2話 そんなものはない
オレは小さくため息を吐きながら、目の前の少女に言い聞かせる。
「パーチェ。何度も言っているが、オレは既婚者だ」
「あたしも何度も言ってるけど、この国じゃ結婚相手が複数いても罪には問われないよ」
「この国ではそうでも、オレの故郷では法的にも倫理的にも問題がある行為なんだ」
これも何度も伝えてきたことだ。当然この程度ではパーチェは怯まない。
「でも、血筋を残すためにも結婚相手はたくさんいたほうがいいでしょ?」
「貴族でもなければ、無理に血筋を残す必要もない」
「うちがそれこそ貴族なんだから、必要はあるよ」
そう。パーチェの態度を見てると度々忘れそうになるが、彼女の家、ストラーダ家は、この辺りを領地として管理する位の高い貴族。パーチェはそこの次女だ。家の存続のためには、それこそ血筋を残すために様々な備えをしておく必要がある。だが……
「それなら、オレじゃなくてもいいだろう。オレにそんな価値はない。それに、歳が離れすぎている」
オレはすでに三十八歳。対してパーチェはまだギリギリ十四歳。娘と言ってもいいほどの年齢差だ。
「そんなことないよ! 先生の血筋だって、残したほうが絶対にいい。年齢だって気にしない。それに……あたしは、先生じゃなきゃやだ」
これもいつものことだった。最終的にはオレへの執着が理由になる。ただ、その理由が分からない。
「どうして、そこまでオレにこだわる」
「好きだからじゃ、ダメ?」
「好意の出所を聞いてる」
「顔!」
「おい」
「いや、ずっと一緒にいるなら、これだって大事な理由でしょ。もちろんそれだけじゃなくて、小さい頃から面倒見てもらってたし、いつも冷静で大人っぽいし、あたしより強いし、それに……」
「それに?」
「……なんでもない」
パーチェはいつもこの辺りで口を濁す。今日も核心には触れないまま、けれど強く気持ちを込めて、彼女はオレを見据える。
「とにかく! 子供の頃に約束したもんね! あたしが強くなって先生から一本取ったら、結婚してくれるって! というわけで今日こそは!」
「あれはお前が一方的にした約束で……まぁいい。模擬戦をするのは構わない。ただし、仮にオレから一本取れたとしても、オレの考えは変わらない。それでもいいな?」
「いいよ。でも先生。自信ないのかなぁ~? それに、もし本当に教え子から一本取られたりしたら、いつまでもその澄ました顔を続けていられるかなぁ~?」
クククと笑い、こちらを煽ってくる赤髮の少女。なんだその悪役みたいな笑みは。
オレたちのやり取りを見ていた他の生徒たちは、いつの間にか周囲に広がって場所を空け、観戦する構えを見せている。恒例行事になっているため、察するのが早い。まぁいい。他人の戦いを見るのも、学ぶには大事なことだ。
「あ、先生。『加護』は使っていい?」
……なるほど、今日はそれが狙いか。
「制御できるんだな?」
「うん、任せて」
「……まぁ、いいだろう。周りに被害を出すんじゃないぞ。――お前たち、念のためもう少し距離を取っておけ」
「「「はーい」」」
生徒たちが素直に返事をし、それぞれ後方に下がって輪を広げる。
オレとパーチェはその広がった輪の中央で距離を空けて向かい合い、互いに礼をする。
「「お願いします」」
そして、どちらも得物を中段に構える。一呼吸置いて。
「――ふっ!」
パーチェが強く地面を蹴り、踏み込む――と同時に、その姿が消えた。
いや、正確に言えば、彼女がいた場所からこちらに向けて残光が――光の帯のようなものが残っていた。次の瞬間――
「隙ありいいいぃぃぃ!」
光が形を成し、目の前にパーチェが現れ、即座に木剣を袈裟懸けに振るってくる!
