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〈一撃〉のサーム ~別になんでも一撃で倒せるわけじゃない~  作者: 八月森


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1話 この静かで平穏な日々が

「――それじゃ、行ってくる。レア、ルーチェ」


 鍛冶場が併設された石造りの一軒家。リビングの棚の上に置かれた写真立て。そこに写った家族の二人に、オレは声をかける。


 返事はない。分かっている。もう二人はここにいないのだから。


 静寂がその事実を突きつけてくる。それに寂しさを覚えながら、オレは外に出て静かに扉を閉めた。

 隙間から差し込んでいた陽の光が狭まっていき……やがて屋内は、闇に包まれた。



  ――――



「あ、サームさん! 先日は薬草をありがとうございました」



 外に出て村を歩いていると、木造家屋の店のカウンターから女性の声が飛ぶ。薬屋のジュリアだ。



「気にしないでくれ。ジュリアの作る薬にはいつも世話になってるからな」


「いえいえ、こちらこそ。今度改めてお礼に伺いますね」



 その言葉に片手だけ上げて返事をし、立ち去る。



「よぉ、サーム。これから仕事だろ?」



 今度は大工のアントニオが、金槌片手に声をかけてくる。



「ああ。今日は道場の日だからな」


「うちのせがれもさっき出ていったところだ。お前が来るのを待ってるだろう。遠慮なく厳しく鍛えてやってくれや」


「そこは心配するところだろう。まぁ、なるべく怪我はさせないように気をつけるさ」



 そう言ってオレは再び歩き出す。


 ここはキアーヴェ王国の外れにあるヴィルトゥ村。


 人口二百人ほどの小さな村だが、牧歌的な雰囲気ののどかな場所で、何より住人たちの人柄が良いのが特徴だ。人付き合いが苦手なオレのような人間にも和やかに、けれど踏み込みすぎず接してくれるため、感謝している。


 そうしているうちに、道場に辿り着く。平屋だが、十数人くらいなら余裕をもって入ることができる広い建物だ。


 道場の表に掲げられた木製の看板には、こう書かれている。――『タツミ流剣術道場』。


 ここは、オレが師範を務める剣術道場。主に村の子供たちに身を護る術を教えている。離れた場所に建てられているのは、運動に適した広い土地が村外れだったことともう一つ。オレの自宅が鍛冶場を兼ねているため、火事の際に延焼を防ぐ措置だった。子供を預かる場なので、その辺りの立地には気を遣った。



「あ、サーム先生!」


「先生だー」


「おはようございまーす」


「ああ、おはよう」



 道場の外にはちょっとした広場――訓練場があり、そこに集まっていた十人ほどの子供たちがめいめいに挨拶してくる。皆すでに稽古のために木剣を準備していた。


 オレもそれに軽く応じてから、建物に立てかけられていた木剣――ではなく、木刀を手にして、彼らの前に立つ。東方のアメツチという島国に伝わる刀を模したもので、オレはこちらのほうがしっくりくる。


