番外編◆スイカと種、II
話し終えた芹香先生は、ふうと思いため息をついた。
「もったいない!」
瑛子は目を瞠った。
「えええ?」
紀子ちゃんは眉を顰めた。
「さすがにそれはねーわ」
雄太先生は呆れた声を出した。
「あらあら、構ってちゃんねえ」
幸子先生は可笑しそうに笑った。
マネージャーは無言で落ち着かなさそうに椅子の上で身じろぎした。
瑛子はそれを見逃さなかった。おそらく、マネージャーも種があるとスイカを食べないタイプなのだろう。
彼女が取ってあげてる……? いや、女っ気ないしな。お母さんかな。上げ膳据え膳してもらってそうだな。
やや失礼なことを考えながら、瑛子はサンドイッチを喰んだ。
種子、もしくは種は、seedと言う。基本的には可算名詞扱いなので、複数形のseedsを使う場面が多い。種一粒について話すことなど、ほとんどないからだ。
でも、種(seeds)なんて、そんなに使わなくない? と思うかもしれない。
子どもの頃の学校の授業で朝顔を育てたときぶりかなあ、という人も多いかもしれない。が、意外に食べ物で多いのが種(seeds)だ。
例えば、Sesame seedsとは、ゴマのこと。本来なら『ゴマの種』と訳すべきだが、ゴマが種 (seeds)なのは明らかなので、『ゴマ』だけで十分だ。
すりゴマはground sesame seeds
炒りごまはroasted sesame seeds
いずれも、ground(臼などでひいた)、roasted(焙煎した、もしくはローストした)sesame seeds (ゴマの種)という意味だ。
コーヒーと同じである。ローストビーンズと言えば焙煎した豆だし(厳密には英語では、roasted beans)、グラウンドコーヒー(ground coffee)と言えば、挽いてある豆のことだ。
また種 (seeds)は、油にもなる。
Seed oilは種油のことだ。
一時、グレープシードオイルが流行ったことがあるが、これも、grape seed oil のことで、つまりブドウの種 (seeds)のオイルだ。
オリーブオイルとグレープシードオイルのどちらがより健康に良いか、と話題に登っていたことがあるが、あれは結局決着がついたのだろうか。
健康にいい種と言えば、チアシード(Chia seed)も欠かせない。一時期、爆発的に流行った。瑛子はすぐに飽きてしまったが、今でも健康志向の人は食べているだろう。
また変わり種といえば、シード権のシードも、このseedだ。シード選手のことも、seedと言う。
彼氏の話を「ないわー」と周りから一蹴された芹香先生は、「ですよね!? 私、悪くないですよね!?」と机を叩いた。
「構ってちゃん男は結婚したら大変よ」
幸子先生はズバリ言う。
「私は食べ物を粗末にする人とはちょっと合わないかなあ……」
紀子ちゃんはやや遠慮がちに言う。
芹香先生とは女同士で尚且つ同年代なので、さすがにズケズケと人の彼氏の悪口を言うわけにはいかないと思っているのだろう。
でも、紀子ちゃん。目に出てるわよ。一見して穏やかそうに見えるが、瑛子には分かる。『その彼氏、まじねーわ』という言葉が出て来そうな目をしている。瑛子はそれを見て苦笑した。ここが紀子ちゃんの愛すべきところなのだ。
「食わねーなら買わなきゃよかったのに」
なんでそんな訳のわかんないことすんの? と雄太先生は首を傾げた。
「だって! 彼が食べたいって言うからっ!」
芹香先生は反論する。
「あの、種なしのを買えばよかったんじゃ……?」
おずおずとマネージャーが話に加わる。僕はそうしてます、と俯きながらか細い声で呟く。
やっぱり、と瑛子は頷いた。
ちなみに、「種なし」は、seedlessと言う。「種(seed)」が「無い(-less)」という意味だ。(-lessについては、『L as in lady(レディのL)』を参照のこと)
「種 (seeds)がない」果実というのは、その果実のアイデンティティをまるっと無視している気がする。なぜなら果実とは、種 (seeds)をできるだけ広範囲に広めるために存在するものだからだ。
だが、「種 (seeds)が無い」という利便性ゆえに人間に重宝され、優先的に栽培されている現状は、矛盾そのものだ。自然と人間との関わりはなんとも複雑であるものよ、と瑛子は思う。
とは思いつつ、瑛子も種 (seeds)なしピーマンは画期的だと思っている。あの一手間がないだけで、どれだけ料理が楽なことか。




