壊れ物屋
ミナはそう言うと、腕を組んで、値踏みするような目でリゼを見た。
「あんた、行くとこないんでしょ。うちに来なよ」
「ミナさんの家にですか」
「家っていうか、物置。うちの敷地の隅に、使ってない小屋があるんだ。廃品置き場の隣だから、あんたの商売にはちょうどいい」
「商売、というのは」
「あんたが直して、あたしが売る。それだけだよ」
「私は、直すだけで」
「そう、直すだけでいい」
「それで、商売になるんでしょうか」
「なるの。あんたの腕、腐らせるのもったいないって、さっき言ったでしょ」
リゼは少し考えた。工房を追われたばかりで、次の当てがあったわけではない。宿代が足りないことも事実だった。
何より、目の前の少女が持ちかけている話に、断る理由が見当たらなかった。
「分かりました」
「決まりね」
ミナは満足げに笑うと、指を折りながら条件を並べ始めた。
「条件はこう。あたしが客を集める。値段の交渉もあたしがやる。あんたは直すだけ。取り分はこっちで決めるけど、いい?」
「お任せします」
「早いな」
「数字のことは分かりません。ミナさんの方が得意でしょうから」
「まあ、それはそうだけど、普通もうちょっと粘るもんだよ、こういうのは」
「粘る必要があるのですか」
「ないなら、それはそれでいいんだけど……」
ミナは何か言いかけて、結局そのまま話を先へ進めることにしたようだった。
「とにかく、あたしが四割、あんたが六割。文句ないね」
「はい」
「よし、決まりだ」
ミナは満足げに手を叩いた。工房での給料よりも、条件としてはよほど不安定なはずだったが、リゼは気にする様子もなかった。
翌日、二人はミナの家の隅にある物置へ移った。長らく使われていなかったらしく埃っぽかったが、廃品置き場に隣接した立地は、リゼの商売にはちょうどよかった。
埃を払い、簡単な作業台を運び込むと、それらしい店の体裁が整っていく。リゼは黙々と工具を並べ、ミナはその横で帳簿代わりの木札を用意していた。
「店の名前、決めないとね」
「特に、必要でしょうか」
「必要でしょ、絶対」
ミナはしばらく考え込んでいたが、やがて木の板に文字を書きつけた。
《壊れもの屋》
看板の下には、もう一行、注意書きが添えられていた。
「修理します。
ただし、捨てられたものに限ります」
「変な名前ですね」
「あんたの箒が変な速さで飛んだせいで、ちょうどいい看板になったんだよ」
ミナは満足げだった。
「意味、伝わるでしょうか」
「伝わらなくていいんだよ、最初は。目立てば」
噂はすでに王都の外縁部まで広がり始めていた。旧式の箒が、警備隊の最新機を振り切ったという話は、尾ひれをつけながら人から人へと伝わっている。
「本当に、こんな注意書きで客が来るのでしょうか」
「来るよ。人は変なものに弱いんだから」
ミナの言葉通り、開店から数日、噂を聞きつけた客が少しずつ増えていった。もっとも、そのほとんどは看板の注意書きの意味が分からず、首をかしげて帰っていく。
「この魔道具、最近調子が悪いんだ」
「故障しています」
「直してくれ」
「できません」
「なぜだ!」
「まだ使っていますので」
「修理屋だろう!」
「はい」
この定番のやり取りにも、リゼはまだ慣れていない様子だった。
別の客は、真新しい魔導ランプを抱えてやってきた。
「もっと明るくしてほしいんだが」
「壊れていません」
「壊れてなくてもいいだろう」
「修理箇所がありませんので」
「少しくらい何とかならないか」
「壊しますか」
「やめろ」
「正常に動く物ほど、つまらなく見えるだけです」
客は釈然としない顔のまま帰っていった。ミナはその背中を見送りながら、小さく笑っていた。
「ああいうの、これから増えると思うよ」
「困ります」
「まあ、慣れるって」
三人目の客は、腰の曲がった老爺だった。脚のぐらつく古い脚立を、ふらつきながら抱えている。
「もう何年も使ってなくてね。危ないから、今日捨てるつもりで持ってきたんだが」
「まだ、お手元にありますが」
「ん? 置いていけばいいんだろう。もう要らんのだから」
老爺はそう言うと、脚立をミナに突き出した。ミナがそれを受け取り、廃品置き場行きの木札を下げた瞬間、脚立は条件を満たした。
リゼが触れると、ぐらついていた継ぎ目が固定され、歪んでいた脚が真っ直ぐに戻る。木の色艶まで、心なしか若返って見えた。
「直りました」
「なんと、本当に直っとる」
老爺は脚立をしげしげと覗き込み、節くれだった指で継ぎ目を撫でた。
「試します」
リゼはそう言うと、直したばかりの脚立を店の奥に立てかけ、迷いなく一番上まで登った。安全確認も、体重をかけての揺すりもない。
そのまま、身を大きく横に乗り出す。普通なら転倒する角度だった。
「ちょっ、危ないですよ!」
「直りましたので」
脚立はびくともしなかった。老爺は口を半開きにしたまま、曲がった腰をさらに丸めて凝視していた。
「……儂より、よっぽど足腰がしっかりしとるな、そいつ」
ミナの目つきが変わる。廃品回収で鍛えた計算高さが、脚立一台分の値段を弾き出すのに時間はかからなかった。
その日の夕方、店の前を大きな影が横切った。振り返ると、体格のいい男が、遠巻きにこちらを覗き込んでいた。
「……あの箒、ここのか? 昨日、広場で警備隊が本気で追いかけてたやつだろう」
「はい、うちのですよ」
ミナが愛想よく答えると、男は少し考えるような間を置いてから、また立ち去っていった。何かを検討しているような足取りだった。
「今の方は?」
「知らない。でも、多分また来るよ、ああいうのは」
「そうですか」
翌朝、店の入口を、巨大な盾が塞いでいた。




