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もっと強くお願いします

 第三試験場は、組合の建物を抜けた奥の中庭だった。


 高い石壁が朝の光を四角く切り取り、その内側に刃こぼれした木偶と焦げた的が並んでいる。


 地面は継ぎ接ぎだらけで、割れては埋め、埋めてはまた割れてきた色の違いがそのまま残っていた。


 木剣の音、魔術の弾ける音、試験官の号令。


 朝から絶えることがない。


 そのどれも、リゼの耳は素通りしていた。


 中庭の奥に、目当てのものがあったからだ。


 二本の太い鉄柱の間に、人の胴ほどの鉄塊が吊るされている。


 腕の付け根で魔力が唸り、鉄塊を高く巻き上げては、振り子のように防具へ叩き込む。


 同じ場所へ、同じ強さで、何度でも。


 衝撃を望んだだけ、正確に落とせる装置。


 リゼの目には、ひどく都合のいい道具に映った。


「衝撃槌はあれだ」


 バルトが指した時には、リゼはもうその真下へ歩き出していた。


「これですか」


「ああ。大盾や鎧の限界を見る時に使う」


 操作台の試験官が顔を上げ、まずバルトを、それから大盾を、最後にそれを抱えたリゼを見た。


「バルトさんですね。装備試験と聞いていますが」


「俺の盾だ」


「……直したのは」


「その子だ」


「リゼです」


 試験官の視線が、リゼと腕の中の大盾を往復した。


 人の背丈ほどある鉄板を、細身の女が片腕で提げている。その一点がどうにも腑に落ちないらしい。


「直した方が持つんですか」


「確認しますので」


 リゼの返事は、それで全部だった。


 試験官がバルトを見る。


 バルトは肩をすくめた。


「止めようとはした」


「止められていません」


「追いつけなかったんだ」


 リゼは大盾の裏へ回り、革帯へ左腕を通した。


 途端に、腕の奥へ温いものが流れ込む。それは肩を上り、背を伝い、腰から脚へ下りていった。


 盾の重さは確かに腕へ掛かっている。


 それなのに、支えるべき場所へ身体より先に力が回っている。


 踏ん張る前に、もう踏ん張れている。


 これも直したついでに動き出したものだった。


 リゼにとっては、外れていたものが元の位置へ戻っただけの話だ。


「固定台を使いますか」


「使いません」


 試験官の眉がわずかに上がった。


「ご自分で受けると」


「はい」


「……では、最低出力から」


「お願いします」


 リゼは試験線の内側へ入り、大盾を正面へ据えた。


 鉄塊が巻き上がる。魔力機構の唸りが床を伝い、足の裏まで届いた。


「行きます」


 声と同時に落ちた。


 ごん、と鈍い音が盾の中央へ突き刺さる。


 リゼの髪がふわりと浮き、落ちた。


 それだけだった。


 爪先の位置は動いていない。


 中央で受けた衝撃が八本の導管へ流れ、縁へ散っていく。革帯から返る魔力が腕と腰へ伝わり、身体を押し返した。


 都合がいい、とリゼは思った。


「大丈夫ですか」


「はい。もう一度」


「上げますか」


「はい」


 返事が早かった。


 試験官が少し黙る。


「……中程度で」


 鉄塊が、先ほどより高く上がった。


 近くで槍の素振りをしていた冒険者が、手を止めてこちらを見る。


「行きます」


 二度目は音が違った。


 どぉん、と胸の底を叩くような衝突。


 大盾の表面を青白い筋が波紋のように走り、リゼの靴底が石を擦った。


 半歩。


 そこで止まる。


 試験官が操作台から身を乗り出した。


 バルトも腕を組んだまま黙っている。


 リゼは盾の縁へ指を這わせ、革帯から返る魔力を確かめた。


 乱れはない。


 八本の導管は、行儀よく仕事をしている。


「問題ありません」


「今ので中程度です。固定台なら、中型盾の耐久試験に使う出力ですが」


「では、最大で」


 試験官の手が止まった。


「最大」


「はい」


「オークの突進を正面から想定した出力ですよ」


「分かりました」


「いえ、了承をいただきたかったわけでは」


 ミナが、こらえきれずに吹き出した。


「ほら。初対面の人にまで困られてる」


「困っているのですか」


「そこからなの?」


 試験官が額を押さえた。


「確認します。最大出力をあなたが受ける。固定台は使わない。それで間違いありませんね」


「はい」


 一息の返事だった。


 迷いがなさすぎたのだろう。


 試験官はバルトを見る。


「所有者として、よろしいですか」


 バルトはすぐには答えなかった。


 濃紺の大盾を見て、それから試験線の中央に立つリゼを見る。


