表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/11

逆です

 リゼは盾の内側をもう一度、小槌で叩いた。


 コン、と鈍い音が返る。


 少し位置をずらすと、今度は乾いた金属音が鳴った。


「何が逆なんだ?」


 バルトが作業台を覗き込む。


「中の魔力板です。おそらく向きが逆になっています」


「おそらく?」


「まだ開けていませんので」


「じゃあ開けよう」


「はい」


 返事をした時には、リゼはもう盾の裏側へ工具を差し込んでいた。


 革張りの内側には持ち手と腕を固定する金具が並び、その外側には縁に沿って八つの小さな留め具が埋め込まれている。


 細い工具を差し込むたび、かちり、と金具が外れていった。最後の一つを外すと、革の内張りがわずかに浮く。


「本当に開いた」


「整備する物ですから」


「十年以上使って、初めて知ったぞ」


「説明書は?」


「先輩から盾だけ渡された」


 リゼは手を止めた。


「ありませんね」


「何が?」


「説明書です」


「そう言っただろ」


 丸パンを取り出していたミナが頷く。


「酒込みで売る人が説明書まで取っておくとは思えないね」


「先輩を何だと思ってる」


「冒険者」


 バルトが黙った。


 リゼは浮いた内張りへ両手を掛ける。


「押さえてください」


「おう」


 バルトが盾の端を掴んだ。


 古い革を持ち上げると、乾いた埃が作業台へ落ちた。長く閉じ込められていた鉄と油の匂いが、店の中へ広がる。


 盾の内部には細い魔力導管が張り巡らされていた。


 中央から縁へ伸びる古い型の術式で、導管そのものは傷みながらも形を保っている。


 問題は、その中央にあった。


 四つの固定金具に挟まれた黒い魔力板。


 リゼは身を屈め、表面に残った刻印を覗き込んだ。


「やはり」


 魔力板には一本の矢印が刻まれている。


 向きは中央。


 リゼは導管を目で追い、もう一度矢印を確かめた。


「何が分かったの?」


 ミナが訊いた。


 リゼは近くにあった紙へ盾の形を描き、中央から外へ向かって何本か線を引いた。


「本来は、受けた衝撃を盾全体へ逃がします。一箇所で受けないためです」


「うん」


「これは逆です」


 今度は外側から中央へ線を引く。


 何本もの線が一点へ集まった。


 ミナは紙を見た後、大盾の中央に残るへこみへ目を向けた。


「ああ」


 バルトも気づいたらしい。


「待て。俺が攻撃を受けるたびに、こいつは……」


「盾全体に掛かった衝撃を中央へ集めています」


「ここへ?」


「はい」


「何のために?」


「間違えたのだと思います」


 リゼは黒い魔力板を指した。


「製造時に逆向きで固定されています」


 店の中が静かになった。


 バルトは盾を見た後、自分の右腕へ目を落とす。


「だから三日も腕が上がらなかったのか?」


「オーガの衝撃を一箇所へ集めて受けたのであれば、可能性は高いです」


「普通なら?」


「かなり楽だったと思います」


「かなりか」


「はい」


 ミナがパンで口元を隠した。


「笑っていいですよ」


「まだ何も言ってないよ」


「顔が笑っています」


「リゼに言われたくないなあ」


 リゼは首を傾げ、黒い魔力板へ手を置いた。


 淡い光が指先から盾の内部へ染み込んでいく。


 《廃式修復》。


 捨てられた物を、本来あるべき姿へ戻す。


 光が盾の内部を走った。


 潰れていた鉄板が押し戻され、裂けた導管が繋がり、摩耗した金具が形を取り戻していく。


 四隅の固定金具が軋み、黒い魔力板がゆっくりと浮き上がった。


 その場で半回転する。


 中央を向いていた矢印が、盾の縁へ向いた。


 かちり、と固定金具が閉じた瞬間、魔力が中央から八本の導管へ一気に流れ込んだ。


 低い振動が店の空気を揺らし、棚に並んだ瓶が触れ合って小さく鳴る。


 バルトが目を見開いた。


「今のは?」


「正常に動きました」


「初めてか?」


「おそらく」


 リゼは内張りを戻し、八つの留め具を順に固定した。


 最後の金具を閉じる。


「直りました」


 朝、店の入口を塞いでいた大盾は、すっかり姿を変えていた。


 濃紺の塗装が戻り、中央には翼を広げた鷲の紋章がはっきりと浮かんでいる。無数の傷も、オーガが残した大きなへこみも消えていた。


「確認します」


「何を?」


「直ったかどうかです」


 リゼは大盾の裏へ回り、太い革帯へ左腕を差し込んだ。


「おい、それは重――」


 バルトが止めるより先に、リゼは盾の縁を掴んで腰を落とした。


 人の背丈ほどある鉄板が、あっさりと床を離れる。


 三人とも黙った。


「持てました」


「なんでだ?」


