ブロックは拒否じゃない
「次は、ブロック」
その文字を見てから、私はSNSを開けなくなった。
正確に言うと、
開くたびに、誰かを消してしまう気がして、指が止まる。
ブロック。
相手を遮断する行為。
見えなくして、見せなくする。
それは拒絶だ。
少なくとも、現実では。
でも、このSNSでは違う。
そう思わされる出来事が、すぐに起きた。
翌日、大学で、見覚えのある顔に声をかけられた。
「……あれ?」
一瞬、誰だか分からなかった。
声をかけてきたのは、同じ学科の男子だった。
名前が、出てこない。
「久しぶりだね」
そう言われて、私は曖昧に笑う。
久しぶり?
そんなに話していなかっただろうか。
彼は、少し困ったような顔をしていた。
「この前さ、DM送ったんだけど」
胸が、きゅっと縮む。
「返事、来なくて」
私は、何も答えられなかった。
スマホの中を、必死に思い返す。
彼からのDMなんて、記憶にない。
「もしかして、嫌われた?」
冗談めかした言い方。
でも、目が笑っていない。
「そんなことないよ」
反射的に否定する。
本心だった。
私は、彼を嫌っていない。
避けた覚えもない。
なのに。
その日の夜、意を決してSNSを開いた。
通知は、異様に少ない。
静かすぎる。
DM一覧を確認する。
彼の名前は、なかった。
いや、正確には、
「最初から存在しなかった」みたいに、空白がある。
会話の履歴も、
やり取りしていたはずの痕跡も。
全部、ない。
私は、彼のアカウントを検索した。
――見つからない。
別のアカウントから検索してみる。
今度は、普通に出てくる。
投稿もある。
フォロワーもいる。
私だけが、
彼を見つけられなくなっている。
背中に、冷たい汗が流れた。
ブロックされている。
でも、
誰が、誰を?
彼は、私をブロックしていない。
少なくとも、そのつもりはないはずだ。
だとしたら。
私が、彼を?
そんな操作をした覚えは、ない。
スマホが震える。
「@___が新しい投稿をしました」
投稿は、短かった。
「ブロックは、拒絶じゃない」
次の行。
「存在の分離」
意味が、すぐには理解できなかった。
さらに、続きが表示される。
「嫌われたと思わせないために、
相手の世界から、静かに外す」
胸の奥が、ざわつく。
だから、彼は、
「嫌われた?」と聞いてきた。
拒絶された自覚が、ない。
ただ、繋がれなくなっただけ。
私は、急に怖くなって、真琴に連絡を取ろうとした。
トーク画面を開く。
……ある。
でも、違和感があった。
最後のやり取りが、
数日前で止まっている。
その後、何もない。
真琴にメッセージを送る。
既読が、つかない。
しばらく待ってから、
講義室で声をかけた。
「ねえ」
真琴は、振り返った。
「あ、どうしたの?」
普通だ。
ちゃんと、私を見ている。
「最近、連絡つかないけど」
そう言うと、真琴は首をかしげた。
「え? 普通に話してるじゃん」
背中が、ぞくっとした。
「昨日も、SNSで」
その一言で、真琴の表情が、ほんの一瞬だけ曇る。
「……そうだっけ」
まただ。
覚えているのに、
繋がりだけが、消えている。
その夜、フォロワー一覧を確認すると、
数が、また増えていた。
三。
空白の名前が、二つ。
画面の下に、通知が表示される。
「あなたは、もうブロックを知っている」
続けて。
「次は、何もしなかった証拠」
私は、スマホを伏せた。
誰かを消すつもりなんて、なかった。
拒絶するつもりも。
でも、このSNSでは、
関わらないことも、
選ばないことも、
すべて操作として記録される。
そして、
ブロックされた人は、
傷つくことすら、できない。
それが、一番残酷だと、
私はようやく理解し始めていた。




