8話 いつもの、結婚してアピールでした
パーチェと二人、馬車での旅の途中。
陽が落ちる頃合いになったため、オレたちは馬車を街道脇の林に停止させ、野営の準備を始めた。
といっても、乗ってきた幌馬車があるため、テント等を準備する必要はない。そこまで大きくはないが、二人が中で眠るくらいのスペースはある。
だから手を付ける必要があるのは、夕食のための焚き火程度のものだ。
パーチェと手分けして集めた枯れ枝を、土が露出した地面に組み上げる。本来ならそこに火口箱から取り出した火口を加え、火打石と火打金で火を点けるのだが……
オレは意識と魔力を指先に集中させ、短く一言だけ呟く。
「《灯よ》」
呪文と共に指先に小さな炎が灯る。それを集めた枯れ枝に触れさせると、徐々に炎が移っていき、やがて焚き火が出来上がる。
まだ陽は落ち切っていない。その前に野営の準備を済ませられて安堵する。空は晴れ、辺りは一面夕焼けのオレンジに染め上げられていた。
「――綺麗な夕焼けだね」
ほとぼりが冷めたのか、パーチェが沈みゆく陽の光を眺めながらポツリと呟く。
「あたし、夕陽が好きなんだ。見てるとなんか落ち着く感じがして」
夕陽の色に染まったその表情は、言葉通り先刻より落ち着いたものになっていた。少し安心する。
「オレも、嫌いじゃない」
「ほんと? 嬉しいなぁ」
パーチェは言いながらオレの隣に腰を下ろす。
やがて陽は沈み、次第に夜の闇が色を塗り替えるが、焚き火の炎がその理に逆らうようにオレたち二人を照らし出す。
「先生、魔術も使えたんだね」
火を点けるところを見ていたのだろう。少し意外そうにパーチェが呟く。そういえば村では特に見せる機会がなかったかもしれない。
「簡単なものだけだがな。〈アシャワン〉の仲間たちに教わった」
魔術は心象を具現化する技術だ。効果を明確にイメージし、身体に蓄積された魔力を燃料とし、最後に呪文の名を唱えることで扉の鍵を外し、肉体の外側に向けて放出する。
ただ、明確なイメージというのは、熟練者でもなかなか難しい。だから大抵の場合、詠唱する内容によって魔術の効果を予め指定し、補強することで、ようやく望んだ効果を得られるのだ。このイメージの訓練や、詠唱内容の勉強などが、魔術を扱ううえでは高いハードルとなる。
余談だが、日本から召喚された『異界の民』は、魔術に必要となるイメージの構築が上手いとされている。創作物に触れる機会が多く、時には自らも創作物を生み出す民族だ。脳内でイメージする訓練を自然とこなしているのかもしれない。
「あたしも、ここが魔術のある世界だって分かってからちょっと教わってみたんだけど……ちゃんと覚えるには結構な勉強しなきゃいけないじゃない? それよりは身体のほうを動かしたくて、後回しにしちゃったんだよね」
「オレも似たようなものだ。日本では剣術を。こちらに来てからは鍛冶を。優先して時間を捧げるものがあった。だから魔術は、初歩の実用的なものしか覚えられなかった」
あるいは続ければ長ずることもあったかもしれない。これはこれで興味深い分野だ。だがオレは魔術ではなく、剣を選んだ。パーチェも同様に。
会話が途切れ、二人でしばし焚き火を眺める。
「……さっきはごめんね、先生」
ポツリと、赤髪の少女が呟く。
「いや……オレも、『命令』は言い過ぎた」
こちらもポツリと言葉を返す。彼女がそれに笑みを浮かべた気配がした。
「あたし、好きに身体を動かせるのが嬉しくて、新しい技を覚えるのが楽しくて、覚えた技はすぐに使いたくなっちゃうんだよね」
「……」
その気持ちは分からなくもない。オレも幼い頃は、新たな技を伝授され、使いこなせるよう鍛錬することに喜びを見出していた。すぐに技を覚え、使いこなしてしまえるパーチェなら、なおさらだろう。
「でも、先生はあたしのことを心配して言ってくれたんだよね。嫌いだからじゃないもんね。ちゃんと言うこと聞くよ。だから……」
