ミュートされた人
「次は、ミュートされる」
その一文が、頭から離れなかった。
誰のことかは書いていない。
なのに、私の中では、いくつかの顔が勝手に浮かんで、勝手に消えていく。
ミュート。
SNSでは、ただの機能だ。
相手を傷つけないための、便利な距離の取り方。
でも、このタイムラインでは、意味が違う。
翌日、大学に向かう電車の中で、私はSNSを開いた。
例のアカウントは、相変わらず静かだ。
代わりに流れてきたのは、見覚えのある名前だった。
「最近、みんな冷たくない?」
サークルの後輩、沙耶の投稿。
いつもなら、特に気に留めない内容。
少し構ってほしいだけの、軽い愚痴。
なのに、その投稿の下に、小さな文字が見えた。
「おすすめ」
嫌な予感がして、投稿を開く。
コメントは、ついていない。
いいねも、少ない。
私は、ふと気づいた。
沙耶の投稿、
最近、タイムラインで見かける頻度が異様に高い。
同じような内容。
同じような温度。
まるで、「消える前」に、無理やり表示されているみたいだった。
講義棟で、沙耶とすれ違った。
「先輩、おはようございます」
声は、いつも通り。
でも、少しだけ距離がある。
「最近、忙しいですか?」
そう聞かれて、私は言葉に詰まった。
忙しいわけじゃない。
避けているつもりも、なかった。
でも、確かに最近、
彼女の投稿を、無意識に飛ばしていた。
既読をつけない。
返信しない。
反応しない。
それは、ほとんどミュートと同じだ。
「いや、そんなことないよ」
そう答えると、沙耶は少し安心したように笑った。
でも、その笑顔は、どこか薄い。
その日の午後、通知が一つ届いた。
「あなたがフォローしている人が、ミュートされました」
公式通知じゃない。
例のアカウントからの、メッセージだった。
心臓が、嫌な音を立てる。
「誰が?」
思わず、返信しそうになって、やめた。
返事をするのは、参加することと同じだ。
私は、震える指で、沙耶のアカウントを開いた。
――重い。
読み込みが、終わらない。
ようやく表示されたプロフィールは、
どこか、薄かった。
アイコンの色が、少し褪せている。
投稿数も、減っている気がする。
昨日見たはずの投稿が、いくつか消えていた。
その中に、見覚えのある文章があった。
「最近、みんな冷たくない?」
それは、もう存在していなかった。
代わりに、最新の投稿が一つだけ残っている。
「静かになってきた」
いいねは、ゼロ。
私は、指を止めた。
ここでミュートすれば、
きっと、この投稿は二度と流れてこない。
それは、楽だ。
怖いものを見なくて済む。
でも。
私は、昨日の予告を思い出していた。
「次は、ミュートされる」
その夜、サークルのグループチャットが動いた。
「今日の集まり、沙耶来てた?」
誰かの一言。
すぐに返事がつく。
「え? 来てないけど」
「最近、見てないね」
「そもそも、そんな人いたっけ?」
画面を見つめたまま、私は動けなくなった。
確かに、いた。
話した。
すれ違った。
でも、その記憶は、もう私だけのものになりかけている。
スマホが、また震えた。
「@___が新しい投稿をしました」
短い文章。
「ミュートは、優しい削除」
その下に、続きがあった。
「完全に消えるまで、あと少し」
私は、沙耶のアカウントを、もう一度開いた。
さっきより、さらに表示が遅い。
まるで、遠くへ行っているみたいに。
そのとき、ふと気づいた。
フォロワー数。
一つ、減っている。
沙耶のアカウントから、
私の名前が、消えていた。
ミュートした覚えはない。
ブロックもしていない。
それでも。
関わらなかった。
見ないふりをした。
それだけで、十分だった。
画面の一番下に、小さな文字が浮かぶ。
「次は、ブロック」
私は、スマホを握りしめたまま、
息をするのを、忘れていた。