 道場といっても、別に通うのは義務ではない。その日によって来る生徒はまちまちだ。今日は十一人。多いほうと言える。



「みんな、身体はほぐしたか?」


「先生が来るまでにちゃんとやっておいたよ」



 この中では年長にあたる十七歳のレオナルドが代表して発言する。


 彼はほぼ毎回道場に顔を出し、熱心に稽古をし、オレがいない時は年下たちの面倒も見てくれているのだ。大変助かっている。


 今日は天気がいい。こういう日は決まって外で稽古をすることになっている。賊や魔物に襲われるのも屋外が多いため、慣れておくに越したことはない。



「よし、始めるか。――お願いします」


「「「お願いします」」」



 子供たちの前に立ち、一礼する。ここまでは賑やかな様子だった彼ら彼女らも、ここだけは神妙な様子で、こちらに倣(なら)い頭を下げる。



「まずはいつも通り素振りからだ」



 子供たちを互いに間隔を空けて並ばせてから、手本として何度か剣を振るってみせる。


 上段、袈裟切り、水平、逆袈裟。木刀が風を切る度に、子供たちがキラキラした目で見つめてくる。少しこそばゆい。



「それじゃあ、次は自分たちで振ってみてくれ」


「はい!」


「はーい」



 素直で元気のいい返事と共に、子供たちが木剣を振るう。



「……」



 オレはこの時間を眺めるのが好きだった。子供たちの成長を間近で確認できるからだ。


 長年の稽古で習熟した剣を振るう者がいれば、まだ粗削りでこれからの成長を期待できる者もいる。彼らは可能性に満ち溢れている。


 そして、子供たちがこうして道場に顔を出していられるということは……



(静かだ……)



 素振りをする子供たちの掛け声。村人たちの話し声。釘を打つ作業音。それ以外に聞こえるのは風の音くらい。それら全てを含めて静かで、平和だと感じる。


 何十年も前には他国と戦争をし、二十年前には国内での争いもあったが、今のキアーヴェ王国は隣国と同盟を結び、表向きには争いの火種もない。子供たちが前線に駆り出されるような事態は、長い間起こらない状態が続いている。誰もが望んだ平穏だ。



(この静かで平穏な日々が、いつまでも続いてくれればいいんだがな……)



 魔物や人同士の争いも絶えないこの世界で、それは難しいとも分かっている。だからこそ、こうして子供たちに戦いの術を教えてもいるわけだが……


 叶うなら、それを使う機会など訪れないでほしい。


 そして――



(ようやく手に入れた平穏だ……それを護るためなら、オレはどんなことでもする)



 彼ら彼女らが剣を振るう姿を眺め、その成長を喜びつつも、オレは心中で決意を確かなものにした。



  ――――



「それじゃあ、次は模擬戦に移ろう。まずはオレとレオナルドで手本を――」



 その時。



「――ちょっと待ったーーー!!」



 訓練場に女子の大声が響き渡り、その場にいた全員の動きを止める。オレはその声に聞き覚えがあった。今日は顔を見ないと思っていたが……


 その間に声の主は全力疾走で道場の壁に向かい、立てかけられていた木剣を手に取ってからこちらに辿り着き、肩で息をしながら呼吸を整える。やがて落ち着いたところで顔を上げ……


 燃えるような赤髪は短く切られ、パッチリと大きな瞳は鮮やかな青に輝いている。

 動きやすそうな衣服を着て、下半身はスパッツの上にミニスカートを穿いている。年齢は今年で十五歳。もう数日で誕生日を迎え、成人する。



「遅刻だぞ、パーチェ」



 オレはその少女――パーチェノイア・ストラーダに声をかけた。


 彼女もレオナルド同様毎回のように稽古に参加するのだが、時折こうして遅刻することがある。



「ごめん、先生! 今日の稽古が楽しみで、昨夜寝られなくてさ! さっき起きた!」


「遠足前の小学生か、お前は」


「てなわけで先生! 模擬戦ならあたしとやろう! 大丈夫! ここまで走ってきたから、身体も温まってるし!」


「いや、そこは心配していないが」



 目の前の少女パーチェは、うちの道場で一番の使い手だ。同世代に比べて非常に体力があり、あらゆる運動神経がいい。来て早々に身体を動かすこと、模擬戦をすることにも、取り立てて心配はない。


 だから、懸念があるとすれば別の部分――



「なら、早くやろう! 覚悟してもらうよ、先生! 今日こそは、一本取ってみせる! そうしたら、前に約束した通り――……あたしと結婚しよう、先生!」



 ――そう。このパーチェノイア・ストラーダという少女は、稽古の度にこう宣言しては結婚を持ちかけて勝負を挑んでくる、少し困った生徒なのだ。

お久しぶりです。または初めまして。

新作は、異世界に召喚されて二十年の歳月を重ねた男が、手に入れた居場所を守るために再び争いに身を投じていく物語です。お楽しみいただければ幸いです。

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