 バルトが言った。


「何がですか」


「なんで嬢ちゃんがそれを持ててるんだ?」


 リゼは答えず、大盾を少し傾けた。


 鉄の重さは確かに腕へ掛かっている。


 けれど、それだけではなかった。


 革帯から流れ込んだ魔力が肩へ広がり、腰から脚へ伝わっていく。盾の重みに合わせるように身体へ力が満ち、踏ん張ろうとする前から足が床を捉えていた。


 リゼは一歩進んだ。


 大盾が遅れずついてくる。


 もう一歩。


 今度は少し速く。


 先ほどまで三人で運んだ鉄の塊を抱えているとは思えないほど、身体が軽かった。


 水色の瞳が揺れる。


「リゼ?」


 ミナが呼んだ。


 リゼはその場で向きを変え、大盾を抱えたまま店の外へ走り出した。


「は?」


 バルトが固まる。


「リゼ!?」


 二人が慌てて外へ出た時には、濃紺の大盾はもう通りの先を走っていた。


 正確には、大盾を抱えたリゼが走っている。


「……速くないか?」


「速いよ!」


 ミナが駆け出し、バルトもその後を追った。


 王都南端の朝の通りを、人の背丈ほどある盾が走っていく。


 荷車を引いていた男が慌てて道を譲り、向かいの古物屋からは先ほどの店主がまた顔を出した。


「おい、嬢ちゃん!」


 バルトが叫ぶ。


「それ俺の盾だぞ!」


「聞こえてないよ、絶対!」


 二人も走ったが、距離は縮まらなかった。


 バルトは現役の冒険者であり、ミナも廃品置き場を歩き回る程度には足腰が強い。それでも大盾を抱えたリゼの背中は少しずつ遠ざかっていく。


「……俺より速いぞ」


「盾持ってるのにね!」


 濃紺の大盾が角を曲がり、見えなくなった。


「どこ行った?」


「冒険者組合じゃない?」


「なんで分かる」


「この辺で装備を試せる場所、他にある?」


 バルトは一瞬だけ考え、再び走り出した。


 冒険者組合は、大通りを一本越えた先にある。


 朝の依頼を受ける冒険者たちで入口はすでに混み始めていたが、二人が中へ駆け込むと、リゼはすぐに見つかった。


 大盾を傍らへ立て、受付係と向かい合っている。


「ですから、試験場を使いたいです」


「冒険者証をお願いします」


「持っていません」


「では使用できません」


「盾を一度叩くだけです」


「回数の問題ではありません」


「壊しません」


 若い受付係は一度、大盾を見上げた。


 それからリゼを見る。


「……装備の性能確認や、冒険者登録の実技試験に使う場所です」


「はい」


「冒険者のための施設です」


「盾の性能を確認します」


「そうですね」


 受付係は頷いた。


「ですが、あなたは冒険者ではありません」


 リゼが少し黙る。


「盾はあります」


「盾の有無ではありません」


 受付係が疲れたように息を吐いた。


「最初からずっと、冒険者証の話をしています」


 ミナが足を止めた。


「間に合った」


「何にだ」


「受付の人が本気で怒る前」


「もう怒ってないか?」


 バルトは息を整えながら受付へ近づいた。


「悪い。それ、俺の盾だ」


 受付係が顔を上げる。


「ああ、バルトさん」


「俺の装備試験ってことにしてくれ」


 リゼが振り返った。


「バルトさん」


「まず俺の盾を持って走るな」


「逃げていません」


「追いつけなかったぞ!」


「そうなのですか」


「そうなのですか、じゃない!」


 リゼは大盾を見た。


 それからバルトを見る。


「速かったですか?」


「そこに興味持つな」


 受付係が大盾を見上げた。


「こちら、バルトさんの装備で間違いありませんか?」


「ああ」


「では装備試験として、第三試験場を使用できます。大盾用の衝撃槌も空いていますよ」


 リゼの顔が上がった。


「衝撃槌」


「最大出力なら、オークの突進を想定した衝撃まで再現できます」


「行きます」


 リゼは大盾を持ち上げた。


「待て」


 バルトが肩を掴む。


「今度は俺も行く」


「はい」


「俺の盾だからな」


「知っています」


「知ってて持っていったのか?」


「確認が必要でしたので」


 ミナが額を押さえた。


「リゼの中だと、それで全部通るんだろうなあ」


 リゼは答えなかった。


 試験場へ続く扉の向こうから、重い鉄のぶつかる音が響いたからだ。


 どん、と床が震える。


 大盾を支えるリゼの指が、わずかに動いた。


「行きましょう」


 今度は走らなかった。


 ただ、二人の返事を待たずに歩き出す。


 バルトとミナは顔を見合わせた。


「……また行ったぞ」


「走ってないだけ進歩じゃない?」

予告

第7話「もっと強くお願いします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