「……嬢ちゃん。それ、本当に受け止められるのか」


「確認します」


「その確認が心配なんだよ」


 バルトは首の後ろを掻いた。


「盾は信じてる。壊れたままでオーガの一撃を受けても、割れなかった鉄だ。今は直ってる」


「はい」


「心配なのは嬢ちゃんの方だ」


 リゼは自分の左腕を見下ろした。


「私、ですか」


「他に誰がいる」


 ミナが大盾を指した。


「じゃあ、バルトさんが持てば?」


「嫌です」


「即答!」


 リゼは試験線の中央から動かない。


 盾を構えたまま、次を待っている。


 バルトはその姿をしばらく見た後、長く息を吐いた。


「……止めても無駄なんだろうな。嬢ちゃんに何かあっても、俺は責任を取れんぞ」


「分かりました」


「本当に分かってるか?」


 バルトがミナを見る。


「あれ、分かってる顔か」


「全然」


 試験官はまだ納得していない顔だったが、操作盤へ手を置いた。


「最大出力。オークの正面突進を想定します」


 鉄塊が巻き上がる。


 先ほどより高い。


 装置の軸が軋み、床へ低い振動が広がった。


 周囲の冒険者たちも、少しずつ手を止めている。


 リゼは大盾を構え直した。


 革帯から流れ込む魔力が肩と腰を支え、踏み込んだ脚へ力を送る。


「リゼ」


 ミナが呼んだ。


「はい」


「なんで、ちょっと嬉しそうなの」


「普通です」


「最大出力を前にして言う台詞じゃないよ」


 鉄塊が頂点で止まる。


「行きます」


 落ちた。


 鉄塊が大盾へ叩きつけられ、轟音が中庭を揺らした。


 中央から青白い光が走り、鷲の紋章が一瞬だけ光る。衝撃は八本の導管へ散り、革帯から流れ込んだ魔力がリゼの腕と腰を支えた。


 靴底が石を擦る。


 一歩。


 そこで止まった。


 鉄塊がゆっくりと戻っていく。


 リゼはすぐに大盾を下ろし、中央の鷲へ指を触れた。


 傷はない。


 革帯にも、導管にも乱れはない。


 直したとおりに動いている。


「ふす」


 鼻が小さく鳴った。


 胸がほんの少しだけ張る。


 ミナが目を細めた。


「今、得意げだったでしょ」


「普通です」


「絶対違った」


 試験官が操作盤の数字を確かめ、大盾へ視線を戻した。


「……最大出力を、一歩」


「はい」


「いや、はいじゃなくてですね」


「直っていますので」


 バルトが恐る恐る近づいてくる。


「……ちょっと貸せ」


 リゼから大盾を受け取り、中央を撫で、縁を辿り、裏を覗き込んだ。


「これ、俺の盾だよな」


「はい」


「何になったんだ、こいつ」


「盾です」


「それは知ってる」


 ミナがため息をついた。


「リゼに聞くと全部そうなるよ」


 試験官が装置の魔力を落とした。


「では、装備試験はこれで」


「もっと強くお願いします」


「最大です」


 即答だった。


 リゼの眉が寄る。


「少しだけでも」


「無理です」


 ミナが後ろからリゼの肩を掴んだ。


「はい、終わり」


「……まだ余裕があります」


「盾にはね」


 試験官も頷く。


「そちらの余裕は保証できません」


 リゼは大盾を見た。


 衝撃分散は正常。


 身体への補助も途切れていない。


 まだ確認したい。


 だが、ミナも試験官も、バルトまでこちらを見ている。


「……分かりました」


 ミナが意外そうな顔をした。


「止まった」


「仕方ないです」


「さっき盾抱えて全力で走っていった人が?」


 リゼは黙った。


 バルトが笑い、大盾を肩へ担ぐ。


 人の背丈ほどある鉄板も、彼の背ではただの大きな盾に戻った。


「まあ、続きは俺がやるさ」


 リゼの顔が上がる。


「続き?」


「明日、東街道の護衛が入ってる。こいつを持っていく」


「私も」


「駄目」


 ミナが言い終わる前に遮った。


 リゼが口を閉じる。


「まだ何も言っていません」


「分かるんだよ」


 バルトが盾の縁を、こつ、と叩いた。


「使うのは俺の仕事だ。結果はちゃんと教えてやる」


 リゼは担がれた大盾を見上げた。


 少しだけ不服そうだった。


「……必ずですか」


「ああ」


「どの程度、押し込まれたかも」


「細かいな」


「必要です」


 バルトが声を上げて笑った。


「分かったよ、修理屋」


 リゼの鼻が、ほんの少し動いた。


 ミナがすかさず指を差す。


「それ以上は駄目だからね」


 リゼは鼻を押さえた。


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