何もしなかった証拠
何もしなかった。
そのはずだった。
誰かをミュートした覚えもない。
ブロックしたつもりもない。
いいねだって、極力押していない。
私はただ、
見て、
考えて、
動かなかっただけ。
でもこのSNSは、それを許さなかった。
朝、スマホを開くと、通知が一件だけ届いていた。
「あなたの行動履歴が更新されました」
見慣れない文言。
公式通知でも、例のアカウントでもない。
不安を押し殺して、タップする。
表示されたのは、
タイムラインでもDMでもなく、
白い背景の画面だった。
そこに、箇条書きが並んでいる。
・閲覧
・未反応
・未共有
・未通報
最後に、小さく。
・肯定
息が、止まった。
肯定?
私は、何も肯定していない。
ただ、関わらなかっただけだ。
画面の下に、説明文が表示される。
「このSNSでは、
観測=承認
非介入=同意」
頭が、うまく回らない。
観測した。
だから、承認した。
止めなかった。
だから、同意した。
そんな理屈が、
当たり前みたいに書かれている。
スマホを閉じても、
その言葉は、頭の裏に貼りついたままだった。
大学に向かう途中、
私は、ふと気づく。
周囲の人の数が、少ない。
いや、正確には、
少なく「感じる」。
人はいる。
声もある。
でも、
存在感が薄い人が混じっている。
まるで、背景。
講義室で、隣の席が空いていた。
また、あの席だ。
私は、思い切って教授に聞いてみた。
「今日、欠席多いですね」
教授は、名簿を見ながら、首をかしげる。
「そうかな?
いつも通りだと思うけど」
名簿。
そこにあるはずの名前が、
一つ、抜けている気がした。
でも、どの名前だったか、思い出せない。
講義中、スマホが振動した。
机の下で、そっと画面を見る。
「@___が新しい投稿をしました」
投稿は、今までで一番長かった。
「何もしなかった証拠が、集まりました」
続く文章。
「あなたは、
転ぶ未来を見て、
消える予告を見て、
ブロックの結果を見て、
それでも止めなかった」
心臓が、重く鳴る。
「だから、
あなたは関係者」
講義室を見渡す。
真琴がいる。
知らない顔もいる。
でも、
いない人もいる。
確かに、
ここにいたはずの誰か。
投稿は、さらに続いた。
「関係者には、
次の権限が付与されます」
権限。
嫌な言葉だ。
「選ばない権利は、終了しました」
その瞬間、
タイムラインが自動で更新された。
新しい投稿。
見覚えのあるアイコン。
真琴だった。
「最近、私、ちょっとおかしい」
胸が、きゅっと縮む。
「記憶が抜ける。
時間が飛ぶ。
でも、理由が分からない」
いいねは、まだゼロ。
でも、
その下に、
見慣れない表示があった。
「あなたが最初の観測者です」
逃げ道が、なくなった。
私は、
もうただのフォロワーじゃない。
何もしなかったという“行動”を、
証拠として突きつけられ、
次の選択を強制される立場に立っている。
スマホの画面に、
小さな確認欄が表示される。
「この投稿を観測しますか?」
はい
いいえ
どちらを選んでも、
何かが起きる。
私は、指を動かせないまま、
画面を見つめ続けた。




