番外編◆スイカと種、III
「知らんわっ! ふつーにスイカ売ってるコーナーに行って、ふつーに選んだけど何にも言ってこなくて、ふつーに切って出したら『俺食わない』って、何なんだよっ!」
怒りが込み上げてきたらしい芹香先生はエキサイトする。
「たしかに理不尽ね」と瑛子は同意する。
子どもじゃねーんだから先に言えよ、と全員が思っているはずだ。
「……それともこれ、私が折れるべきだった? 彼氏のスイカの種 (seeds)を取ってあげるって、普通なことなんですか……?」
芹香先生は不安そうな顔で瑛子たちを見渡した。が、みんな微妙に目線を逸らす。瑛子もその一人だ。なんというか、状況がピンポイント過ぎて、なんと言うべきか分からないのだ。
芹香先生はテキパキ系で姉御肌な女性だ。俺様っぽい男が好みなのだが、付き合うと甘えたがりに変貌する彼氏ばかりを引き当てている。
「グイグイ引っ張ってってくれる彼氏が欲しい!」といつもこぼしているのだが、色々やってあげてしまった結果、彼氏が寄りかかってくるようになるというのが悩みらしい。
「やめた方がいいっすよ。そういうの、ダメンズホイホイって言うんですよ」
雄太先生はここでもズバッと切り込む。
「でも、今までの彼女もやってたって……」
芹香先生は口をとんがらせた。
「芹香先生、理想の彼氏像とかあるの?」
幸子先生が面白そうに聞く。
「それはもちろん――」
芹香先生は有名な野球選手を挙げた。即答だ。メジャーリーグでも大活躍した、日本では知らない人はいないだろうという大物の選手だ。
「それ理想高すぎっすよ。そんな男、この世に本人一人しかいないっすよ」
雄太先生は呆れたように突っ込んだ。
「なんでよ? みんな好きでしょ。グイグイ引っ張っててくれて、『俺の言うこと聞けよ』って言って欲しいの!」
芹香先生は手を組んでうっとりとした顔をする。
「いや、まあ好きだけどさ。ふつーの男ができる芸当じゃないっしょ」
雄太先生は、それ、俺がハリウッド女優と付き合いたいって言ってるようなもんすよ、と付け加える。
「まあまあ。あれね、芹香先生は理想と現実のギャップが大きすぎるのね。雄太先生の言う通り、そんな男なんてその辺に転がってないわよ。青田買い狙いにさっさと唾つけられてるわ」
幸子先生はそう諭す。芹香先生は梅干しを食べたような顔を作った。
「そうですけどぉ」
「別に種 (seeds)を取りたかったら取ってあげればいいのよ。でもそれを一生やりたいかどうか。その価値があるかどうか。それを考えて結婚相手を選びなさい」
幸子先生は残り一つのスイカを食べて、厳かに告げた。
ほんとそれね。
瑛子も神妙に頷いた。
◆◇◆◇
瑛子は仕事帰りにスーパー寄った。平日の夕方は瑛子と同じような生活パターンの人が多くて混むが、致し方ない。
ゴマ(sesame seeds)が切れていたので買い物カゴに放り込む。ついでにグレープシードオイル(grape seed oil)も。グレープシードオイル(grape seed oil)は生食に良いらしいので、ドレッシングでも作るかと思い、野菜コーナーへ移動する。
とその前に、珍味をゲットする。こんな暑い日には、キンキンに冷えたビール一択だ。なにかつまむものが欲しい。
ひまわりの種 (seeds)とカボチャの種 (seeds)は、おつまみに良し。食べ始めると無限に食べてしまうのが難点だ。
そういえば、あの彼氏はメロンを食べる時はどうしてるのだろうか? 種 (seeds)のあるあたりが一番甘くて美味しいのに。まさか、あれも一粒づつ取り除いてもっているわけではないだろう。そんなことをする子がいたら、もはやそれはプロ彼女だ。
と、ずらりとフルーツが並ぶ棚を見ながら瑛子は考えた。
メロンにするか、それともスイカにするか。
メロンはmelon、
スイカはwater melonだ。
スイカは『水っぽいメロン』だと覚えるとよい。……のかもしれない。いや、メロンとスイカって植物としての種類が違うだろうけど。
まあ、丸くて同じような時期に出てくるフルーツという括りでは同じだから、いいとしよう。
ちなみに、『種類』という言葉は『種の類』であるわけだが、ここでは『seed』という言葉は使えない。『種類』という言葉には多くの意味が含まれており、使う場面で単語も異なる。
一番よく使うのは『kind』だ。
What kind of fruit do you like?
どんな(種類の)フルーツが好き?
といったふうに使う。
瑛子が好きなのはりんごだ。マンゴーも捨てがたいが、いかんせん高い。
どうせなら、と話題にのぼったスイカを買うこととする。
「うーん」
瑛子はスイカの棚の前で腕を組んで唸った。
甘くないスイカはないものか。
スイカに限らず、フルーツは全般的に糖度が高いことを売りにしている。
「糖度何%以上!」とか、「甘くて美味しい!」とかのシールが貼ってあることも多い。
世間の流れで言えば、加工品は『糖質カット』や『糖質ゼロ』の方向へ舵をとっているのに、それに反比例するように、野菜や果物は糖度が高いことを良しとするのが、興味深い現象だと瑛子は思う。
そんなに甘くなくてもいいんだけどなあ。
瑛子はスイカを一つ手に取って苦笑した。ツヤツヤとした表面には、ザ・スイカといった感じのギザギザの模様が入っている。ずっしりと重い果実は、瑞々しくて美味しそうだ。美味しそうではあるのだけど。
先程のカットスイカも、一つ摘むくらいならいいが、あのパックのものを全部食べるのはキツイなと思っていたのだ。だからみんなに食べてもらえて助かった。
「もうこれ、スイカっていうか瓜じゃない?」くらいあっさりしたフルーツがあってもいいのではないか。
持病を抱えているから甘いフルーツは食べられない、なんて切ない思いを抱えている人もいるのではないかと思うのだ。
瓜っぽいスイカ、希望。
まあそうは言っても、結局甘い方が美味しいんだけどね。
瑛子は結構な重量のあるスイカを買い物かごに入れると、レジに向かった。




