくる気配と足音を感じた。