この世界では稀に、神々が人々に『加護』と呼ばれる特殊な力を授けることがある。
常人ではありえない怪力。無尽蔵の体力。未来を見通す眼など。種類は様々だ。
それらは神官が扱う『法術』や、魔術師が操る『魔術』では再現が難しい、特異な力であることが多い。その加護の一つを、パーチェは生まれつき所持していた。
彼女が授かったのは『光』を操る加護、〈光輪〉。武具に光の魔力を纏わせることや、自分自身を光と化して瞬時に移動することも可能な、非常に強力な加護だ。
制御に難がある(ともすれば明後日の方向に移動したり、距離の調整ができずに行きすぎたりしてしまう)からか、これまでの稽古では使ってこなかったが、陰で訓練は積んでいたのだろう。
それを使ってでもオレから一本取ろうというのは、それだけ彼女の本気が窺える。だが――
「――そんなものはない」
オレはパーチェの袈裟斬りを正面から受け止める。光と化して高速で移動する相手と実際に対峙するのはさすがに初めてだ。反射神経も若い頃に比べれば若干落ちている。が、彼女の加護の力を事前に知っていたことで、備えは十分にできていた。
ガシン!と音を響かせ、木刀と木剣が激しく衝突する。このまま鍔迫り合いに持ち込めば、膂力でも体格でも勝るこちらにかなりの分がある。
が、パーチェもそれは分かっていたのだろう。押し合いには応じず、即座に剣と身体を引かせた彼女は、その場でくるりと反時計回りに回転し、水平に斬りつけてくる。
その斬撃に力が乗り切る前に、オレはパーチェの木剣を十字に受けて押さえ込む。そのまま木刀の柄を彼女の顔面に突きつけ、当ててしまう前に寸止めしようとしたところで……再び、パーチェが光と化し、その姿がかき消える。
「――!」
残光は視界の内には残っていなかった。つまり退いたのではなく、強引に前進してオレの視界の外、背後に回り込んだことになる。眼前に武器を突きつけられていたにも関わらず。
パーチェが自身を光と化している間、ある程度なら障害物を無視して移動することができるらしい。ただし、光を遮ってしまうほどの大きな壁や、濃い影のある場所などでは、そこで移動が止まってしまうのだとか。
オレは足さばきを駆使し即座に振り向く。果たして、そこに残光はあった。右に、左に、光の線を描きながら、瞬時にこちらに接近し……
「とったあぁぁぁ!」
目の前まで迫ったところで実体化し、上段から鋭く剣を振り下ろしてくる。だが……
(約束の件を置いておいたとしても、まだ一本取られるわけにはいかない)
教え子の成長は嬉しいものだが、このまま勝たせてしまえばその成長がここで止まってしまう恐れがある。師としての面子、強敵への対抗心もないとは言えない。それらが一瞬で頭の中を過っていき……しばしの間、全てが彼方に消え去る。その身に染み込ませた技が、身体を勝手に動かす。
頭上に掲げた木刀でその一撃に合わせたオレは、当たる瞬間に木刀を斜めに傾かせ――パーチェの一撃を受け流す。
「!?」
衝撃を受け流され、彼女はガクンと体勢を崩す。
オレはそのまま、受けた剣撃の反動と、自身の刀身の遠心力を利用し、鋭く円を描くように反撃の刃を繰り出す。タツミ流奥義――【流輪】。
「――っ……!」
木刀の切っ先はパーチェの額に当たる寸前で止まった。前髪が一本はらりと落ちる。彼女は数秒の間、目の前の木刀を注視した後に……
「……参りました」
悔しそうに目を瞑り、そう宣言したのだった。
――――
「うぅ~」
「なんだ、まだむくれてるのか」
本日の稽古も終わり、子供たちが帰った後の訓練場。一人だけ残っていたパーチェが木剣の片付けを手伝いながら、不満そうに唸っていた。
「だって今日こそは一本取れると思ったのにさぁ……なんで加護を使った攻撃まで防げるの、先生?」
「あれは、お前の加護を事前に知っていたから防げただけだ」
それに加えて、これまでの実戦経験が、身体を自然に動かしてくれたにすぎない。奥義まで披露したのは、少し大人気なかったかもしれないが。
「涼しい顔してさばいてくれたのに、謙虚だね、先生。そんなところも好きなんだけど。ねぇ、やっぱり結婚しようよー。奥さんたくさんいたっていいじゃない。ハーレムだよ、ハーレム」
「何度も言っているが、レア以外と結婚することも、教え子に手を出すつもりもない。大体、一本取れなかったんだから、お前の言う約束の条件も満たしてないだろう」
「そうだけどさー……でもやっぱり諦め切れないから、先生の気持ちが変わるまでいくらでも待つつもり――」
なおも引き下がろうとしない教え子に呆れながら……オレは同時に、今の会話にかすかな違和感を覚え、片付けの手を止めていた。
「……パーチェ。お前、今なんて言った?」
「? 『先生の気持ちが変わるまで待つ』?」
「違う。その少し前だ」
「え? えーと……?」
本気で分からないという顔をするパーチェ。おそらくは無意識で口に出したのだろう。その頃にはオレが抱いた違和感は、ハッキリとした疑念になっていた。
「『ハーレム』、もしくは『ハレム』は、元々某宗教の女性の居室、後宮のことを指す言葉だ。それが転じて、一人の男性の元に複数の女性が集まることを揶揄するようになったそうだが――……これは、現代日本での使われ方。つまりは……地球の言葉だ。……なぜ、お前がそれを知っている?」
「え? あ……!」
パーチェがしまったという顔をする。が、すぐに彼女も疑問に思ったようだ。
「って、あれ……? そんなこと知ってるってことは……それにさっき、『遠足』とか『小学生』とか……」
その反応に、こちらの疑念は確信に変わる。彼女のほうも何かを察したようだった。
「パーチェ、まさかお前――」
「もしかして、先生も――」
そうしてオレたちは、同時に互いの推測をぶつけ合う。
「――お前も、地球からこの世界に召喚されてきたのか……?」
「――先生も、向こうで死んでこっちで生まれ変わったの!?」
「「……ん?」」
そして同時に、顔に疑問符を浮かべ合った。