この様子ではこちらの真意は伝わっていないだろう。言葉を尽くしても、どこかで実際に体験しなければ実感を得られないのが人間というものだ。それでも師の教えを守ろうとする彼女がいじらしく思えて――
「だから…………嫌いにならないで……いなくならないで……」
「……!?」
その、らしくない弱々しい懇願と共に……パーチェがオレの腕に身体を絡め、抱き着いてくる。
パーチェは動きやすさ優先で鎧も纏っていない。そのせいで彼女の身体の柔らかさも、熱を帯びた体温も、少し早い鼓動も、腕を通して伝わってきて……
「……パーチェ?」
「……! あ、いや、あの……」
こちらの呼びかけに彼女は不意に正気付き、オレの腕から離れ、弁解するように手を振る。
「あ、あはは……! な、なーんちゃって……! その……いつもの、結婚してアピールでした……!」
彼女は少し顔に赤さを残しながらも、すぐにいつもの調子を取り戻す。
「というわけで先生! 結婚しよう!」
「しない」
「でも、一人暮らしは寂しいでしょ? あたしならいつでも家に行くし、この旅の間も存分に甘えていいからね?」
「お前はオレをなんだと思ってるんだ。ほら、いいから飯の準備をするぞ」
「はーい」
その後、夕飯を済ませ、火の処理をしてから幌馬車の荷台で就寝する。
パーチェはすっかりいつもの調子で少々やかましかったが、その頬はわずかに赤みを残したままだった。
***
その後は数日間、各村や街を経由して馬車を走らせ続ける旅が続いた。そして今日、陽が中天に昇る頃に辿り着いたのは……
「久しぶりだなぁ王都。やっぱりうちの村に比べるとおっきいね」
パーチェが御者台から身を乗り出し、街の威容を目にして声を上げる。
「そういえばパーチェも何度か来たことがあるんだったな」
「『も』ってことは、先生も?」
「ああ。オレはこの街の王城で召喚されたからな。この世界で最初に降り立ったのが、この街なんだ」
わずかに懐かしさ――記憶の中には苦いものもあったが――のようなものを感じながら、目の前の光景を見渡す。
広く張り巡らされた城壁。いくつも建つ背の高い建物。地面は石畳で整備されている。その規模は、パーチェが言うようにヴィルトゥ村とは比べ物にならない。
ここが、王都クストーデ。
キアーヴェ王国の首都であり、政治経済の中心であり……幾人もの『異界の民』が召喚されてきた場所でもある。
馬車に乗ったまま城門へ向かうと、門番に制止され身分証を求められたため、冒険者の宿のエンブレムを提示する。
オレたちは表向きには荷運びの依頼を請け負った冒険者ということになっている。〈アシャワン〉は人知れず悪を監視する組織だ。必要な時以外は身分を隠さなければいけない。
門番の審査を問題なく通り抜けたオレたちは、速度を落とした馬車で街の中を走る。
「ってことは、今回も王城で召喚されるんだよね。すぐに向かうの?」
「いや。その前に行く場所がある」
「? どこ?」
「アルキテット商会。王都でも有数の商会だ。そこで情報を集める」
「アルキテット商会……。……え、アルキテット!? その名前ってもしかして……!」
彼女の台詞が終わらないうちに、馬車は目的の建物に辿り着く。オレとパーチェが馬車を下りたところで――
「――お待ちしておりました」
建物は閑静な住宅地に建てられており、かなりの大きさを誇る。貴族の屋敷と言っても通用するだろう。
その建物のすぐ外に、青いミディアム髪をポニーテールに結んだ理知的な少女が、オレたちを待ち構えるように静かに微笑みながら立っており……
「げ……!?」
彼女の姿を確認した途端、パーチェが苦々しい声を上げながら顔をしかめた。
そのことに気づいているのかいないのか、青髪の少女は笑みを崩すことなく、オレに向かってこう告げるのだった。
「お久しぶりです、サーム先生。当家に婿に来ていただく決心はつかれましたか?」




